第九十七話:罪を犯した者は罪人である、これは分かりやすい では、罪を犯そうという意志のあった者は?<竜の仔の困惑>
遅れました、そしてすいません。結局、全開の締めに多少の内容をつけたしただけの回になってしまいました。
明日からは薫サイドに視点が移ってちゃんと話が進んでいきますので、ご勘弁を。
side:リーティス
竜の少女が、長い長い告白を終えました。
最後の言葉を締めくくった少女が、目を瞑って、ふう、と息を吐きます。
「……これで、貴女が聞いた『私の正体』については、不足なく答えられたんじゃないかしらぁ?」
一瞬の間をおいて目を再度開け直した少女がそう告げると、ずずっと音を立てて席を引き、立ち上がりました。
そのまま窓際のソファーに移動し、柔らかな背もたれに、鱗で覆われたその体をゆっくりと埋めていきます。
窓から差し込む日の光はいつの間にか赤々とした夕日の色に変わっていました。
火の魔石より色濃い紅玉のような彼女の鱗が、鮮やかな紅色のグラデーションで彩られます。まるで、鱗の上で、炎が躍っているかのよう。
初めて見た時は、肌をびっしりと覆う瘡蓋じみた不気味さを気持ち悪いと思ってしまった、彼女の鱗。
けれど、こうして肘かけに肘をついて物憂げにこちらを見つめる彼女を見ていると、この上なく美しい装飾品のように思えてくるのだから不思議です。
思わずふんわりと口元をほころばせた私のことを、少女が訝しげな視線で眺めてきました。
「ふふっ、ごめんなさい。少し、貴女のことを知ることができて、嬉しいんです」
「身近な存在だって思ってくれたってことかしらぁ? ひひっ、それは嬉しい限りねえ」
かつてこの世に存在した”竜の仔”という存在を核に、竜崎紅という少女が作り出した性格と、自分達を滅ぼした神様達への憎悪と憤激を宿した古の竜達の記憶が合わさり、歪な融合体として誕生した、鱗の少女。
でも、今私の目の前にいるのは、私という”他者”に自らの理解を求めて来る、ごく普通の”人間”でした。……竜の方に対してこんなことを言うのも、妙な感じですけどね。
「ねえ、リーティスさん。……やっぱり、貴女には謝っておかなければいけませんわねえ」
「はい? 何をですか?」
不意に、頬杖を外して真剣な目になった少女が、私の顔を見上げてきました。
引き結んだ唇をすっと開き、その言葉を伝えてきます。
「つい先日まで、私はお兄様以外の人間に価値を見出していなかったのですわ。”竜の仔”としての有り様が強かったから、などといった言い訳はできますけれど、もし幾らかの偶然や幸運が無ければ、私はきっと貴女やアリスさん、そして、貴女の知る”竜崎紅”という存在を消し去って――」
「でも、今はもうそうじゃないんですよね? でしたら、謝罪は要らないです。未遂だった訳ですし――あ、でもベニさんやアリスにはちゃんと別途謝ってあげてくださいね?」
重々しく語り出した少女の言葉を、遮らせて貰いました。
告げた言葉は、本心からの思いです。
詳しい理屈は分かりませんけど、彼女が言っているのは要するに、カオルさんの警戒と不安が当たっていた、ということなんでしょう。
でも、結果として誰一人傷つけることなく終わったのなら、問題ないはずです。
彼女が私を騙している――例えば、"ベニさん"がもう消滅させられてしまっただとか、そういった可能性は無いわけではありません。
けれど今は、今の私は、この少女のことを受け入れたいと、素直にそう思わされていました。
「これからは、”お友達”なんですよね? なら、余計な気遣いは要りません。どうしても気になるんでしたら、この左手の治療と相殺、という事でどうでしょう?」
肘から先の無い左腕を、困惑の表情を浮かべる少女の前に突きだします。
実際、こんな大怪我、この少女以外に治せる人なんて、きっといませんもん。
「何もかも、結果良ければすべてよし、こともなし、なんです。まあ、貴女の神さまへの復讐の件については、もう少しお話させてもらいたいところですけど。あ、そうです! 名前! 私、貴女の呼び名をまだ決めてません!」
“友達”に対していつまでも「貴女」呼びは、ちょっと距離がありますもんね。
あんな話を聞いた後ですけど、私の中ではやっぱりこの少女と「ベニさん」は別人ですから。呼び名は、分けておきたいです。
何か、素敵な名前は無いでしょうか?
カオルさんの真似をして額に右手の指をあてながら、あれでもない、これでもないと悩んでいる私を、少女があっけにとられたように見てきます。
「あ、そうだ。さっき、貴女が自分で言ってましたね。”ベニっちょ”さんでどうでしょう? 不思議な響きですけど、可愛らしいですし、良い呼び名だと思います」
私の提案を聞いた少女が、急に全身から力が抜けでもしたかのようにがくりと頭を下げ、自分の膝に突っ伏しました。
いったい、どうしたんでしょうか?
「待ちなさいな。え? “ベニっちょ”? この私が?」
「え? 駄目なんですか?」
急に頭を抑えて「あー、この世界の最新の言語センスも学んでおくべきでしたわぁ」などとぶつぶつ呟く少女。
えっと、あまりいい名前が思いつかなくて、ご本人が言った名前を安易に選んでしまいましたが、駄目だったんでしょうか?
初めて聞いたときは妙な発音の単語に目をぱちくりとさせてしまいましたが、結構可愛い名前だと思うんですけど。
「……分かったわぁ、好きに呼んでちょうだい。ただ、人前ではあまりそう呼ばないでくださいな。特にお兄様の前では、その……」
「カオルさんの前で? 何でですか、ベニっちょさん?」
こふっ、と妙な咳を漏らしたベニっちょさん。
彼女が両手で顔を覆うと同時、背に畳まれていた翼が、するすると広がっていきました。
ベニっちょさんは翼を重ね合わせて円墳状にし、腰掛けたソファごとその中に閉じこもってしまいます。
翼に隠れる直前の彼女の顔は真っ赤に染まっていたように思います。初めての愛称呼びが、そんかに恥ずかしかったんでしょうか?
「あの、ベニっちょさん? どうしたんですか、ベニっちょさん?」
「おねがぁい……。やっぱり暫く、その名前では呼ばないでぇ……」
結局、私のお腹が空腹を訴え、夕食の支度がまだだったことをベニっちょさんが思い出すまでの間、ベニっちょさんは、私がゆさゆさと揺する翼の中で無言で膝に顔を埋めていました。




