EP 5
太客の緊急動員と、軍隊式コール(アルゴリズム)
「数百万の熱狂的なファンによる、最高級のライブ……。それを今すぐ、この場で見せなさいな」
三千隻の無敵艦隊の大砲が村に向けられる中、女王リヴァイアサンが突きつけてきた究極の仕様追加(追加要件)。
ポポロ村の全人口は、自警団や農家を合わせても数百人。その全員をかき集めたところで、女王が想定する『数百万人のドーム級ライブ』というトラフィックには遠く及ばない。
「(終わった……物理的にリソース(人員)が足りねえ……っ!)」
俺が絶望で膝から崩れ落ちそうになった、その時。
前世の社畜時代、無茶な納期を押し付けられた時に必ず使っていた『究極のバッファ交渉術』が、俺の口から無意識に飛び出していた。
「——お、お待ちください女王陛下! もちろんライブの準備は完了しておりますが、あまりにもファンの数が膨大すぎるため、現在『入場規制』を行っている最中なのです!」
「入場規制、ですの?」
「はい! 高貴なセレブファンたちが安全に会場へ入れるよう、厳重なセキュリティチェックを設けております。観客の誘導(ロード時間)が終わるまで、あと【一時間】だけ! 一時間だけお待ちいただけますでしょうか!」
女王は少し眉をひそめたが、やがて扇子をパチンと鳴らした。
「……よろしい。トップアイドルのライブに大行列は付き物ですわね。一時間後、特設ステージのVIP席で待たせてもらいますわ」
「あ、ありがとうございます……っ!」
俺は血を吐くような思いで一礼し、再びプロジェクトメンバーたちを村の裏手へと緊急招集した。
◆
「一時間だ! 一時間以内に、女王を納得させる規模の『熱狂的なファン(エキストラ)』の群れをこの村にデプロイしなければ、俺たちは全員海の底だぞ!」
俺が叫ぶと、フェイトが頭を抱えた。
「無茶言うな兄貴! このド田舎に、いきなり何万人もの人間を呼び寄せるなんて、空間魔法の使い手でもいなきゃ不可能だぜ!」
「いいや、いる。俺たちには、世界中に信者を抱える『最強のトラフィック誘導装置』がいるだろうが!」
俺の視線の先。
そこには、三機のドローンを従えた天使族のゴッドチューバー、キュララが立っていた。
「えっ、私!? でも、いくら私の配信でも、一時間で現地に集まれるリスナーなんて……」
「お前の『特定班』の機動力とネットワークを舐めるな! あいつらはネットの闇から一瞬でターゲットの住所を割り出す連中だ。空間の壁(距離)すらバグ技で越えてくるはずだ!」
俺はキュララの肩をガシッと掴んだ。
「いいか、今すぐ緊急生配信を回せ! そしてこう言え。『今すぐポポロ村に集まらないと、大陸が沈む』と! さらに、俺の『鍵』の権限を使って究極の脅し文句を付与してやる!」
キュララがゴクリと息を呑み、カメラドローンのスイッチを入れた。
「きゅ、きゅるんっ♡ 緊急・生・配・信、スタートだよぉっ! みんな聞いて! 今すぐ、ポポロ村の広場に『リーザちゃんのライブのお客さん』として集合してぇ!」
突然のオフ会(緊急招集)の告知に、コメント欄が「は?」「今から?」「無理だろw」と冷ややかな反応を示す。
だが、俺はカメラの前に身を乗り出し、ドスの効いた声で言い放った。
「画面の前の特定班、および全リスナーに告ぐ! この村には今、シーラン国の無敵艦隊三千隻が砲門を向けている! 一時間後に村が吹き飛び、大陸が沈めば……ポポロ村のサーバーに記録されている『お前らの過去のネット検索履歴』と『消したはずの黒歴史フォルダ』が、物理的なバックアップの喪失により、全魔導ネットワーク上に【自動公開(無修正で放流)】されるシステムになっている!!」
——ピタッ。
配信のコメント欄が、一瞬にして完全にフリーズ(凍結)した。
「ポポロ村を救うことは、お前ら自身の尊厳を死守することだ! 死に物狂いで来い! 転移魔法陣を使え! 金を積んで魔導特急に乗れ! 納期は一時間だ!!」
『な、なんだとぉぉぉぉぉっ!?』
『ふざけんな! 俺の「エルフ耳・むっちり・検索履歴」が全世界に!?』
『特定班、総員退避……いや、総員ポポロ村へ進軍せよぉぉっ!』
『転移スクロール、全財産叩いて買ってきた! 今すぐ飛ぶぞ!』
検索履歴の暴露という『ネット民にとっての核兵器』をチラつかせた瞬間、リスナーたちの行動力は限界を突破した。
「フェイト! お前もガルフ将軍に連絡して、駐留所の三国兵士を全員叩き起こせ! 報酬はエナドリ『ポポロ・マーメイド』の一生飲み放題だと言え!」
「うおおおおっ! あの聖水が飲み放題!? ガルフのオッサンなら、部隊の壁を越えて一万人は連れてくるぜ!!」
◆
そして、三十分後。
ドドドドドドドドドドッ!!!!!
