↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を征く兄妹 ―異能力者は竜と対峙する―  作者: 四方
第六章:集いと別れ
110/197

第九十五話:長い長い前語りでしたわねえ……<薫と紅、最初の別れ>

遅れました、すいません。

長かった竜の仔の語りも明日で終わる……予定です。

「早く本編進めろや!」と思われている方々、すみませんがもう少しだけおつきあいください。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ベニさん……」

「――ASPに保護された紅という幼い少女は、それまでの平穏な暮らしを失ったわ。掌から零れ、改めて掴み取ることはもう不可能。まあ、当然ねえ。

 今の話では『私側の気持ち』は大分ぼかさせてもらったけど、酷いものだったのよぉ?

 眠っている人を見かければ、その腹を掻っ捌いて臓器を貪りたくなる。

 置物や家具を見れば、ただそこに壊れず存在しているという理由だけで砕き、踏みつけ、塵芥(ちりあくた)に変えたくなる。

 そんな存在になってしまったんですもの。

 まともな社会生活を歩めるはずありません。

 人並みの良識を抱えていた当時の私があのままでいたら、すぐに発狂していたんじゃないかしらぁ? 完全に狂って、どんなことにも悩まない存在になることだって、当人にとって一つの平穏の形ですのよぉ?」

「想像も……、できません」

「ひひっ、そのほうがいいわぁ。知らない方が幸せなものってあるものよぉ?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 こうして紅は新たな異能覚醒者としてASPに登録され、その一隊員となった。

 これで彼女はASPを通じ、日本政府から間接的にその身分を保障されたことになる。そして同時に、彼女が犯した大虐殺や破壊行動と言った罪も、隊員として平和維持活動を手伝い続けることを条件に見逃されることとなった。

 とはいえ、紅は著しく好戦的なタイプの覚醒者。それも過去にもあまり類を見ないほど強力な異能持ちという事で、組織上層では紅の処遇を巡って紛糾があったそうだ。

 ASP最高責任者、夢道の鶴の一声でそんな反対派連中も渋々と矛を収めたのだが。


 かくして紅は、ASPの隊員として、日常から外れた者としての新たな人生を歩み出すことになった。奇しくもそれは、かつて紅が欲した、兄の隣を歩む道。

 しかし、それは同時に、幼い紅からいくつもの自由を奪う道でもあった。


「……じゃあ、行ってくるね、お兄ちゃん」

「ああ、絶対にちゃんと制御できるようになって来いよ?」

「ふふっ、まかせて。私を誰だと思ってるの? 絶対にお兄ちゃんよりも上手くこの『力』を扱えるようになってくるから。そしたら、もうお兄ちゃんの仕事なんてみ~んな私が片づけちゃうんだから。そしたら、お兄ちゃんなんか窓際族よ窓際族」


 保護された紅は暫くの間、親族の下を離れて、能力制御の訓練を受けることになった。

 これはASPに保護された異能者の殆どすべてが通る道ではあるのだが、今回ばかりは少々事情が違う。

 万全の体制が敷かれる予定ではあるが、紅が再度暴走を初めてしまった場合、「殺さずに」確保するのは至難の業だと上からは判断されている。

 せっかくの強力な兵士を得る機会を「逃したくない」ASP側は、通常一年の訓練期間を、倍の二年にすることを紅に提案したのである。

 その際傍に付き添っていた薫は、その指示を聞いて眉を顰め、難色を示したが、当の紅はあっさりとその申し出を受け入れた。

 2年もの間兄達と会えなくなることへの不安感以上に、愛しい人たちを暴走した自分自身の手にかけてしまうことを、遥かに恐ろしく思っていたためだ。

 それが怖くて、結局母親とも未だに直接面と向かっての別れの挨拶を告げることができていない。兄の好意でテレビ電話が用意されたが、画面を通して会話しているとまるで自分が檻の中に入れられた猛獣のようだという思いが一層強まってしまい、画面の向こうの母と脇に控えた兄の前で、紅は盛大に泣き出してしまった。

 今でこそ兄の前で明るく振舞い、強気な言葉を投げている紅だったが、昨日は数年ぶりに兄と一緒の布団の中に入り、一晩泣き明かした後だ。今も、わずかに腫れぼったさを残した両目が時折パチパチと瞬いている。


「ほう……? やれるものならやってみろ。俺の人から仕事を押し付けられる才覚と新たな仕事を発見してしまう才能は、文字通り人外の領域だ。全て捌ききれるなんて思うなよ?」


