No.2-11 「デート(仮)-2」
二人のことを知らないカエデはテーブルに身を乗り出して、俺に耳打ちをする。
「この二人は?」
「黒い髪が俺の姉。紫色の方は……」
デゥアルについて、なんて言えばいいのやら。
そもそも、こっちの世界に来ているなんて知らされてなかったし、姉と一緒に行動している意味もわからない。
助けを求むべく、姉に向かってウインクして意思を伝える。
それを察知した姉が『コホン』と、咳をしてカエデの意識を自分に移してくれた。
「お泊まりした子? どうも初めまして、私はケンちゃんの姉兼保護者です。こちらは、私のお母さんのお姉ちゃんの娘のぉ」
「従姉妹のデゥアルです。私のことは気軽にデゥアル、とお呼びください」
デゥアルはスカートの裾を持ち上げ、メイド風の挨拶をこなす。
フードコートにメイド服という、適しているに見えて、実は適していない服装。
片方は今をときめく? 自称スーパーモデルの姉。
服装は臍だしパーカーに、デニムパンツで地味なのだが。
この二人、某テーマパークのマスコットほど視線を集めてる!
というか、カエデの前でケンちゃん呼びはまずい。
下の名前はユラって教えたのに、ケンと呼ばれると矛盾ができてしまう。
カエデが気づいていないうちに姉に注意しなければ。
背後にいる姉の腕を引っ張って、カエデに聞こえないほどの声で囁く。
「姉、今日だけは何も言わず、俺のことをユラって呼んでくれ」
「ユラ? ゲームの名前?」
「帰ったら姉のお願い一個叶えてあげるから」
「全てはお姉ちゃんに任せなさい」
姉は俺の肩をポンポン叩き、ウインクする。
姉は俺と違って優秀な部類だ。
その姉が任せろと言ったのなら安心できる。
「ほへー、これが遺伝子かぁ。ん? あれ? もしかして……エリマさんじゃ!?」
「ありゃ、私も有名になったね」
「当たり前や、……です! 何度も【queen】の表紙を飾ってて、今時の女子高生の憧れやも……憧れですから!」
「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があって嬉しいよ。せっかくだ、ツーショットの写真でも撮ろっか?」
カエデは目をキラキラとさせ、俺に訴えてくる。
俺以外に好き好きオーラを出すのはないんじゃない? とも思ったが、姉が褒められて悪い気はしない。
親指と人差し指で丸を作り、姉のファン対応が終わるのを待つ。
その間、二人の会話が気になり過ぎて、デゥアルと話すことはなかった。
「きゃああぁぁ、ありがとうございます!」
「これからも応援よろしくね。あと、自然体で話してくれて構わないから」
「わ、わかりまし……やなくて、うん!」
「よし! それじゃどこ行こっか?」
姉は当然のように同じテーブルの椅子に座って、当たり前のように俺とカエデの輪に入ってきた。
男女が二人で遊んでんだ。
頼むから気を使ってくれ。
デート中に家族と合流って洒落にならない。
そんな願いは当たり前に通じず、カエデが、
「ヤナちゃんの下着買いに行くとこやったけど、一緒にきます?」
「うわっ、そんな面白いイベント、一緒に行くに決まってるじゃんか!」
「ほんじゃ、すぐ食べ終わるんで! 待っとってください」
カエデも乗り気だし、俺は雰囲気をぶち壊すようなことを言えない。
最後の希望であるデゥアルに何度も目配せするが、デゥアルは静かに首を振るだけで、選択肢は残されていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アパレルショップに向かう途中、どうやらカエデと姉が、俺の話題で盛り上がっているらしい。
何が好物なのか、趣味はなんなのか、お風呂を入るときはどこから洗うのかなどなど。
稀に、姉が知っていてはおかしい情報もあったが、俺が止めに入ると、その暴露大会に参加させられてしまう恐れがあり、泣く泣く放置することにした。
目的地までの道のりは遠く、隣を歩くデゥアルと終始無言だと気まずいったらありゃしないので、無理矢理にでも会話のキャッチボールをする。
「デゥアルって俺の従姉妹だっけ? 絶対違うよな」
「勿論です。とある《悪魔の称号》でお姉様の記憶を捏造させていただきました」
記憶改竄という、倫理観が壊れている行為をしといてこいつは……。いや、引くな、俺。
まだボールは俺の手元に残ってるんだ。
このボールを返さないと、また心臓が痛くなる。
「泊まるとこは?」
「ヤナの家に居候させていただくのでご心配なく。今日は日用品を買いに来たのですが、お姉様があなたたちを見つけて……はぁ」
ため息つきたいのは俺だよ。
デゥアルが家にずっといるってことは、無愛想で俺に対して暴言を吐き、常に蔑んだ目で見下してくるデゥアルがずっといるってこと!?
