EP 2
過剰な要件定義と、ハリボテのフロントエンド構築
ポポロ村の船着き場に敷かれた真紅のレッドカーペット。
その上を、圧倒的な威圧感を放ちながら歩みを進めてくるシーラン女王・リヴァイアサンに対し、俺は前世の社畜時代に培った『最上級の営業スマイル(接待モード)』を顔面に貼り付け、単身で立ち塞がった。
「これはこれは、海原を統べるリヴァイアサン女王陛下。遠路はるばるポポロ村へようこそお越しくださいました。私はこの村の総合プロデューサーを務めております、カナタと申します」
俺が恭しく一礼すると、女王は扇子で口元を覆い、値踏みするように俺を見下ろした。
「ほう? 貴方が、愛しのリーザが手紙に書いていた『私の優秀な下僕』ですのね。よろしい。で、私の娘の『最高級タワマン(宮殿)』はどこですの? 早く案内しなさいな。一刻も早く、娘の優雅な生活空間をこの目で見たいのですわ」
威圧的なクライアントの要求。
当然、そんな宮殿はポポロ村のどこにも実装されていない。今この瞬間のリーザの生活空間といえば、村長宅の縁側か、公園の雑草地帯の二択である。
「も、もちろんでございます、女王陛下。しかし、現在リーザ様の宮殿は、女王陛下をお迎えするための『最終セキュリティチェック(という名のバッファ稼ぎ)』を行っております。誠に恐れ入りますが、あと【三十分】ほど、この船着き場でお待ちいただけないでしょうか?」
「三十分? 私が待つと?」
女王の青い瞳がスッと細められ、周囲の気温が急激に下がった。海がゴゴゴゴと不気味に波立ち始める。
俺の胃壁が悲鳴を上げたが、ここで退くわけにはいかない。
「え、ええ! すべては、リーザ様が女王陛下に『完璧な状態』でおもてなしをするための準備期間(ロード時間)でございます! 何卒、ご理解を!」
女王は少しの間、不満げに眉をひそめていたが、やがて「ふん」と扇子を閉じた。
「……まあ、愛しの娘が私のために準備をしてくれているというのなら、三十分くらいは待ってあげますわ。ですが、私の期待を下回るような貧相な出迎えであれば、容赦はしませんわよ」
「は、ははっ! ちなみに、女王陛下の期待される『要件』とは、どのようなものでしょうか?」
俺が探りを入れると、女王は夢見るような顔で恐るべき【過剰要件】を羅列し始めた。
「当然ですわね。娘が毎日寝起きしている『大理石と純金で彩られた巨大な城』。そして、世界中から集められた最高級のキャビアとトリュフの『豪華絢爛な晩餐』。さらには、数百万人の熱狂的なファン(下民ども)が涙を流して娘を讃える『ダイヤを散りばめた特設ステージ』でのライブ……そのくらいは、最低限の仕様として用意されているのでしょうね?」
「……っ!!(そんなリソース、村のどこを探しても1ビットも存在しねえぇぇっ!!)」
俺は内心で血の涙を流しながら、笑顔を痙攣させた。
「か、かしこまりました! ご期待に添えるよう、至急最終確認を行ってまいります!」
俺は女王に深々と頭を下げると、マッハの速度できびすを返し、村長宅の庭へと全力ダッシュした。
◆
「——状況は最悪だ。クライアントの要件定義(要求スペック)が完全にイカれてる」
村長宅の庭に集めたプロジェクトメンバーたちに、俺は女王の要求を叩きつけた。
「だ、大理石と純金の城!? キャビアの晩餐に、ダイヤのステージ!?」
キャルルがウサギ耳を引っ張って絶望する。
「無理だろ兄貴! この村で一番デカい建物つったら、雨漏りする木造の『村の集会所』くらいしかねえぞ!」
フェイトが頭を抱えた。
足元では、泡を吹いて気絶していたリーザが「むにゃむにゃ……パンの耳はもう食べ飽きましたの……」と寝言を言っている。このド底辺アイドルが、その要件の張本人(大嘘つき)なのだ。
「まともな方法(正規ルート)で開発(実装)すれば、予算も納期も一万年は足りない。だが、俺たちに与えられた猶予は、わずか【三十分】だ」
俺はスラックスから『アパートの鍵』を取り出し、鋭い視線でメンバーを見回した。
「いいかお前ら! 中身の品質はどうでもいい! 構造計算も、耐震強度も、実用性も全て無視しろ! 女王の『視覚』さえ誤魔化せればそれでいい! 極限まで【フロントエンド(見た目)】のみに特化した、最強のハリボテ(偽装セット)を構築するぞ!!」
「は、ハリボテ……!」
「ルナ! お前、広場で巨大ゴーレムを作った時みたいに、土と岩の魔法で『城のガワ』だけを作れるか?」
俺が指名すると、フワフワのお嬢様ドレスを着た天然エルフは、無邪気に首を傾げた。
「ええ、簡単ですわ♡ 土の精霊さんにお願いして、おっきなおうちを作ればいいんですのね?」
「そうだ! ただし、中は空っぽでいい! 入り口の正面から見た『壁一枚』だけをとにかく巨大に、豪華なシルエットでデプロイしろ!」
「お任せくださいな!」
ルナが杖を振るうと、村の広場の中央にあったボロい集会所を包み込むように、地中から凄まじい勢いで『巨大な岩の壁』が隆起した。
ドドドドドッ!!