 薫が、此方も妙に腫れた瞼を瞬かせながら、実に嬉しそうな顔でビシッと右手の人さし指を妹の顔へと向けた。


「お兄ちゃん、それ、自慢になってないからね?」

「……それもそうだな。お前は俺に迷惑をかけてくれるなよ? いや、違うか。迷惑はかけてもいいが、俺の耐えられる範囲にしてくれ」

「大丈夫大丈夫。私を信じて、お兄ちゃん。きっと、お兄ちゃんに頼られるくらい立派で逞しい女の人になって見せるからね」


 二年も施設に籠っていれば、書面上、扱い上はどうであれ、その間に一般的な学生としての生活を送ることはできなくなる。

 彼女の言葉は、兄へ向けての決意と抱負であると同時に、それまでの日常との決別を示すものでもあった。

 けれども紅は、充分に満たされていた。

 嫌々従軍させられた兵士としてではなく、将来兄や兄が守ろうとしている者達、そして自分が守りたいと思える者達の役に立てるようになりたいという、明確な目標と、決意を持った者としてこの場に立っているからだ。

 齢10となったばかりの少女の目には、きらきらと、溢れんばかりの希望の光が瞬いていた。


 ASP訓練施設の前で名残惜し気に最後の会話を交わしていた兄妹の下に、軍服じみた制服を着た教官の男が、そろそろ刻限(リミット)だと告げにやってきた。

 その男が伝言を終え、踵を返して去って行ったのを確認すると、悪戯っぽい笑顔を浮かべた紅が左腕を伸ばし、薫の右手を取った。

 そのまま、困惑する薫の小指に、差し出した右手の小指を絡める。

 

「お兄ちゃん、指切りげんまんしよ?」

「構わないが……何を約束するんだ?」

「前に私に言ってくれたことを、もう一回改めて約束して欲しいの。その約束を聞ければ、私はこれから――それこそ訓練が終わって、お兄ちゃんの隣で働くことになっても、ずっと、ずっと頑張っていけると思うから」

「ああ、分かった。こう言えばいいんだな? ――『俺はこの世界の誰よりも、紅のことを想い、支え、守っていく。そんな”紅の一番の味方”だ』これまでも、そしてこれからも、永遠に」


 優しい笑顔を浮かべた薫が、紅の欲する”約束”を告げ、花のようなの笑みを咲かせた紅が、その約束を絶対の契約へと変換する儀式を開始する。

 指と指でつないだ手を、互いの全力を籠めて大きく、大きく縦に振る。


「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます!」」


 二人の声が唱和する。

 10歳の子供達、年相応の明るさを持った無邪気な、嬉しそうな声が重なり合っていた。まるで、そこらの公園で遊んでいる普通の仲の良い兄妹のように。


「「指きった!」」


 指がちぎれんばかりの激しい縦運動の最中も、そして約束の儀式を終えた今も、二人の指は決して離れることは無く、しばしの間繋がリ続けていた。

 紅の方から先に、絡めていた指をゆっくりと解き、外した。

 外した指を口元に持っていき、可愛らしいウインクを添えて、そっと口づけた。

 悪戯っぽく薫を見つめるその瞳に、悲しさを示すような涙は一滴も宿っていない。


「じゃあ、また二年後ね、お兄ちゃん」

「ああ、また二年後にな、紅」


 最後の挨拶は、互いに笑顔を見せあうものとなった。

 笑顔で歩き去っていく紅を、笑顔で手を振る薫が見送る。

 二年後の再会を心に誓い、そのために自身ができることを全力で行おうと決意を固めながら。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――まあ、その『再会』は結局四年後になってしまったんですけれどねえ」


 苦笑が交じるのを抑えきれない。

 あんなに強く固めた決意が、結局目的達成に結びつかなかったのだ。

 自嘲の気持ちだって沸き上がるというものですわぁ。


「それだけ、ベニさんの力の制御が難しかったという事ですか?」

「一応そういうことになっています(・・・・・・)わね」


 お兄様にはそういった風に説明されているはず。"あの子"もきっとそれで納得していることでしょう。

 けれども私は、()だけはそれが嘘だという事を知っているのですわ。


「なっている?」


 おやぁ? さすがリーティスさんですわねえ。こんな些細な言葉の違いにピクリと反応してくるんですもの。

 さて、大分驚き慣れて私の言葉に耐性がついてきてしまった彼女ですけれど、この言葉には驚いていただけるかしらぁ?

 大分時間が経って冷めてしまった紅茶を一息に飲み干し、厳しい眼差しでこちらを見つめて来る可愛らしい年下の神官少女に向け、悠々と言い放った。


「そうねえ、そろそろ本題に入りましょうか。竜崎紅という少女に"竜の仔"という存在が同化した、というより寄生させられたのが正にその”空白の四年間”の間なんですわぁ。つまり、今のこの()が生まれたのもその時という事になりますわねえ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。