EP 8
A級冒険者の目覚めと、装甲のデクリプト
先ほどまでの絶望が嘘のように、村の入り口にはデバッグを終えた直後のような安堵感が広がっていた。
ズパァアアアンッ!!
だが次の瞬間、絶対の強度を誇るはずの工業用ラップの壁が、二本の巨木ごと豆腐のように両断されて崩れ落ちた。
「な……嘘だろ!?」
土煙の中から現れたのは、先ほどの死蟻機とは次元の違うプレッシャーを放つ異形だった。
全長三メートル。艶消しブラックの流線型の装甲に覆われた、巨大なカマキリ——『死蟷螂機』。
両腕に備わった巨大な鎌は、刃の表面がチェーンソーのように微細な高速振動を起こしており、空気を切り裂く「キィィィィン」という甲高い駆動音を響かせている。
俺のSEとしての危機察知能力が、即座にアラートを鳴らした。
(リーチは五メートル以上。あの振動刃の切断力は、俺のロックで運動エネルギーを相殺できる限界値を超えている……!)
『ギチチチチッ!』
ネクロマンティスが、赤く光る複眼で俺とアマネを捉えた。
次の瞬間、巨体がブレた。瞬きする間もない圧倒的な処理速度での踏み込み。
死神の鎌が、俺たちの首を刎ね飛ばそうと横薙ぎに振り抜かれる。
「カナタさんっ!」
アマネの悲鳴。俺は鍵を構えたが、間に合わない——。
ガキィィィィィィィィンッ!!
激しい火花が散り、強烈な衝撃波が周囲の土を吹き飛ばした。
俺の首が飛ぶことはなかった。
俺の目の前には、いつの間にか、銀色に輝くミスリルソードを構えた偉丈夫の背中があった。
「ふぁぁ……よく寝た。やけに騒がしいと思ったら、ずいぶん物騒な客が来てるじゃないか」
「フェ、フェイトさん!?」
「フェイト! お前、起きたのか!」
大あくびをしながらネクロマンティスの凶刃を真正面から受け止めているのは、紛れもなく、今までずっと粗大ゴミのように寝こけていた自警団長フェイトだった。
「ああ、おはようカナタ。お前が作ってくれた極上ハンバーグの旨味が、ようやく俺の全身の筋肉に行き渡ったところだ」
「寝てた言い訳に俺の飯を使うな! つーか、お前コイントスはどうしたんだよ!」
「バカ言え。あんなギャンブル、ここぞという見せ場以外で使うわけないだろ?」
フェイトはニヤリと笑うと、ミスリルソードを強く弾き返し、ネクロマンティスとの距離を取った。
「さて、食後の運動だ。アマネ、俺の背中から離れるな。カナタ、前衛の真の仕事ってやつを見せてやる」
フェイトの全身から、陽炎のようなオーラが立ち上り始めた。
『闘気』。この世界特有の、生命エネルギーを燃やして物理スペックを限界突破させる技術。
青白い闘気を纏ったフェイトは、大上段に剣を構えた。
『ギシャァァァッ!』
獲物を阻まれたネクロマンティスが激昂し、二本の振動鎌を乱舞させながら襲いかかってくる。
だが、フェイトは避けない。
「——遅ぇよ」
フェイトの姿が、フッと掻き消えた。
いや、違う。俺には見えた。
相手の攻撃モーションのベクトルが確定した瞬間、視神経の処理領域外——『絶対死角』へと身体を滑らせたのだ。俺が今朝教わったステップの、完全なる上位互換。
「ギ、ヂ……!?」
ネクロマンティスが対象を見失い、硬直する。
その懐に、すでにフェイトは潜り込んでいた。
「一刀両断!」
闘気を限界まで乗せたミスリルソードが、ネクロマンティスの胴体を薙ぎ払う。
勝った、と思った。
ガギィィィッ!!
だが、鈍い金属音が響き、フェイトの剣は装甲を浅く斬り裂いただけで弾き返された。
「チッ、硬ってえな! ミスリルに闘気を乗せても致命傷にならねえのか!」
フェイトが舌打ちして後退する。
ネクロマンティスが態勢を立て直し、怒り狂ったように鎌を振り上げる。
硬い。あの装甲の強度は異常だ。これではフェイトの剣でも削り切る前にスタミナを消耗してしまう。
俺はスラックスから『アパートの鍵』を握り直し、叫んだ。
「フェイト! もう一度死角に潜り込め! 装甲の防御力は俺が下げる!」
「おっ、料理長自らのサポートか! 頼んだぜ!」
フェイトは俺の言葉を疑うことなく、再びネクロマンティスへと突撃した。
鎌の乱舞を紙一重で躱し、死角へと滑り込むフェイト。
それに合わせ、俺もフェイトが作った安全地帯の背後へと駆け込んだ。
ネクロマンティスがフェイトを追って身体を捻ろうとした瞬間。
俺は装甲の隙間、ジョイント部分に鍵を突き立てた。
「システム・オーバーライド。対象の装甲結合——デクリプト(暗号解読)!」
ただの分厚い鉄の塊ではない。可動域を持つ以上、必ずパーツ同士を繋ぐ『ロック機構』が存在する。
俺はそれを強制的に解除する。
「——『ロック解除』!」
カチャ、カチャカチャッ!
連鎖する解錠音。
その瞬間、ネクロマンティスの胴体を覆っていた艶消しブラックの強固な装甲が、留め具を失ったかのようにガタガタと緩み、隙間だらけになった。
「装甲の結合を外した! ぶった斬れフェイト!!」
「ハッ、最高のパスだぜカナタ!」
装甲が緩み、内部の脆弱なフレームが剥き出しになったネクロマンティス。
フェイトは一切の躊躇なく、ミスリルソードを振りかぶった。
青白い闘気が、剣の刀身を三倍以上に巨大化させる。
「消し飛べぇぇっ!!」
ズバァアアアアアンッ!!!
轟音と共に、フェイトの剣がネクロマンティスの巨体を、硬い装甲ごと袈裟懸けに両断した。
火花とオイルを撒き散らしながら、巨大なカマキリの機械が左右に分かたれ、地面に崩れ落ちる。
完全に、沈黙した。
「……ふぅ。ごちそうさまってな」
フェイトが剣を振り下ろし、残心を解いてニッと笑う。
「す、すごいですフェイトさん! カナタさんも!」
アマネが歓声を上げて駆け寄ってきた。
俺もホッと息を吐き出す。前衛が起きていれば、これほど頼もしいことはない。この世界のA級冒険者のスペックは、バグの処理には十分すぎるほど機能した。
「助かったぜ、フェイト」
「おう。お前のサポートも完璧だったぜ。これで村の安全は——」
フェイトが言いかけた、その時だった。
ズシン……ズシン……
地面が、いや、ポポロ村全体が、地震のように重く揺れ始めた。
「……おい、なんだこの揺れは」
俺たちが森の奥へ視線を向けると、木々が次々とへし折られ、先ほどのネクロマンティスとは比較にならない——小山のような『巨大な影』が姿を現した。
「冗談だろ……」
フェイトの顔から、余裕の笑みが消え去った。
俺のSEとしての直感が、冷たい汗となって背中を伝う。
エラーコードの親玉。システムを根底から破壊する、真のボス(致命的バグ)が降臨したのだ。
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