EP 10
平和なスタジオ(居間)の終焉と、画面に映る三千隻の恐怖
スパチャの熱量(札束の暴力)を村の防衛システムへバイパス接続し、アイアン・ボアの主力師団を全方位から一網打尽にした『乱反射ホーリー・スプラッシュ事件』から数日。
ポポロ村には、まるで何事もなかったかのような、いつものバグだらけで騒がしい、けれど穏やかな日常(ローカル環境)が戻っていた。
「はいはーい! みんな、今日も一日お疲れ様ぁ☆ あなただけの舞い降りたエンジェル、キュララだよぉ♡」
村長宅の居間では、すっかりここを専属スタジオとして定着させた天使族のトップゴッドチューバー・キュララが、三機のカメラドローンに向かって完璧なビジネススマイルを振り撒いていた。
「今日はね、配信の同接最高記録と、特製エナドリ『ポポロ・マーメイド』の大ヒットを記念して! リスナーのみんなから届いたお祝いの『高級デリバリー寿司』を、みんなで食べるパーティー配信をしちゃいまーすっ☆」
キュララの目の前には、狂信的なリスナー(太客)たちの遠隔QR決済によって『ルナ・イーツ』からマッハで届けられた、最高級のマグロやウニがこれでもかと敷き詰められた特上寿司桶が並んでいる。
「いっただっきまーす♡ ん〜っ! やっぱり他人の金で食べる回らないお寿司は最高ぉっ!」
カメラに向かってあざとい咀嚼リアクションを決めるキュララ。
そして、そのすぐ隣。
「(スッ……ズギュオォォォォォォォォォォンッ!!!!!)」
カメラの死角であるテーブルの下では、オリーブ色の芋ジャージを着た人魚姫・リーザが、驚異的な下請け吸引力を稼働させ、キュララが画角外に下ろした寿司のシャリとネタを秒速で丸呑みしていた。
「(んんんんんんまぁぁぁぁぁっ!! ウニ! ウニの濃厚な甘みが、私の乾ききった人魚の細胞を潤しますわぁぁぁっ!)」
もはやヤラセの下請け業者としてのポジションに完全な適応(最適化)を見せ、屈辱の涙を流しながらも特上寿司の旨味に溺れるリーザ。
「あらあら♡ キュララちゃん、お口の周りにイクラがついていますわよ? えいっ、私が魔法できれいにして差し上げますわ!」
そこへ、フワフワのお嬢様ドレスを着た天然エルフのルナ・シンフォニアが、親切な善意(コンプラ破壊)で指先を向けようとする。
「——システム・オーバーライド!!」
画面外に控えていた俺は、マッハの速度で『アパートの鍵』を抜き放ち、ルナの右手の関節を物理的にロック(固定)した。
「ルナ、配信中の画角に入るなと何度も言っただろ! お前が映ると一瞬で世界線のパワーバランスがバグるんだよ!」
「むぅ、カナタさんはいつも私を仲間外れにしますのね……」
ルナが不満げに頬を膨らませ、その横ではアマネが「通販のサーバー、今日もアクセス過多で嬉しい悲鳴を上げてますぅ! ガチャの天井まであと金貨三枚ですぅ!」と血走った目でノート(魔導端末)を叩いている。
俺は淹れたてのコーヒーを啜りながら、その騒がしい光景を縁側から眺めていた。
「……ふぅ。トラブル続きのデバッグロードだったが、こうして見ると、この『シェアハウス(ポポロ村)』の稼働状況も、だいぶ安定(安定稼働)してきたな」
偽金をばら撒くエルフ、机の下でカツ丼や寿司を丸呑みする極貧アイドル、承認欲求と税金に追われるヤンキー天使、ガチャ中毒の聖女。
世界中から集まってきたバグの塊(居候)たちだが、俺のPMとしての徹底したアクセス制限(システム監査)により、村の経済を回す重要な歯車へと綺麗にコンパイルされている。
「定時退社後に、仲間と美味い飯(大豆ハンバーグだったりリスナーの寿司だったり)を食って、平穏に眠る。……俺が前世のブラック企業で夢見ていた『普通の幸せ』が、ここにはある」
俺はコーヒーの温かさを指先に感じながら、深く、満足げなため息を吐き出した。
納期のない世界。仕様変更のない日常。
これ以上の幸せが、どこにあるというのか。
そう、確信していた。
