第六章 最強のモンスタークライアント(女王)と、偽装セレブの納品期限
最悪のデッドライン超過と、無敵艦隊の接岸
縁側の床に散らばったコーヒーカップの破片と、広がっていく黒い染み。
キュララの配信モニターに映し出された、月明かりの水平線を黒く塗り潰すほどの巨大な艦隊。
「……嘘だろ」
俺の口から、乾いた声が漏れた。
納期は一ヶ月後のはずだった。海流の抵抗、補給のロジスティクス、マンルシア大陸沿岸部からこのポポロ村近辺の河口まで遡上してくる物理的な距離。
あらゆる要件を鑑みても、今ここに『彼女たち』が到達するのは絶対に不可能なはずだった。
だが、最強のクライアント(女王)は、物理法則すらも『気合と絶大な魔力』という最悪のバグ技でねじ伏せ、納期を理不尽に前倒ししてきやがったのだ。
『えっ!? ガチの軍隊!?』
『配信終了しろ! 逃げろキュララちゃん!』
『戦争だぁぁぁっ!』
限界突破の速度で流れるコメント欄を前に、キュララは悲鳴を上げて配信を強制終了した。
ブツンッ、とモニターが暗転する。
——ズズズズズズズズズズ……ッ!!!
画面が消えても、現実のノイズは消えない。
地響きだ。俺たちが村長宅の庭に飛び出すと、ポポロ村のすぐ横を流れる大河の様子が狂い始めていた。
海から無理やり逆流してきた莫大な水量により、川の水位が数メートルも跳ね上がっている。その水面を埋め尽くすように、黒光りする無数の軍艦が、村の船着き場に向けてビッシリと接岸しようとしていたのだ。
三千隻。一つの国家を滅ぼすに足る、完全なる『過剰戦力』。
その中央に鎮座する、ひときわ巨大な旗艦『ロイヤル・リヴァイアサン号』が、ガコンッ! という重低音とともに巨大な錨を下ろした。
「ひぃぃっ! か、カナタさん、なんですかあの物々しい船の群れはぁっ!」
キャルルが俺の後ろに隠れ、ウサギ耳をガタガタと震わせている。
プァプァーッ!! と、法螺貝とトランペットを合わせたような仰々しいファンファーレが鳴り響き、旗艦のタラップから真紅のレッドカーペットが村の地面へとスルスルと展開されていく。
そこへ、ゆっくりと歩み出てくる一つのシルエットがあった。
波打つ海のような青い長髪。頭上には、深海の財宝を全て集めたかのような煌びやかな王冠。
海原を統べる絶対の暴力の結晶。海中国家シーランの女王——リヴァイアサンだ。
彼女が一歩踏み出すごとに、周囲の空気が極限まで圧縮され、息をするのすら苦しいほどのプレッシャー(威圧バフ)が村全体にのしかかってくる。
「……オーッホッホッホッ!!」
夜の村に、女王の高笑いが響き渡った。
「下等な人間ども! この私が直々に足を運んでやった栄誉に、涙してひれ伏すがいいですわ! さあ、どこですの! 私の愛しき一人娘……リーザが築き上げたという、最高級の宮殿は!」
女王の声が、魔力で増幅されてビンビンと空気を震わせる。
「毎月届く定期報告によれば! リーザは今や、この大陸で頂点を極めたトップアイドル! 数百万の熱狂的なファンに囲まれ、毎日最高級のキャビアとトリュフに舌鼓を打ち、ダイヤを散りばめた特設ステージで歌い踊っているとのこと! その輝かしい成果を、この母が直々に視察しに来てあげましたわよ!」
それは、あまりにも現実とかけ離れた『過剰な要件定義』だった。
完全に、娘の嘘八百のステータス偽装(見栄)を信じ込んでいる。最強のモンスターペアレントにして、最悪のモンスタークライアントによる、抜き打ち監査の開始宣言。
「……リーザ、お前、実家にそんな盛大な大嘘の報告書を送ってたのか」
俺が引きつった顔で振り返ると、その『最高級の宮殿の主』であるリーザは、村長宅の庭先で完全に硬直していた。
オリーブ色の芋ジャージ(デフォルトスキン)を身に纏い、先ほどキュララの配信の裏で落とした寿司の残骸と、公園でむしってきた雑草を両手に持ったまま。
「あ……あわわわ……お、お母様……どうして、予定より一ヶ月も早く……」
リーザのルビー色の瞳が、極限まで見開かれ、そしてグルグルと回り始める。
「……(ブクブクブクッ)」
許容量を超えた現実のバグに耐えきれず、彼女はカニのように口から泡を吹いて、白目を剥いてその場にバタッと倒れ込んだ。完全なシステムダウン(気絶)である。
「カナタさん! リーザちゃんが泡吹いて呼吸停止してますぅ! どうしましょう、このままじゃ女王様に、リーザちゃんが『みかん箱の上で雑草食ってる底辺下請けアイドル』だってバレちゃいますぅ!」
キャルルが半泣きでリーザを揺さぶる。
「バレたらどうなる?」
「間違いなく、『我が娘をこんなドブ泥のような環境で虐待していたのですね!』って激怒して、村ごと海の底に沈められますぅ!」
「……だろうな」
俺は、胃の奥底から込み上げてくる灼熱の痛み(ストレス)を、強引に飲み込んだ。
逃げ場はない。現実逃避して塩漬けにしていたタスクが、最悪の『抜き打ち監査』として牙を剥いたのだ。
プロジェクトマネージャーとして、ここで「実はご息女の報告書は全部嘘でした。彼女は毎日パンの耳を齧っています」などとクライアントに告げれば、待っているのはプロジェクトの強制終了(村の滅亡)である。
俺はスラックスのポケットから『アパートの鍵』を抜き放ち、それを力強く握りしめた。
「聞け、全プロジェクトメンバー! これよりポポロ村に非常事態宣言を発令する!」
俺の鋭い声に、キャルル、ルナ、キュララ、アマネ、そして目を覚ましたフェイトたちが一斉に背筋を伸ばした。
「あの女王は、リーザの現状を『最高級のセレブアイドル』だと信じ込んでいる。ならば、その『要件』通りにシステムを見せかけるしかない!」
「み、見せかけるって……どうやって!?」
キュララが焦って叫ぶ。
「中身のバグはどうでもいい! とにかく外見だけを取り繕うんだ! 俺が女王を村の入り口で接待して足止めし、時間を稼ぐ。その間に、このポポロ村を『超高級タワマンが建ち並ぶセレブ村』に偽装しろ!」
俺は、かつてないほどの死地のデスマーチに向け、腹を括った。
「納期は『今』だ! 村の存亡を懸けた『偽装接待プロジェクト』を開始する!!」
女王の足音が村の入り口に迫る中、ポポロ村最大の情報隠蔽工作が、ついに幕を開けたのである。
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