――想像しただけで胃が痛い。
新生のマゾだったら天国かもしれないが、俺にとっては地獄となんら変わらない。
「これもユラの命令?」
「はい」
「どうせ俺のことを監視するつもりだろ」
「よく分かりましたね」
「ったく、体が変わってから、俺のプライベートが存在しなくなってる」
「その体はあなただけのものではありませんから」
あっちの世界だと、体がユラと共通なのはわかるけど、現実のほうまで面倒見るなんて、俺のことを信用してないんだろな。
デゥアルも質問にはある程度答えてくれてるけど、口調に優しさを感じない。
ユラにしか優しさを見せないデゥアルとの同棲生活を妄想すると、鳥肌が立つ。
それに、盗撮されているのか、ちょくちょく目に入るカメラのフラッシュが鬱陶しい。
その二つのストレスのせいで、デゥアルが現実に来たという、常識ではあり得ない事象について考えれなくなっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「第一回! ユラちゃん着せ替えコンテスト!」
目的地に着いた瞬間、姉が唐突に変なことを言い出した。
こういう頭のおかしいことを言い出すから、素直に尊敬することができない
「私たち三人が各々ユラちゃんに似合う服を持ってくるから、それを実際に着てもらって、点数が一番高かった人が優勝。優勝賞品はユラちゃんにハグしてもらう権利ね。じゃー、10分後に」
「ちょっと待て! 買いに来たのは下着だし、そんなことしたら店に迷惑かかるだろ!!」
姉は『ちっちっち』と言い、人差し指を振る。
「いいのよ。この店の店長とは顔見知りだから許してくれる…………はず」
「はずじゃん! それに賞品もなに!? 俺にハグしてもらう権利って誰も要らないよ!!」
他の二人の賛同を得て、俺が姉のおもちゃになるのを阻止しようとするが、カエデとデゥアルはやる気に満ちていた。
カエデは俺のことが好きなはずだから、まぁわかる。
でもデゥアル、お前は違うじゃん!
「ユラ様の体が、私に……」
――おっけー。
逃げ道はないってことね。
そうと決まれば、心を殺して姉が満足するのを待とう。
弟というのは姉の奴隷なのだから、雇い主を満足させなければいけないのだ。
「改めて……解散!」
「姉よ。俺は誰に付いていけばいい?」
「試着室の前で待ってて。すぐ戻る」
いきなり放置か。
まぁ、誰かについて行ったところで、レディースの服なんて興味ないし、大人しく試着室の前にある椅子に座っとこ。
スマホはカエデに預けたままなので、手軽に暇を潰すこともできず、ただぼーっと目の前を通るお客さんとか、マネキンの衣装を眺める、
店員が横切ると、話しかけられないか警戒するが、徒労に終わった。
アパレルショップの店員は敵だと思え、と姉に教わったことがある。
また変なことを言ってると、適当に聞き流していたが、確かに敵だ。
だって、用もないはずなのに、俺の前をもう五回は歩いている店員がいるもん。
絶対にあれは俺を狙ってる。予測とかじゃなくて、予知ってる。
ほら! こっちに向かって歩いてきた!
姉から撃退方法を教えてもらうべきだったと後悔しつつ、誰かいないか店員に目を合わせないよう気をつけて辺りを見回すと、こっちに向かっているデゥアルを発見した。
だが、距離的に店員の方が近い。
エンカウントしてしまう前に、デゥアルと合流しなければ。
椅子から降りてトコトコ歩き、俺に話しかけようとした店員を素通りしてデゥアルのスカートを掴む。
「何か、急ぎの用事でもあるのですか?」
「いや、敵に襲われそうになっただけ」
「敵、ですか? ……一体どこに?」
「あの店員。絶対俺のこと狙ってた」
デゥアルの背に隠れつつ、敵を指差すと、
「あの子、迷子じゃなかったみたい」
「よかった。ずっとあそこに座ってて心配だったのよね」
と、二人の店員が話してから散らばった。
事の顛末を理解したであろうデゥアルが、太ももにそってスカートを折り、地面に膝をつける。
目線を合わせ、デゥアルは俺の頭に手を伸ばす。
「私も一緒に待つべきでしたね。配慮が至りませんでした」
「な、撫でんなよ!」
「これからは気を付けます。……さて、これを着用してください」
俺を子供のように扱う手を退けて、デゥアルが差し出す衣服に目をやる。
それはある意味、男子高校生が夢見る……黒のビキニだった。
手渡された水着を握りしめ、その場から動けずにいると、
「着方を知らないのですか?」
「そーゆうこと、もあるけど。……あんなに『ユラ様の体を』って言ってたのに」
「現在の体の所有権はヤナにありますよね?」
あっ、なるほど。
服を着た程度で体は傷つかないし、俺の尊厳が破壊されるだけで、ユラに何の問題もないから、と。一理あるのか?
