EP 7
デバッグ作業と、最強の粘着トラップ
つい数時間前まで、ポポロ村はのどかなスローライフの舞台になるはずだった。
『ギヂィィィィィッ!』
だが現実は、数百の機械虫の群れが押し寄せる、地獄のシステム障害の真っ只中だ。
「カナタさん! 群れがもう森の出口まで来てます!」
悲鳴を上げるアマネの足元で、自警団長であるはずのフェイトは「……むにゃ、極上ハンバーグのおかわり……」とヨダレを垂らして爆睡していた。
「おい、誰かその役立たずの粗大ゴミにブルーシートを被せて道の端に転がしておけ。踏まれて怪我でもしたら面倒だ」
俺は冷酷に指示を出し、パニックに陥る村人たちに向かってパンッと大きく手を叩いた。
「いいか皆! これより本村の防衛プロジェクトは、俺がPMとして全権を握る! 異論は認めない!」
「ぴ、ぴーえむ……?」
「なんだか分からないが、人参を一瞬で収穫した兄ちゃんに従おう!」
俺の気迫に、村人たちが農具を握りしめて頷く。
「まずは敵を誘導する。奴らのアルゴリズム(行動原理)は単純だ。さっきはハンバーグの匂いに釣られて来た。なら、もっと強烈な匂いで一点に誘い込めばいい」
「強烈な匂い……ハッ! カナタさん、まさか!」
「そのまさかだ。アマネ、教会に備蓄してある『第3型戦闘糧食』を全部持ってこい!」
アマネが泣きそうな顔で運んできた、無骨な真空パックの山。
俺は村の入り口、広場の中央にそれを山積みにした。
「いくらなんでも、あんな機械が人間の食べ物を……」と村長が首を傾げる。
「これは『人間の食べ物』じゃない。強烈な胃酸と腐敗臭を放つ、立派な生化学兵器だ。……ロック解除」
俺がアパートの鍵でパックの封を一斉に解除すると、ボスンッ!という音と共に、致死量の悪臭が村の入り口に充満した。
「「「おええええええっ!?」」」
村人たちが一斉に鼻を押さえてしゃがみ込む。だが、森の中から聞こえる機械音は、明らかにその悪臭に反応して激しさを増していた。ハエや蟻が腐臭に群がるのと同じ、虫の仕様だ。
「よし、デコイは機能している。次はファイアウォールの構築だ!」
俺はガチャで引いた『建築用・超強力接着剤』と『ネズミ捕りの強力粘着シート(業務用)』を村人たちに配った。
「ゲロオムレツの周囲半径十メートルに、これを隙間なく敷き詰めろ! 地面が見えなくなるまでだ!」
村人たちが涙目になりながら(悪臭のせいで)シートを敷き、接着剤をぶちまけていく。
最後に、俺は巨大な『工業用ストレッチフィルム(巨大なラップ)』のロールを抱え、村の入り口に立つ二本の巨木の間を往復した。
木と木の間、高さ三メートルまで、何重にもぐるぐるとラップを巻きつけていく。透明な壁の完成だ。
「カナタさん、いくらなんでもただの薄い布じゃ、魔物の突進なんて防げませんよ!」
「普通ならな。だが、こいつはただのラップじゃない。何トンもの荷物をパレットに固定するための、工業用の特殊フィルムだ。層にすれば信じられない強度になる。……さらに、俺の権限でパッチを当てればな」
俺は幾重にも重なったラップの壁に、アパートの鍵を押し当てた。
「システム・オーバーライド。対象、ポリマーフィルムの分子間結合」
何重にも重なった薄いプラスチックの膜。その分子同士の結びつきを、物理法則を超えて固定する。
「——『ロック(固定)』」
ガチンッ。
透明なラップの壁が、一瞬だけ鋼鉄のような鈍い光を放った。これで、絶対に破れない『物理バグトラップ』の完成だ。
『ギヂィィィィィィィィッ!!』
ついに、森の中から無数の死蟻機が雪崩を打って突撃してきた。
狙いは一点。村の広場に置かれた、この世の終わりのような悪臭を放つゲロオムレツの山だ。
奴らは村の入り口に張られた透明な壁に気づかない。
先頭の数十匹が、全速力で突っ込んでくる。
ボヨォオオオンッ!!
『ギヂッ!?』
凄まじい勢いでラップの壁に激突した死蟻機たちは、トランポリンにぶつかったかのように弾き返された。分子結合をロックされた工業用ラップは、魔獣の突進エネルギーを完全に吸収し、跳ね返したのだ。
空中に弾き飛ばされた死蟻機たちが、落下していく。
その真下には、村人たちが敷き詰めた『ネズミ捕り粘着シート』と『建築用接着剤』の海が広がっていた。
ベチャッ! べちぃっ!
『ギヂ……? ギギギ……ッ!!』
落下した機械虫たちは、即座に身動きが取れなくなった。
強力すぎる粘着力に足を奪われ、無理に動こうとすれば関節のモーターが悲鳴を上げて焼き切れる。後から後から突っ込んでくる後続の虫たちも、ラップに弾かれ、次々と粘着地獄へと落ちていく。
「な、なんだこれは……! 剣も魔法も使わずに、魔物の大群がただの置物に……!」
「す、すごいですカナタさん! 完全に一網打尽です!」
文字通り『虫取り(デバッグ)』の完了だ。
一匹残らず粘着シートに張り付いて痙攣する機械虫たちを見下ろし、俺は額の汗を拭った。
「ふぅ……どんな凶悪なウイルス(魔獣)だろうと、侵入経路を絞ってトラップを仕掛ければこんなもんだ」
村人たちが歓声を上げ、俺を称える。
だが、俺のSEとしての危機察知センサーは、まだ警報を鳴らし続けていた。
群れ(ザコ)の処理は終わった。だが、システム障害において、真の致命的なエラー(ボス)は常に後からやってくるものだ。
ズパァアアアンッ!!
突如、村の入り口の巨木が、豆腐のように斜めに切断されて倒れ込んできた。
俺が絶対の自信を持って構築したラップの壁ごと、見えない鋭利な刃物で両断されたのだ。
土煙の中から現れたのは、先ほどの死蟻機とは比べ物にならないほど巨大で、両腕に死神の鎌を備えた異形——『死蟷螂機』だった。
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