高さ二十メートルに及ぶ、城の正面ゲートと尖塔の形をした「ただの岩の壁」。裏側から見れば、つっかえ棒がないと倒れそうなペラペラの書き割り(テクスチャなし)である。
「よし! 次はテクスチャの貼り付けだ! アマネ!」
「は、はいぃっ!」
ガチャ中毒の聖女がビクッと肩を揺らす。
「お前の『幻影魔法』を使って、あの岩の壁の表面に【大理石と純金のテクスチャ(幻覚)】をマッピングしろ! ただし、触ればただの岩だとバレる。女王が絶対に壁に触れないよう、レッドカーペットの導線(動ける範囲)をガチガチに制限するんだ!」
「りょ、了解ですぅ! 私のSSR級の幻影魔法で、岩肌を最高級の大理石に偽装しますぅ!」
アマネが血走った目で祈りを捧げると、ボコボコの岩肌が、一瞬にしてピカピカに磨き上げられた大理石と、煌びやかな純金の装飾へと姿を変えた。
……見た目(UI)だけは。
「フェイト、キャルル! お前らは裏側に回って、丸太とロープで壁を支えろ! 風が吹いて倒れたら、その瞬間にシステム崩壊(皆殺し)だぞ!」
「マジかよ! 俺たち、サーバーの物理的な支柱(人柱)かよ!」
「絶対に倒しませんぅ! 月影流の踏ん張りを見せますぅ!」
物理アタッカーの二人が、裏側で必死に丸太を押し当ててペラペラの城壁を支える。
だが、まだ足りない。幻影魔法だけでは、大理石特有の『光沢感』に欠けるのだ。
「キュララ!」
「呼ばれて飛び出て、キュララちゃんだよぉっ☆」
天使族のゴッドチューバーが、三機のドローンを引き連れて飛んできた。
「お前の配信用の照明機材を全部使え! 城の正面に、強烈な『リングライト』と『ブルーム効果(光の氾濫)』を当てて、細部の粗(ポリゴンの隙間)を白飛びさせて隠蔽するんだ!」
「あはっ♡ 任せて! 粗悪な肌荒れ(テクスチャ)を光のバフで完璧な美肌に偽装するのは、配信者の得意技(十八番)だからね!」
ピカァァァァァッ!!
キュララがドローンの照明を全開にすると、アマネの幻影魔法で作られた大理石の城が、まるで天界の宮殿のように神々しく(眩しすぎて直視できないレベルで)輝き始めた。
「完璧だ……。正面から見た情報量(UI)だけは、世界一の宮殿に見える」
俺は汗を拭いながら、その恐るべきハリボテの城を見上げた。
裏側に回れば、丸太で支えられたただの岩の壁。
触ればザラザラの石ころ。
直視すれば白飛びして目を痛める過剰な照明。
実用性ゼロ、安全性ゼロ。だが、クライアントの『視覚要件』だけは完全に満たした、ソフトウェア開発における【最悪のデモ画面】が完成したのだ。
「——カナタさん! デッドライン(三十分)ですぅ! 女王様が、船着き場からこちらに向かってきますぅ!」
見張り台に立っていたキャルルが叫んだ。
「来たか……っ!」
俺は、いまだに地面で泡を吹いているリーザの襟首を掴み、強引に引き起こした。
「起きろリーザ! お前の大嘘のせいで始まったプロジェクトだ、お前が主役として立たなきゃ始まらないんだよ!」
「はっ!? わ、私、まだ生きてますの……?」
「物理的にはな。だが、お前が女王を納得させられなければ、この村ごと海の底だ」
その時だった。
「——おお……っ! 見えてきましたわ!」
レッドカーペットの向こうから、女王リヴァイアサンの歓喜の声が響いた。
彼女の視線の先には、強烈な照明で白飛びし、大理石と純金(の幻影)で彩られた、巨大なペラペラのハリボテ城がそびえ立っている。
「素晴らしい……! 手紙にあった通りの、いや、それ以上の最高級の宮殿ですわ! ああ、愛しのリーザ……私の可愛い娘……っ!」
女王が感動の涙を浮かべながら、両手を広げて近づいてくる。
ハリボテの偽装は、完璧に機能した。
——だが、俺たちは致命的なバグ(見落とし)を抱えたまま、このデモ画面を起動してしまっていたのだ。
「……ん?」
近づいてきた女王の足が、ピタリと止まる。
彼女の青い瞳が、宮殿の前に立つリーザの姿を上から下まで、ゆっくりとスキャンした。
「……リーザ。貴女、なぜそんな……ドブ泥のような色の『ボロ布(芋ジャージ)』を着ていますの……?」
女王の顔から、スッと笑顔が消えた。
宮殿は豪華絢爛。だが、その前に立つ主役が、擦り切れた【オリーブ色の芋ジャージ】と【健康サンダル】という、極限サバイバーのデフォルトスキンのままだったのだ。
「あ」
俺の心臓が、ヒュッと音を立てて凍りついた。
背景の偽装にリソースを全振りするあまり、最も重要な【キャラクターのスキン変更】を完全に忘れていたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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