EP 3
デフォルトスキンの呪いと、光学迷彩ドレス
ハリボテの豪華絢爛な宮殿(UI)の前に立つ、オリーブ色の芋ジャージを着た極貧アイドル。
海中国家シーランの女王・リヴァイアサンの青い瞳が、実の娘であるリーザのその『ド底辺の装い』を冷酷にスキャンし、ピタリと停止した。
「……リーザ。貴女、なぜそんな……ドブ泥のような色の『ボロ布』を着ていますの?」
女王の声が、絶対零度の冷気を伴って村の広場に響き渡る。
せっかく完璧に偽装したフロントエンド(城)の説得力が、主役のアバターの『初期装備』のせいで完全に崩壊しかけていた。
「あ……あわわわ……お、お母様、これは、その……っ」
リーザがカチカチと歯の根を鳴らし、ルビー色の瞳から光を失っていく。
このままでは「娘をボロ布で生活させる悪徳プロデューサー」として、村ごと海に沈められる。俺はマッハの速度で脳内の言い訳をコンパイルし、女王とリーザの間に割って入った。
「お、お待ちください、女王陛下!!」
「……何ですの、プロデューサー。まさか、私の愛しい娘にそんな下民の服を強要しているわけではありませんわよね?」
「と、とんでもない! これは『ボロ布』などではありません! この大陸の最先端技術で作られた『超高機能・オーガニック・レッスンウェア』でございます!」
「れっすんうぇあ……?」
「はい! リーザ様は女王陛下に最高のライブをお見せするため、先ほどまで血の滲むような過酷なリハーサルをされていたのです! このウェアは、汗を瞬時に吸収し、アイドルの筋肉の疲労を軽減する、一着数百万ゴールドは下らない特注品(嘘)なのです!」
俺が堂々とハッタリをかますと、女王は「ほう」と目を丸くした。
「……なるほど。言われてみれば、独特のオリーブ色は高貴な深海の海藻を思わせるし、サイドに入った二本の白線も、スポーティで洗練されたデザインに見えなくもありませんわね」
(よしっ、チョロい……じゃなくて、クライアントの要件を誤魔化せたぞ!)
「ですが」
女王が扇子をピシャリと閉じた。
「娘の努力は褒めてあげます。しかし、これから始まる感動の『再会の晩餐会』に、汗まみれのレッスンウェアで同席させるわけにはいきませんわ。さあリーザ、今すぐ宮殿に入って、一番豪華な『シルクのドレス』に着替えてきなさい!」
「えっ……? ド、ドレス、ですの……?」
「三分、待ってあげます。それ以上は、この母の愛(忍耐)も尽きますわよ」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
女王から放たれるプレッシャーが、再び村の空気を歪ませる。
「か、かしこまりました! リーザ様、至急お着替えを!!」
俺はリーザの襟首を掴み、大理石の宮殿(という名の、ペラペラの岩の壁)の裏側へと、文字通り引きずり込んだ。
◆
宮殿の裏側。
そこでは、フェイトとキャルルが必死に丸太を押し当てて、倒れそうな岩の壁を支えていた。
「兄貴! どうすんだよ、シルクのドレスなんてこの村のどこにもねえぞ!」
フェイトが滝のような汗を流しながら叫ぶ。
「分かってる! ルナ! お前の魔法で、今すぐ最高級のドレスを偽造(ポン出し)しろ!」
「お任せくださいな♡ お裁縫の精霊さん、チクチクお願いね!」
フワフワのお嬢様ドレスを着たルナが杖を振ると、光の粒子が集まり、一瞬にして見事な『純白の最高級シルクドレス』が空中に生成された。
「よーし、ルナ最高だ! ほらリーザ、さっさとその忌まわしい芋ジャージを脱いで、これに着替えろ!」
俺がドレスをリーザに押し付けた、その瞬間だった。
「……っ!? ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
リーザが、まるで聖水を浴びた悪魔のように、絶叫を上げてのけぞった。
「な、なんだ!?」
「肌がっ……! シルクの滑らかな手触りが、私の肌を焼きますのぉぉっ!」
リーザの腕や首筋——シルクのドレスが触れた部分から、一瞬にして真っ赤な『蕁麻疹』がブツブツと吹き出してきたのだ。
「えっ!? リーザちゃん、どうしちゃったんですかぅ!?」
キャルルが驚愕する。
「ぜぇ、はぁ……っ! ダメですの、私の身体は、長年の極貧サバイバル生活のせいで、高級な素材を完全に『異物』として拒絶するように最適化されてしまっているんですの……っ!」
リーザが涙目で訴える。
「このオリーブ色の芋ジャージの『ゴワゴワとした安い化学繊維の摩擦』がないと、私の精神と肉体は安心できない……! ドレスなんて着たら、ショック死してしまいますわーっ!」
「バカな……! ただの着替え(スキン変更)だぞ!?」
俺は戦慄した。
長すぎる極貧生活が、彼女の身体構造(OS)そのものを書き換えてしまっていたのだ。オリーブ色の芋ジャージは、もはや単なる服ではない。彼女の生命維持装置と完全に癒着した【デフォルトスキン(呪いの装備)】と化していたのである。
「くそっ、ならば強制解除だ!」
俺はスラックスから『アパートの鍵』を抜き放ち、リーザのジャージのチャックに突き立てた。
「システム・オーバーライド! 対象、リーザの芋ジャージの『装備ロック』! 強制解除——」
カチャリ、と鍵を回そうとした瞬間。
『ピーーーッ!! FATAL ERROR!』
俺の脳内に、凄まじい警告音が鳴り響いた。
(なんだと……!? ジャージの依存関係が深すぎる……! これを強制解除すれば、リーザの防御力パラメーターがゼロになり、外気に触れただけで即死するバグが発生するだと!?)