だが——システムが最も美しく、完璧に稼働しているように見える瞬間こそが、往々にして『破滅的なシステムクラッシュ』の直前であるという恐怖の法則を、元SEの俺は忘れるべきではなかったのだ。
「えへへ♡ それじゃあみんな、今日の配信はこれでおしまいっ☆」
居間の中央で、キュララがカメラドローンに向かって最後のポーズを決めていた。
「最後はね、ポポロ村の美しい『夜の海側の景色』を背景にしながら、みんなとお別れの挨拶をしちゃいまーす! カメラちゃん、外の景色にスイッチ(切り替え)してぇ!」
キュララの操作により、ドローンカメラが村長宅の窓の外、月明かりに照らされた静かなマンルシア大陸沿岸部の水平線へと、ぐっと画角を広げてフォーカスを合わせた。
四十万人のリスナーが、画面越しにその美しいド田舎の夜景を見つめる。
だが、その配信画面に映し出された『映像データ』を見た瞬間。
カチャ、と、俺の指先が不自然に震えた。
「……ん?」
俺は、コーヒーカップを持ったまま、キュララの配信モニターを凝視した。
バグか? いや、違う。俺の構築した『モザイク・フィールド』のバグではない。
美しい月明かりに照らされた水平線の彼方。夜の闇を物理的に削り取るようにして、そこには、無数の『黒い影』がギッシリと、地平線の端から端までを埋め尽くすようにして出現していた。
一隻、十隻、百隻——いや、違う。
画面をコマ送り(解析)するまでもない。それは、海水を物理的に押し退け、巨大な白波の壁を立てながら、このポポロ村へと繋がる主要河川の河口へと、凄まじい速度で遡上してくる巨大な戦艦の群れ。
その数、およそ『三千隻』。
すべての船体には、海中国家シーランの神聖なる王家の紋章が、月光を浴びてギラギラと禍々しく輝いていた。
『……えっ?』
『待て、画面の後ろ、水平線に映ってるの何だ?』
『なんか、めちゃくちゃデカい船が山ほど来てるんだが……』
『あれ、シーラン国の「無敵艦隊」じゃねえか!? なんであんなものがポポロ村に!?』
『戦争!? これリアルタイムの宣戦布告配信!?』
コメント欄の速度が、これまでの比ではない速度で『エラー(大パニック)』を起こし始めた。
「……あ」
テーブルの下から顔を出したリーザが、画面の背景に映るその【絶望の象徴(実家)】を見た瞬間、持っていた大トロの寿司を畳の上にポロリと落とした。
「あ、あれ……お母様の、旗艦(ロイヤル・リヴァイアサン号)ですわ……。な、なんで……なんであと一ヶ月はかかるはずの海路を、もう突破してきているシステムになってるんですの……!?」
リーザの顔から、完全に血の気が引き、オリーブ色のジャージがガタガタと震え始める。
納期の大幅な前倒し。
海流の異常を力技でねじ伏せ、仕様書(予定表)を完全に無視して突撃してきた、大陸滅亡クラスの『最悪の過保護クレーマー(女王艦隊)』の襲来。
キュララの同接四十万人という超巨大な生配信の画面のド真ん中に、それは、言い訳のしようのない超高画質で、バッチリと映り込んでしまっていた。
「が、画面の向こうのリスナーさんたちが、ザワザワしてるよぉ……っ! これ、どういう演出(企画)なの、カナタP!?」
カメラ目線を崩せないキュララが、引きつった笑顔のまま、裏声で俺に助けを求めてくる。
「……ガシャーーーンッ!!!」
俺の手から滑り落ちたコーヒーカップが、縁側の床で無残に砕け散り、黒い液体が広がっていった。
俺は両手で顔を覆い、天を仰いだ。
「現実逃避(塩漬け)の……限界だ……」
脳内ストレージの奥底に南京錠をかけて封印していた、あの最悪の未処理タスク(無敵艦隊三千隻)が、物理的な暴力となって俺の目の前にデプロイされた。
コメディの皮を被った日常(箱庭)は、ここに完全終了を告げる。
ポポロ村と、俺の胃壁の存亡を賭けた、過去最大のデッドラインが、ついにゼロを迎えた瞬間だった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