ポポロ村の広場に、空間が歪むほどの転移魔法陣の光が次々と瞬き、すさまじい土煙を上げて、信じられない数の人間たちが殺到してきた。
「ハァ、ハァ……! 来たぞぉっ! 俺の、俺の検索履歴を守るためにぃぃっ!」
「エナドリ! エナドリ飲み放題はどこっすかぁぁぁっ!」
その数、およそ五千人。
だが、俺はその集まったエキストラ(群衆)を見て、頭を抱えて絶望した。
「……終わった。これじゃ完全に『山賊の襲撃』だろ……」
集まったのは、キュララの配信に群がる『ネットの特定班(引きこもり、オタク、目つきのヤバい情報屋たち)』と、連日の激務で血走った目をしている『三国駐留所の屈強な兵士たち』である。
服装はバラバラ。トゲトゲの鎧を着た大男、ボサボサの髪をした痩せこけた男、怪しげなローブを深く被った魔術師。
誰がどう見ても、『最高級のセレブが嗜む、高貴なアイドルのファン(優雅な客層)』には1ミリも見えない。治安最悪の暴動現場(DDoS攻撃)そのものである。
「カナタさん! 女王様が求めるファン層と、属性が違いすぎますぅ!」
キャルルがウサギ耳を垂らして悲鳴を上げる。
「分かってる! だが、リソースの質を今から上げることは不可能だ。なら……『動き(アルゴリズム)』で誤魔化すしかない!」
俺は広場の前に立ち、アマネが用意した拡声器(風魔法のマイク)を握りしめた。
「聞け、貴様らぁぁっ!!」
俺の怒号が、五千人の荒くれ者たちの喧騒を切り裂いた。
「お前らの見た目は最悪だ! だが、今から一時間で、お前らを『統率の取れた超絶高貴なセレブファン』へと強制的にコンパイル(洗脳)してやる! 俺の言う通りに動け! 少しでもエラーを吐いた奴は、キャルルが物理的にデバッグ(粉砕)する!」
「えっ……? アタシが、ですかぅ?」
キャルルが小首を傾げる横で、俺は彼女の手に『ダブルトンファー』を握らせた。
「頼むキャルル。お前の月影流の素早さで、統率を乱す奴を片っ端からシバいて、恐怖でシステムを統一するんだ!」
「わ、分かりましたぅ! 村の平和(とリーザちゃんの命)のためなら、鬼になりますぅ!」
キャルルのルビー色の瞳からハイライトが消え、ヤンデレヤクザウサギのモードが起動した。
「アマネ! 全員に『魔導石のペンライト』を配布しろ!」
「はいぃっ! 私のコレクションのサイリウムを全放出しますぅ!」
五千人の荒くれ者たちの手に、ピンクや青に光る棒が握らされた。
「いいか! お前らは個の人間じゃない! 一つの巨大な『描画エンジン(UI)』だと思え!」
俺は自らペンライトを両手に握り、お手本を見せるために激しく動き始めた。
「リーザが歌い出したら、まずは右から左へのウェーブ(順次処理)! そしてサビに入ったら、全員一糸乱れぬタイミングで『ロマンス(ヲタ芸)』を打つんだ! 行くぞ、1、2、3、ハイッ!」
俺の合図で、五千人が見よう見まねでペンライトを振る。
だが、当然バラバラだ。兵士たちは力任せに棒を振り回して隣の奴を殴り、特定班たちはオドオドとして動きが遅れる。
「ダメだ遅い! お前らのラグ(遅延)がシステムの命取りになるんだよ!」
俺が怒鳴った瞬間。
——ズドォォォォォォンッ!!