俺は舌打ちをし、鍵を引き抜いた。
ダメだ。正攻法での着替えは不可能だ。
「——おい、プロデューサー」
ドスッ、ドスッ。
ペラペラの岩の壁の向こう側から、女王が苛立たしげに壁を叩く音が響いた。
「ひぃぃっ! 兄貴、壁が崩れる! 丸太がへし折れそうだぞ!」
フェイトが死に物狂いで踏ん張る。
「三分経ちましたわ。まだ着替え終わらないのですの? まさか、私を騙しているわけではありませんわよね……?」
女王の猜疑心が臨界点に達しようとしていた。
「(……クソッ、打つ手なしか!?)」
絶望が頭をよぎったその時。
暗闇の中で光るドローンのリングライトが、俺の視界の端に飛び込んできた。
「……キュララ」
「ん? なぁに、カナタP。私、今はただの照明係だけど?」
天使族のゴッドチューバーが、首を傾げる。
俺のSEとしての脳細胞が、一筋の光明(最悪のワークアラウンド)を弾き出した。
「お前の『変身バンク』……あのド派手な光の粒子とエフェクトで『聖騎士アーマー』を纏うやつ。あれを、他人の身体に投影することはできるか?」
「えっ? できるけど……あれってただの『光の幻影』だよ? 物理的な服じゃないし、防御力もゼロの見掛け倒しよ?」
「それでいい!! 中身を着たまま、その上に光のガワ(エフェクト)だけを被せるんだ!!」
「ええっ!? そんなの、照明が少しでもズレたら、中の芋ジャージのオリーブ色が透けて見えちゃうわよ!?」
「絶対にズラすな! 出力最大で光らせ続けろ! クライアントの目を、過剰なエフェクト(眩しさ)で物理的に潰すんだ!!」
俺の狂った指示に、キュララがヤンキーのような獰猛な笑みを浮かべた。
「あはっ! そういうインチキ(配信技術)なら、私に任せなさい!」
キュララが魔導端末を操作し、三機のドローンカメラをリーザの周囲に展開させた。
「——お待たせいたしました、女王陛下!!」
俺は壁の向こうへ大声を張り上げ、リーザの背中を蹴り飛ばすようにして正面へと押し出した。
「遅いですわよ。それで、私の愛しい娘のドレス姿は……」
女王が不満げに腕を組み、リーザを見た。
その瞬間。
ピッカァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
「め、目がぁぁぁぁっ!?」
女王が思わず扇子で顔を覆うほどの、強烈な閃光が宮殿の前で炸裂した。
リーザの身体を包み込んでいるのは、キュララのドローンから照射された、幾千もの『光の粒子』と『虹色のオーラ』。
それは、実体を持たないただのホログラム。
だが、出力全開のリングライトとブルーム効果(光の氾濫)により、リーザの姿はまるで『全身が眩いばかりの光のドレス』に包まれているように偽装されていた。
「こ、これは……なんという神々しい輝き……!?」
目を細めながら、女王が震える声で呟く。
「ふふんっ! お見知りおきを、女王陛下!」
俺はドヤ顔で進み出た。
「これが、人間界の最新テクノロジーを駆使した『ルミナス・オプティカル・ドレス(光学迷彩)』でございます! 物理的な布の概念を超越した、トップアイドルにのみ着用が許される『光の正装』!」
「ひ、光の正装……! 確かに、これほどの眩い輝き、深海の国では見たこともありませんわ……っ!」
女王は完全に圧倒されていた。
豪華=ピカピカ光っている、というファンタジー世界の単純な価値観を逆手に取った、過剰演出による目眩まし。
当然、光の出力が強すぎるため、中に着ている『オリーブ色の芋ジャージ』の二本線は、完全な白飛び現象によって女王の視覚情報から消え去っていた。
「(あ、熱いですの……! 至近距離で強力なライトを当てられて、ジャージの中がサウナ状態ですわーっ!)」
光のドレス(ホログラム)の中で、リーザが滝のような汗を流しながら声なき悲鳴を上げている。
「(耐えろリーザ! お前が動いてホログラムの軸がズレたら、ジャージが透けてバレるぞ!)」
俺は笑顔のまま、念話でリーザに激を飛ばした。
「素晴らしい……! 素晴らしいですわ、プロデューサー!」
女王が感動の涙を浮かべ、パンパンと手を叩いた。
「私の娘が、これほどまでに美しく、高貴なドレス(物理法則無視)を身に纏うトップアイドルに成長していたなんて……! この母は、鼻が高いですわ!」
「も、もったいないお言葉でございます!」
俺は深く頭を下げながら、背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
デフォルトスキンの呪いを、強引な光学迷彩で上書きするワークアラウンド。
ひとまず、最悪の『着替え監査』は突破した。
だが、息をつく暇はない。
「さあ、ドレスのお披露目も済んだことですし。次はお待ちかねの『豪華絢爛な晩餐会』ですわね? 私の舌は肥えておりますわよ」
女王が優雅に微笑む。
極貧村で、最高級のキャビアとトリュフの晩餐会。
当然、そんな食材など一つもない。
次なる偽装プロジェクトの地獄——【雑草をキャビアに偽装する泥沼のレンダリング作業】が、今まさに始まろうとしていた。