それはそれとして、俺がビキニを着れるか問題が発生するのだ。
下の方は履くだけって理解してるが、上の構造がよく分かんない。
紐の括り方もしっかりしないと、ポロリっちゃいそうだし。
ぐぬぬ……背に腹はかえられん。
「デゥアル……お願いしてもいい?」
「もちろんです。さ、こちらに」
したり顔のデゥアルに手引きされて試着室に入る。
相変わらず姿見に俺は写らないが、デゥアルだけは写していた。
「眷属は鏡に写るんだね」
「吸血鬼ではなく、眷属なので……服も私が脱がさなければいけませんか?」
「心の準備が、まだ……」
「まったく、生娘のような言い方をして」
「俺は生娘だ」
デゥアルは呆れたように言い、俺の腰に手を回してワンピースの紐を解く。
「バンザイをしてください」
あのデゥアルが自分の欲望の為だとしても、俺に優しくしてくれてるんだ。大人しく指示に従おう。
人に着替えを手伝ってもらうなんて、子供っぽくてなんか嫌だけど…………カエデにブラをつけてもらったのは別の話だ。
「下着は脱がなくていいの?」
「当たり前です。購入するとしても、衛生的に駄目ですので」
デゥアルは脱がしたワンピースをハンガーに掛けて、地面に置いておいた上の方の水着を手に取る。
「私はトップスを。ボトムスはご自身でお願いしますね」
ボトムス……ああ、パンツのことか。
くそっ、今まで触れてこなかったせいで名称が分からない。
女の子の階段を登るために、ちょっとは勉強した方がいいのかな。――なんか負けた気がするからやめとこ。
「こちらはオフショルダーのバンドゥビキニと言い、トップスのフリルが胸の小ささをカバーしつつ、白のレース部分にある細かなハートの型が大変好みでして」
デゥアルは紐を結びながら熱弁している。
ボトムスを履いたが、デゥアルが話に集中していて手が止まっていた。
ガヤガヤと他の客の話し声が聞こえるというのに、下着同然の姿でいるのが恥ずかしい俺は素っ気なさそうに、
「興味ないからいい。終わったのならみんなに見せて、早く脱ぎたいんだけど」
「……二人を呼んできますね」
デゥアルは残念そうに顔を下に向け、試着室から出た。
しっかし、こっちの世界に来たばかりのはずなのに、デゥアルは知識が豊富だこと。案外、あっちの世界にも同じ名称の水着とかあるのかな。
それにしても……ピッチピチで、ちょっと動くだけでもお尻の部分が食い込んだりするし、トップスも絞めすぎたのか、紐が痛い。
デゥアルというか、みんなに俺のスリーサイズを教えてなかった気がする……というか測ったことがない。
なんて考えていると、外からカーテンが開かれた。
「やっば! えっちすぎやって! こんなん満点以外なし!」
「なるほど、水着の手もあったか。文句なしの10点だ」
姉は表情を変えず、俺の姿が写らないのに記録を残そうとスマホで撮影を頑張り、カエデは鼻息を荒くして拍手した。
その二人を見て、デゥアルは腰に手を当て、誇らしげに胸を張り、さっき俺に言っていた解説を始めた。
他の客の目もあるので、見せたら一瞬でカーテンを閉めようと思っていたが、ここまで喜ばれると、悪い気はしない。
――――ポーズとかしたくなっちゃうくらいには気分が良い。
中腰になって、膝に手をつき、ない胸で谷間を作って見せたり、後頭部に手を当てて、よくあるグラビアポーズなんかをマネしたり。
「ねね、こんなポーズしてよ」
ついには姉からリクエストされるが、調子にのった俺は疑うことなく姉のポーズを見よう見まねでマネをした。
すると、周りにいた人からの「あの子めっちゃかわいくない!?」といった感嘆の声が聞こえてきた。
おかげで意識を取り戻し、カエデが持っていた服を奪い取り、素早くカーテンを閉めた。
「いわゆる清楚系というものですね。10点です」
「なるほど、とりあえず買いね。10点以外付けらんない」
「ふふん、夏にぴったりな白のオフショルダー(両肩が見えるくらいまで襟元が開いているデザイン)のトップスに、膝丈までの真っ白なフレアスカート。ヤナちゃんの身体だと、ちょっと背伸びしたような雰囲気やけど、整った顔面が有無言わさんレベル」
地味と言われれば否定はしないが、白一色のシンプルさゆえ表現できる純粋性が俺の好みにマッチする。
評価云々はなしにして、個人的に買いたいな。
興味本位で値札を見ると、普段見かけない0の数に絶句した。
女物ってこんなに高いの!?