「あだぁぁぁっ!?」
動きが〇・一秒遅れた大柄な兵士の鳩尾に、キャルルのトンファーがマッハの速度でめり込んだ。
「遅いですぅ! ペンライトの軌道が三度ズレてますぅ! 次は首を飛ばしますよぉっ!」
可憐なウサギ耳の少女が、血走った目で荒くれ者たちを物理的にシバき回る。
「ひぃぃぃっ! ご、ごめんなさぁぁぁいっ!」
「死ぬ! このウサギに殺されるぅぅっ!」
「休むな! 次は『MIX』の練習だ! 腹から声を出せ!」
俺が指示を飛ばす。
「タイガー、ファイヤー、サイバー、ファイバー、ダイバー、バイバー、ジャージャー!! これを〇・五秒の狂いもなく全員で叫べ! 一つの巨大なサウンドデータとして出力するんだ!」
地獄の軍隊式ブートキャンプが始まった。
見た目は最悪の荒くれ者たちだが、彼らには【圧倒的な恐怖】という最強のインセンティブがあった。
兵士たちは軍隊特有の『絶対服従の精神』でコールを覚え、特定班たちは『オタク特有の異常な集中力』でペンライトの軌道を完璧にインストールしていく。
十分経過。
「おいそこ! 『サイバー』の『イ』の発音が甘い! やり直し!」
「イエス・サー!!」
三十分経過。
「サビの入り、サイリウムの色をピンクから赤に一斉に変更(変数切り替え)しろ!」
カチッ……!
五千本の光が、一切のラグなく同時に変色する。
五十分経過。
「……フッ、ハッ! フッ、ハッ!」
広場を埋め尽くす五千人の荒くれ者たちが、誰一人として無駄口を叩かず、ただひたすらに、前方の虚空に向かって完璧な『ロマンス(ヲタ芸)』を打ち続けていた。
その動きは、恐ろしいほどに洗練され、機械のように一糸乱れぬ統率感を放っていた。彼らの流す汗は、もはや野蛮なものではない。洗練されたアスリート、あるいは精鋭部隊のそれである。
「……すげえ。完璧な『群集アルゴリズム(システム)』だ」
俺は額の汗を拭い、その美しい光の海を見て震えた。
「カナタさん……やりましたぅ。五千人の不良データが、一つの完璧な『高貴なファンの熱狂』へとコンパイルされましたぅ……」
息を切らしたキャルルが、トンファーを下ろして微笑む。
「よくやった、お前ら! これなら、女王の監査(視覚)も誤魔化せる!」
俺が五千人に向かって親指を立てると、彼らは無言のまま、ビシッと軍隊式の敬礼(ペンライトを胸に当てるポーズ)で返してきた。完全に洗脳が完了している。
「——時間ですわよ、プロデューサー」
背後から、氷のような冷たい声が響いた。
振り返ると、特設ステージ(という名のみかん箱を並べただけの即席台)の最前列に用意されたVIP席に、女王リヴァイアサンが優雅に腰を下ろしていた。
「さあ、私の娘が、この数百万人のファンを熱狂させる姿。……とくと拝見させていただきますわ」
女王の青い瞳が、五千人の(洗脳された)ファンたちと、ステージを見据える。
「……準備はいいな、リーザ」
俺はステージの袖に立つ、光り輝く光学迷彩ドレス(中身は芋ジャージ)のリーザに合図を送った。
「(胃袋は泥と雑草で満たされましたの! やりますわ、私のアイドルの真髄を、お母様に見せつけてやりますの!)」
リーザが力強く頷く。
ポポロ村の存亡を懸けた、史上最大の偽装ライブ(最終監査)。
完璧なハリボテの城、光の偽装ドレス、泥のフルコース、そして洗脳されたエキストラの群れ。
全ての偽装が起動し、いよいよ絶体絶命のショーの幕が上がろうとしていた。




