EP 4
雑草のキャビア(ハリボテ)と、涙のフルコース
光の粒子(キュララのドローン照明)で全身を過剰に輝かせた『光学迷彩ドレス』の偽装により、なんとか最強のモンスタークライアント(女王)のスキン監査を突破した俺たち。
だが、安堵する暇など一秒たりともなかった。
次なる要求——『最高級のキャビアとトリュフが並ぶ豪華絢爛な晩餐会』の準備が、即座に求められていたからである。
「皆様、こちらがリーザ様の専用ダイニングルームでございます」
俺が仰々しく案内したのは、村の集会所の裏手に急造された『野外テント』である。
だが、アマネの限界を超えたSSR級・幻影魔法により、テントの幌は壮麗なフレスコ画が描かれたドーム型の天井に見え、木箱を繋げただけのテーブルは、一本の巨大なマホガニー材を削り出した最高級の晩餐卓へと偽装されていた。
「ほう。なかなか広々として、風通しの良いダイニングですわね」
女王リヴァイアサンが、豪奢な椅子(幻影で装飾されたパイプ椅子)に優雅に腰を下ろす。
「はい! 大自然の息吹(隙間風)を感じながら食事を楽しむのが、現在のトップセレブの間で流行している『オーガニック・スタイル』でございます!」
俺が適当なビジネス用語を並べ立てると、女王は満足げに頷いた。
テーブルの反対側には、娘のリーザが座っている。
キュララが操作する三機のドローンが、リーザの周囲を絶えずホバリングし、致死量のリングライトの光を浴びせ続けているため、彼女は相変わらず『直視できないほど眩しい光の塊』と化している。
「(あ、暑いですの……! 至近距離のライトの熱で、ジャージの中が蒸し風呂状態ですわーっ!)」
リーザが光の中でカチカチと歯の根を鳴らしているが、女王からは光り輝くドレスに身を包み、感動に震える娘の姿にしか見えていない。
「さて、プロデューサー。娘との感動の再会にふさわしい、最高級のディナーはできていますの?」
「は、はい! ただいま、専属の天才シェフが腕によりをかけております! 少々お待ちを!」
俺は恭しく一礼すると、テントの裏側(厨房という名のただの草むら)へとマッハの速度で駆け込んだ。
◆
「おいルナ! 料理の進捗はどうだ!」
俺が厨房(草むら)に飛び込むと、フワフワのお嬢様ドレスを着た天然エルフ・ルナが、泥だらけの手で楽しそうに何かを丸めていた。
「あ、カナタさん! 見てくださいな♡ 公園の奥で採れた『極上のタンポポの葉っぱ』と、広場の裏の『しっとりとした泥』をコネコネして、真っ黒なお団子を作りましたの!」
ルナの足元には、引き抜かれたばかりの雑草の山と、バケツ一杯の泥水が置かれていた。
「よし、上等だ! それを今すぐ、最高級の『キャビア』と『黒トリュフ』に偽装しろ!」
「お任せくださいな! 森の精霊さん、この泥んこをピカピカの黒い宝石に変えてくださいませ♡」
ルナが杖を振ると、泥の塊と雑草のペーストが、強烈な魔力の光に包まれた。
一瞬にして、泥の粒は艶やかな黒光りを放つ『極上ベルーガ・キャビア(の見た目)』へ。そして、タンポポの根を丸めたものは、表面に美しいヒビが入った『最高級の黒トリュフ(の見た目)』へと変貌を遂げた。
「完璧だ……! 見た目(UI)は、五つ星レストランのフルコースそのものだ」
俺は息を呑んだ。だが、すぐに絶望的な事実に気がつく。
「待てよ。見た目は完璧だが……中身はただの『泥と雑草』だぞ。これを女王の口に入れたら、一瞬で味がバレて、俺たちは『女王に泥を食わせた大逆罪』で即刻死刑じゃないか!?」
「あはっ♡ 大丈夫だよ、カナタP!」
そこへ、配信機材の調整を終えた天使族のゴッドチューバー・キュララがウインクしながら顔を出した。
「女王様って、『深海の底』から一歩も出たことがない箱入りのお偉いさんなんでしょ? 地上の食べ物なんて、一度も食べたことがないはずよ。だったら……」
キュララが、悪魔のような(天使だが)狡猾な笑みを浮かべた。
「『これが地上の最高級の味です』って言い張れば、そういう仕様だって信じ込むんじゃない?」
「……なるほど。味覚の基準が存在しないクライアントに、偽の正解を刷り込むわけか。完全に詐欺師のアルゴリズムだな」
だが、今はその詐欺に縋るしかない。
俺は震える手で、泥と雑草でできた『偽装キャビアと黒トリュフの冷製プラッター』が乗った銀の皿を持ち上げた。
◆
「——お待たせいたしました、女王陛下。本日のメインディッシュ『ポポロ村特製・黒トリュフとキャビアの冷製仕立て、オーガニックの風に乗せて』でございます」
俺は恭しく、女王とリーザの前に銀の皿をサーブした。
「おお……っ! これが、地上の最高級食材! 深海の真珠のように黒く輝き、えも言われぬ芳醇な……なんだか『雨上がりの土』のような、力強い香りがしますわね!」
女王が目を輝かせながら、フォークを手に取った。
(そりゃそうだ、十分前まで広場の裏にあったガチの泥だからな……!)