これ一着で何本ゲームが買えるのやら。
……服は姉のお下がりでいいや。
「もういい? 最後は姉のだよね」
「任せて、ケンちゃんにいっちばん似合うの持ってきたから」
姉はしれっと腕に掛けていた服と共に試着室に踏み入れ、カーテンを閉めた。
「何で入ってくるの? 自分で着替えれるから出てってよ」
「だ・と・し・て・も! ――スリーサイズは測らないと駄目じゃんか」
地味に説得力のあるセリフのせいで、姉を試着室から追い出せなくなってしまった。
姉は服を床に置くと、カバンからメジャーを取り出す。
「それじゃあ…………えい!!」
「ちょ、待って! いきなりすぎだって!」
姉は俺の体を半回転させ、着ていた服を乱暴に脱がし、慣れた手つきでブラジャーすらも外された。
身内だからか、顔が赤くなったり、胸を隠そうとしたりしなかったが、俺を見る姉の目に若干の恐怖を覚えてしまう。
狭い試着室の中で身包みを剥がされて、俺はこれから姉に体を弄られてしまう。
お風呂のとき以上のことをされて、もう俺は姉がいないと生きていけない体に調教されて、カエデとの行為で満足できなくさせられるんだ。
ひどいよ、ひどすぎるよお姉ちゃん!
女体化した弟を調教だなんて、同人誌は許しても俺が許さないよ!
「――10歳くらい若返ってしまったよ」
「意味わかんないこと言ってないで…………うわっ!」
無事? スリーサイズを測り終え、姉の持ってきた服を拾い上げようとすると、背後から姉の手が俺の脇と横腹の間を通り抜け、ガシッと胸を握られた。
昨日から俺のおっぱいが狙われすぎだし、加害者が揃いも揃って力が強いせいで抵抗できず、おっぱいのライフが0に近い。
こんな小さいのより立派なものを持ってんだから、自分のを揉んで楽しんでほしい。
「やっていいことと……悪い…………ことが、んんっ!」
「ん~、聞こえな~い。ハキハキ喋ろうね~」
「はぁ、はぁ、ほんっとに……姉は…………これだから」
「これだから何ですかぁ~~、具体的に言ってもらわないとぉ。お姉ちゃん分かんないなぁ!」
無造作に揉まれるだけなら耐えられるが、人差し指で乳首をデコピンされたり、優しくつねったりするせいで声が抑えられない。
的確に、執拗に俺の弱点であろう部分だけを狙って……こいつ、ほんとに殴ってやろうか。
意志を持って床に落ちているハンガーに手を伸ばすが、膝に力が入らなくなり、崩れ落ちて女の子座り状態になってしまう。
「さってと、これからどう調理しよっか」
「梁川さん、あなたはいったい誰の店で何を調理するつもりなのかしら」
背景に『ゴゴゴゴ』とでも効果音が鳴っているような女性の声がカーテン越しに響いてきた。
刹那、姉の変態チックに動く指が静止し、次第に汗が滲んでくる。
俺はその隙に元々着ていたワンピースを被り、ブラジャーを丸めて姉の鞄に突っ込んだ。
過去見たことないほど動揺している姉はカーテンを開き、流れるような動きで土下座をする。
「店長。……お久しぶりです」
「これだからあなたは……えっと、妹さん? かわいいわね」
「でしょ!! 自慢の子なんだよ!!」
「だからといって店の中でおっぱじめるのは違うと思うけど、それについての弁明は?」
「……一式買わせていただきます」
「それはもちろんだけど、ちょっとの間、店の前で宣伝してくれない? あなたなら30分だけでも、十二分に売り上げが見込めるのよ」
「で、でも……今日は家族サービスというか、なんというか……はい、仰せのままに。ごめんね。け……ユラちゃん、私のことは忘れていいから」
ぽんぽんと俺の頭を撫でてからヒールを履いて鞄を手に持つ。
これから死地にでも向かいそうな背中に同情の気持ちが生まれたが、自業自得だ、せいぜい反省しろの気持ちの方が大きく、「いってらっしゃい」と手を振って見送る。
