EP 6
監査本番! 偽装アイドルのステージと、強制終了の幕開け
ポポロ村の広場に、完璧な統率が敷かれていた。
三千隻の無敵艦隊を率いる女王リヴァイアサンがVIP席に腰を下ろすと、村の空気がピンと張り詰める。それはまるで、本番直前の巨大システムリリースを待つ、極限の緊張感だった。
広場を埋め尽くす五千人の荒くれ者たちは、俺の洗脳(強制デバッグ)とキャルルの物理的介入によって、もはやただのチンピラではない。彼らは魂を込めた『超絶高貴なファン』という名のエキストラへとコンパイル(変換)されていた。
「さあ、ライブの開始ですわ」
女王が扇子で合図を送る。
俺はステージ袖から、暗闇の中で激しく光を放つ『光学迷彩ドレス(中身は芋ジャージ)』姿のリーザの背中を、そっと押した。
「行け、リーザ。お前の人生で一番のバグ(嘘)を、女王にインストールしてやるんだ」
「……はいですの。私の、全てを懸けて」
リーザがみかん箱の上、即席のステージへと飛び出す。
その瞬間。
——ズドォォォォォンッ!!
キュララが操作する三機のドローンカメラが、極限まで出力を高めたリングライトを一斉にリーザへと照射した。
あまりの光量に、広場にいたエキストラ五千人が思わず目を細める。だが、それは女王の視界を物理的に潰し、リーザの芋ジャージという『バグ』を完全に焼き切るための『光の遮蔽』でもあった。
「みんなぁ! 応援、よろしくですわぁぁぁっ!!」
リーザの絶叫とともに、五千人のファンが完璧なタイミングで動き出す。
——ロマンス(ヲタ芸)!!
一糸乱れぬ動きで、五千本のペンライトがピンク色に染まる。
その光景は、もはや野蛮な暴徒の集まりではなかった。それは、何百回ものリハーサルを重ねたかのような、恐ろしいほどのシンクロニシティを見せる、芸術的なスペクタクルだった。
「ひゃぁぁぁっ……! なんて……なんて高貴で、美しい光景なの……っ!」
女王が目を見開く。
彼女が想定していた「数百万のファン」という要件定義は、この五千人の『狂気的なまでの熱狂』によって、質的な意味で完全に上書き(オーバーライド)されていた。
泥臭い芋ジャージの上から被せられた『光のドレス(ホログラム)』が、ペンライトの光を受けて虹色に乱反射する。リーザはみかん箱の上で、ボロボロになりながらも、今の自分にしか出せない「魂の叫び」をぶつける。
それは、宮殿のダンスホールでは絶対に生まれない、ド底辺から這い上がってきた者にしか出せない、荒々しくも美しい情熱の鼓動だった。
(完璧だ……。トラフィックは安定している。バグは一つもない。このままラストまで走り切れば、プロジェクトは納品完了だ……!)
俺は広場の影から、その完璧な動作を見守りながら、密かに勝利の確信を抱いていた。
あと一分。あと一分さえ持ち堪えれば、女王はこの偽装に納得して海へ帰る。
——だが、俺たちは忘れていた。
ポポロ村というシステムには、絶対に修正不可能な『最強の特異点(天然バグ)』が一人、ステージの脇でスタンバイしていたことに。
「あらあら♡ 皆さん、とっても楽しそうですわね!」
フワフワのお嬢様ドレスを着た天然エルフ、ルナ・シンフォニアが、無邪気な笑顔でステージへとふらふらと歩み寄っていった。
「あ……っ!? ルナ、やめろ、お前は出るな!」
俺が止めようとするが、ルナの耳には届かない。
「ライブなら、もっと華やかにしなくては! 星空をステージに持ってきて差し上げますわ♡」
ルナが杖を高く掲げた。
「——『星天崩落』の、ちょっとだけバージョンですわよ! ド派手な花火大会の始まりですわーっ!」
……パチンッ。
ルナが指を鳴らした瞬間。
——ドォォォォォォォォォォンッ!!!!!
ステージの真上で、凄まじい轟音とともに『銀河系を模した巨大な魔力の爆発』が引き起こされた。
ただの花火ではない。ルナの魔法は、常に『過剰』なのだ。
夜空を真っ白に染め上げる極大の閃光が、村の広場を飲み込む。
その衝撃は、先ほどまで細心の注意を払って構築していた『幻影魔法のテクスチャ(大理石の宮殿)』と『光学迷彩ドレス(光のホログラム)』の平衡を、一瞬にして完全に破壊した。
「あ……」
ルナの魔力が、ドローンカメラの出力系統を焼き切る。
リングライトが火花を散らして消滅し、周囲を包んでいた強烈な光が、プツリと途絶えた。
——しん。
広場に、あまりにも残酷な沈黙が流れる。
爆発の余韻が消え、視界が晴れていく。
そこには——。
豪華な大理石の宮殿など、影も形もない。
ただ、木箱を積んで丸太で支えられただけの、ペラペラの『岩の壁』が、ボロボロと崩れ落ちる残骸として散乱していた。
そして。
光のドレス(ホログラム)に包まれていたはずのステージの上には。
必死に歌っていたアイドル——リーザの姿があった。
だが、その身に纏っているのは、眩いばかりの光のドレスなどではない。
長年着倒して色が褪せ、所々に穴が空き、泥とカツ丼のタレがこびりついた、あの『オリーブ色の芋ジャージ』だった。
足元には、最高級のステージ(みかん箱)が一つ。
足元で倒れていたのは、汗だくで泡を吹いて気絶寸前の、ただの極貧アイドル。
——全てが、剥き出しになった。
「………………は?」
女王リヴァイアサンの高貴な表情が、スローモーションのように凍りついた。
彼女の視界に映っているのは、数百万人のファンに囲まれたトップアイドルなどではない。
ただのド田舎の広場。
崩れ落ちた岩の壁。
そして、みかん箱の上で、汗だくの芋ジャージ姿で呆然と立ち尽くす、惨めな一人の少女。
「……娘?」
女王が震える声で呟く。
「これは……何ですの……? 宮殿はどこですの? 数百万のファンは? 貴女の……そのドブ泥のような『作業着』は何ですの?」
俺の心臓が、ヒュッと音を立てて停止した。
全てのデバッグが失敗し、全ての偽装が暴かれた。
最強のモンスタークライアントが、今、その理不尽な怒りのデバッグ権限を、俺たちに向けて行使しようとしていた。
「嘘……! 貴女たち、私を……この母を、徹底的に……愚弄したのですかああああああああっ!!!」
女王の咆哮が、村を、いや、大陸を震わせる。
三千隻の艦隊から、一斉に巨大な大砲の銃口が、村の広場——俺たちの頭上へと向けられた。
「——この大陸ごと、深海の藻屑へ消し去って差し上げますわぁぁぁっ!!!」
絶望の幕開け(システム完全崩壊)が、ついに訪れたのである。
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