俺の胃壁が、極限のストレスでギリギリと音を立てる。
「では、いただきますわ」
女王が、偽装キャビア(泥の粒)と黒トリュフ(タンポポの根)を口に運んだ。
……シーン。
ダイニングに、恐ろしいほどの静寂が落ちる。
女王の動きがピタリと止まり、その青い瞳が大きく見開かれた。
(終わった……。「泥じゃないか!」とブチギレて、海嘯(大津波)で村が粉砕される……!)
俺が死を覚悟して目を閉じた、その時だった。
「……っ!! す、素晴らしいですわぁぁぁっ!!」
女王が、歓喜の声を上げて立ち上がった。
「なっ!?」
「この、口に入れた瞬間に広がる『圧倒的な大地の風味(泥臭さ)』! そして、噛めば噛むほどに滲み出てくる『野生の苦味(雑草の汁)』! 深海では決して味わうことのできない、土と緑の荒々しい生命力が、私の細胞をダイレクトに叩き起こしてくれますわ!!」
奇跡が起きた。
深海の洗練された魚介類ばかりを食べて生きてきた女王にとって、強烈な泥と雑草の味は、『未知の高級食材』として完全に誤認識されたのだ。
「これが……これが地上のトップセレブが愛する『キャビアとトリュフ』の真の味! なんて野性的で、高貴な味わいなのでしょう! プロデューサー、貴方の見立ては完璧ですわ!」
「は、ははっ! お口に合って何よりでございます!(助かったぁぁぁっ!)」
俺は背中に滝のような冷や汗を流しながら、深く頭を下げた。
だが、問題はもう一人いる。
「さあリーザ、貴女も食べなさいな。貴女の大好物なのでしょう?」
女王が、光の塊となっているリーザに向かって優しく微笑みかけた。
「(ひぃぃぃっ!)」
リーザの顔面が、光の中でも分かるほどに蒼白になった。
彼女は、極限の貧乏生活により、少しでも高級な食材(油分の多い肉や魚)を食べると、胃壁がショックを起こして完全な『サーバーダウン(腹痛)』を引き起こすという呪われたOSの持ち主である。
女王の目の前で、高級キャビアを食べて泡を吹いて倒れれば、「やはり無理をさせていたのではないか」と偽装が一発でバレる。
「(か、カナタP……! これを食べたら、私の胃袋は確実にクラッシュしますの……! 助けて……っ!)」
リーザが涙目で俺にサインを送ってくる。
「(食え! お前の見栄が招いたデスマーチだろ! 胃腸薬なら後でいくらでも飲ませてやる!)」
俺が念話で一蹴すると、リーザは覚悟を決め、震える手でフォークを握りしめた。
「い、いただきますの……っ!」
リーザは、死を覚悟した表情で、黒トリュフ(偽装)とキャビア(泥)をパクリと口に含んだ。
そして。
「…………あれ?」
リーザのルビー色の瞳が、極限までカッ!と見開かれた。
彼女の舌が感知したのは、恐ろしいほどの脂の乗った高級食材の味ではなかった。
それは、長年の極貧サバイバル生活で毎日毎日齧り続けてきた、あの『公園の第三花壇の裏側に生えているタンポポの苦味』。そして、雨の日に舐めた『水たまりの底の泥の安心するザラザラ感』だった。
「(な、なんだ……この、圧倒的な実家(ド底辺)のような安心感は……っ!)」
リーザの脳細胞が、歓喜のバグを引き起こした。
高級料理のプレッシャーに怯えていた彼女の胃袋が、慣れ親しんだ最底辺の食材を検知し、マッハの速度で消化吸収を始めたのだ。
「んんんんんんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
リーザは、カメラの光(光学迷彩)の中で、大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「美味しい……! 美味しいですの、お母様! この、どこまでも泥臭くて、青臭い、貧乏の味……じゃなかった、最高級の味! 私の魂が、五臓六腑が歓喜の歌を歌っておりますわーっ!」
ガツガツガツッ!