「うぅ、いってきます。デゥアルちゃんはどうする? そっちに付いて行く?」
「店の中で待っておきます」
「ユラちゃんは?」
「いってらっしゃい」
「うえぇぇん、ひどいよぉ、いじわるぅ」
姉は酷い泣きまねをしながら二人から試着した服を受け取り、店長らしき人と共に従業員入口まで歩みを始め、デゥアルも姉の背を追い、カエデと二人きりになった。
俺は姉が身内だとカエデに知られるのが恥ずかしいよ。
何はともあれ、邪魔者はいなくなった。
名前も知らない店長らしき人よ、ありがとう、ただただ……ありがとう。
「二人きりになったね」
勇気を振り絞って手を握り、歯が浮くようなセリフを吐く。
カエデは案外ノリがいいので、乗ってくれるかと思いきや、
「姉妹で……そんなっ」
と、顔を赤らめて聞いてすらいなかった。
姉が変に騒ぎを起こしたせいで周りからの目が痛い。
早急に店から離れたかった俺は、言い訳をするよりも先にカエデの手を引っ張って人の視線を掻い潜りながら店の外に出る。
通行の邪魔にならない場所で立ち止まり、床をなぞっていたワンピースの紐を括る。
「姉の悪ふざけはいつものことだから気にしないで」
「気にしないでって……いっつもあんなことしてるん!?」
まずったな。
姉が変態なだけで詳しく説明なんてできないし、話をすり替えないと。
「あっ、あそこにアイスクリーム食べれるとこがある! 一緒に行こっ!」
わざとらしく声を出して、店の方向に体を向けて足を動かす。
話のすり替えにしても強引すぎたか、背後から不満げなオーラを感じる。
しかし、カエデは姉の変態的行動に対して何も問うことはなく、俺の隣まで移動して歩幅を合わしてくれた。大人だ。
「……そうやね、ちょうどいい時間つぶしになりそうやし」
「何の時間?」
「何って、エリマさんを待つ時間やん。そのつもりで言ったんやないの?」
カエデはケモ耳をピクピクさせて顔を覗き込む。
あんな姉でも、カエデにとっては推しで、もっと会話したい相手なんだろな。
だから今も、俺と手を繋いだ時よりも尻尾をぶんぶん振ってるんだ。
カエデを笑顔にさせる姉に嫉妬してしまい、拗ねちゃいそうになるも。結局、ここで違うって拒否して悲しませたくはないので渋々頷く。
アイスクリーム店に入り、メニュー表を見ようとしたそのとき、店内で誰かと楽しそうに喋っている和也の姿が目に入ってきた。
肉体は同じだが、髪型も顔つきも変わっている和也を一目で判別できた理由はわからない。
直感といえばそれまでだが、長年の付き合いのおかげとも言える。
「…………和也」
思いがけない出会いで名前を口ずさんでしまった。
カエデはメニューを見るのに夢中で気づいていないが、狭い店内で声が届かない訳がなく、和也の顔がこちらに向き目が合うも、すぐに視線を友人の元へ戻した。
「……気のせいか」
「急にどうした? 知り合いでもいた?」
「いや、親友の声が聞こえたような」
「親友って、ははっ。今どき珍しい」
「見知った顔のやつはいたが、髪の色は違くて、なんか子供っぽかった」
「突然なに? なんかのゲームの話?」
「そう、ゲームの話……」
何事もなかったかのように友人との輪に戻る和也を見て、こいつ、俺がいないとこんな話し方なんだ、と少し、寂しい気持ちになる。
当たり前か、この声だって一回しか聞いてないし、ましてや性別が変わって幼くなった俺を俺だと認識できないのは当然か。
逆の立場だと、俺は気づくことは不可能って断言できる。
そうだよ、断言できるんだ。
自分でも知っていたのに、理解していたのに、なんでこんなに苦しいんだ。
多分だけど、近づいてスマホの画面を見せれば、俺だと信じてはくれる。
でも、俺は和也の方から近寄ってほしい。気づいてほしい。声をかけてきてほしい。
――この気持ちはわがままなのかな。




