EP 6
バッチ処理と、ガチャのハズレ枠
森を囲む無数の赤い光。絶望的な死蟲機の大群を前に、俺の計算能力がはじき出した生存確率は限りなくゼロだった。
「……グースー。俺が……村を救う……むにゃ」
足元で寝言をほざく剣士の頭を全力で踏みつけながら、俺は神官の少女の肩をガシッと掴んだ。
「アマネ! ガチャだ! あのランダムボックスで防衛用の武器を出せ!」
「む、無理ですぅ! さっきのタバスコで善行ポイントはすっからかんです!」
「くそっ、どうすれば一番早くポイントが稼げる!?」
「村への貢献です! 今、村長さんが『魔物に踏み荒らされる前に畑の野菜を収穫しなきゃ』って泣いてて……それを手伝えば一気にポイントが!」
俺は迫り来る赤い光の群れを見た。
奴らはまだ森の境界で立ち止まっている。統率された機械特有の挙動だ。おそらく群れの指揮官機か何かの『進軍コマンド』を待っている状態なのだろう。猶予は長くて一時間といったところか。
「……タスクの優先順位を変更する。アマネ、畑に行くぞ!」
「ええっ!? 逃げるんじゃなくて農業ですか!?」
俺たちは教会の裏手にある共同畑へと走った。
そこでは、数十人の村人たちが泣きながら農作業をしていたが、まったく進んでいなかった。
『ギャアアアアッ!』
「こら待て人参マンドラ! 逃げるな!」
『ねぇねぇ! 隣の家の奥さん、実は若い冒険者と不倫しててぇ!』
「うるさいネタキャベツ! 命乞い代わりにエグい三面記事を喋るな!」
……なんだこの地獄絵図は。
足が生えて走り回る人参に、収穫されまいとドロドロの不倫ゴシップを喋り続けるキャベツ。村人たちは人参との追いかけっこで体力を消耗し、キャベツのゴシップに精神的ダメージ(SAN値)を削られていた。
「カナタさん! 村の野菜は自己防衛本能が強すぎて、一つ収穫するのにも大の大人が数人がかりなんです!」
「非効率の極みだな。……どけ、俺がやる」
俺はスラックスから『アパートの鍵』を取り出すと、畑の中央に立った。
迫り来る不倫ゴシップや、逃げ回る野菜たち。だが、俺のSEとしての脳内には、これらが単なる『処理すべきタスクの群れ』にしか見えていなかった。
「まずは動く的からだ。人参マンドラ群、ルーティングの予測完了」
俺は逃げ回る人参マンドラたちの動き(ベクトル)を視線で追い、その進行方向の地面に鍵を突き立てた。
「システム・オーバーライド。対象の運動エネルギー、一括『ロック(一時停止)』!」
ガチンッ!
空間に重い錠前を下ろす音が響いた瞬間、畑を走り回っていた数十本の人参マンドラが、見えない壁にぶつかったように空中でピタリと静止した。
「なっ……止まった!?」
「アマネ、拾ってカゴに入れろ! 次はネタキャベツだ!」
俺は静止した人参をアマネに任せ、ベラベラと喋り続けるネタキャベツの群れに歩み寄った。
『ヒィッ! ま、待ってくれ! 村長の隠し財産の場所を教えるから——』
「黙れ。スパムメールに興味はない」
俺はキャベツの根元に鍵を当てた。
「対象、根の結合。ループ処理(バッチ実行)。……『アンロック』!」
カチャ、カチャカチャカチャカチャッ!
連続する解錠音と共に、ネタキャベツたちが次々と土から切り離され、ポンポンと宙に跳ね上がった。
俺はそれをカゴを持った村人たちへ向かって、流れ作業のように放り投げていく。
「す、すごい! 数時間かかる収穫作業が、たった数分で!」
村長が腰を抜かして驚愕する。
物理的な力作業ではない。対象の構造をハッキングし、システム的に結合を解除するだけの『バッチ処理(一括自動化)』だ。疲労は全くない。
瞬く間に畑は更地となり、アマネの頭上には『善行ポイント:1500p獲得!』の文字が輝いた。
「よし、貯まったぞアマネ! すぐにガチャを回せ!」
「はいっ! 1000ポイント消費でカテゴリー検索を解放します! 指定は『武器』『防衛』!」
アマネが祈りを込めると、虚空に巨大なホログラムのランダムボックスが出現した。
まばゆい光と共に、中から大量の地球のアイテムが吐き出される。
「出ました! これで魔物を一網打尽に……って、ええええ!?」
アマネが絶叫した。
地面に転がったのは、聖剣でも魔導ライフルでもなかった。
『ブルーシート』『ネズミ捕りの強力粘着シート(業務用)』『結束バンド(束)』。
そして極めつけは、ドラム缶サイズの巨大な『建築用・超強力接着剤』と『工業用ストレッチフィルム(巨大なラップ)』だった。
「うぇぇぇん! 武器を指定したのに、ホームセンターの資材置き場みたいなゴミばっかり出ましたぁ!」
アマネがその場にへたり込んで泣き出した。
村人たちも絶望の表情を浮かべる。
だが、俺は違った。
地面に散らばったそれらの『ゴミ』を見た瞬間、俺の脳内で、ポポロ村を防衛するための完璧なアルゴリズム(罠)が組み上がったのだ。
「……泣く必要はないぞ、アマネ」
俺は工業用ラップの巨大なロールを担ぎ上げ、不敵に笑った。
「バグ(虫)を処理するのに、聖剣なんて高価なツールはいらない。必要なのは、システムを物理的に絡め取るための『バグトラップ』だ」
『ギヂィィィィィィィィッ!!』
その時、森の奥から鼓膜を破るような一斉の機械音が響き渡った。
赤いランプの海が、波のように揺れる。
指揮官のコマンドが下ったのだ。死蟲機の大群が、ついにポポロ村へ向けて進軍を開始した。
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