リーザはフォークを放り捨て、手づかみで皿の上の泥と雑草を貪り食い始めた。
もはやアイドルの品格などゼロだが、飢えに飢え切ったド底辺アイドルの本能が完全に発動していた。
「おお……リーザ……っ!」
その光景を見た女王が、扇子を握りしめてポロポロと涙を流し始めた。
「なんてことでしょう。最高級の食事の味に、あそこまで感動の涙を流して貪り食うなんて……! お前は本当に、食べ物のありがたみを忘れない、純粋で高貴なトップアイドルに育ちましたのね……っ! この母は、感動いたしましたわ!!」
奇跡のすれ違い(ダブル・ハッキング)である。
泥を最高級の味だと勘違いした女王。
泥を食べて実家(ド底辺)の味だと安心し、歓喜の涙を流す娘。
見た目(UI)と中身の致命的な乖離を、双方が『全く異なる解釈』で肯定したことで、この最悪の偽装フルコースは、見事に『感動の晩餐会』としてデプロイ(納品)されてしまったのだ。
「……ふぅ。クリアだ」
俺は壁際で、限界を迎えていた胃をさすりながら、静かに息を吐き出した。
「やりましたね、カナタさん! これで女王様も満足して、海に帰ってくれますぅ!」
裏方で丸太を支えていたキャルルが、小声で歓喜の報告をしてくる。
だが、モンスタークライアントの要求(仕様追加)は、常にプログラマーの希望的観測を無慈悲に打ち砕く。
「さて」
女王が口元をナプキンで拭い、満足げに立ち上がった。
「素晴らしいドレス、そして素晴らしい晩餐。娘の生活環境が最上級であることが、よく分かりましたわ」
「は、ははっ! ありがとうございます、女王陛下! それでは、長旅の疲れもございましょうし、本日はこの辺りで船へお戻りいただき……」
「何を言っていますの、プロデューサー」
女王の青い瞳が、ギラリと猛禽類のような光を放った。
「環境の確認は終わりました。しかし、最も重要な『アイドルとしての実績』の確認がまだですわ」
「実績……?」
「ええ。数百万人の熱狂的なファン(下民ども)が涙を流し、娘の歌声に狂乱する『ダイヤを散りばめた特設ステージでの最高級ライブ』。……娘が手紙に書いていたその光景を、今すぐ、この場で見せていただきましょうか」
女王が扇子をバサッと広げ、俺に冷酷な宣告を突きつけた。
「まさか、ファンが一人もいないなんていう、嘘の報告をしていないでしょうね? もしそうであれば……この大陸ごと、深海の藻屑に変えて差し上げますわよ」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
三千隻の無敵艦隊の大砲が、一斉に村の方角へ旋回する音が聞こえた。
晩餐会という最難関の監査を突破した直後に叩きつけられた、究極の仕様変更(追加タスク)。
「(……数百万の熱狂的なファン、だと……!?)」
ポポロ村の全人口をかき集めても数百人しかいない。
俺は絶望のあまり、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
ハリボテの城と光学迷彩のドレスで誤魔化せる領域は終わった。次なる試練は、人間の熱狂そのものを捏造するという、史上最悪の『サクラ(エキストラ)動員プロジェクト』へと突入していくのであった。
読んでいただきありがとうございます。
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