EP 9
スパチャ防壁の臨界点と、乱反射のホーリー・スプラッシュ
「ブモォォォォォォォォォッ!!!」
前話で天然エルフのルナが裏山の『アイアン・ボア』の小隊を更地に変えた、そのわずか数時間後のことである。
システムに致命的なイレギュラーが発生した。ルナの放った極大魔法『星天崩落』の規格外の魔力波動が、広大な裏山の地下に眠っていた魔獣の超巨大コミュニティ——総数五百頭を超える『アイアン・ボアの主力師団』を完全に叩き起こしてしまったのだ。
ポポロ村の防衛境界線。
鋼鉄の毛皮を揺らし、地響きを立てて突撃してくるイノシシの津波を前に、俺は自警団のガルフ将軍と共に防衛障壁の制御石の前に立っていた。
「カナタの兄貴! 敵のトラフィック(魔獣の数)が多すぎるっす! 通常稼働の魔法障壁じゃ、あと数分で負荷(物理攻撃)に耐えきれずにサーバーダウン(破砕)するっすよ!」
「クソッ、ルナのやらかしたバグの余波がデカすぎる……!」
俺がスラックスのポケットから『アパートの鍵』を抜き放ち、障壁の補強コマンドを叩こうとした、その時。
「——どきなさい、物理アタッカーの皆さん! 今度こそ、今度こそ私の『真の戦闘配信』を見せてあげるわよぉ!」
背後から、フル装備の聖騎士アーマーを纏ったキュララが、三機のカメラドローンを従えてカッ飛んできた。
「画面の前の三十万人のリスナーのみんなぁ! お待たせっ♡ さっきはちょっとお友達の乱入(放送事故)があったけど、ここからがキュララちゃんの本当の最大奥義のコーナーだよぉ☆ さあ、応援のエネルギー(投げ銭)を私に集中させてぇぇぇっ!」
キュララが魔導端末を天に掲げると、彼女の同接数は一気に四十万人を突破。画面には滝のような『赤スパ(高額スパチャ)』が、天から降り注ぐ光の粒子となって彼女の背中の翼へと吸い込まれていった。
「いくよ……天界に伝わる絶対の浄化レーザー……! ——『ホーリー・スプラッシュ』!!」
キュララが両手を前方へと突き出し、胸を張る。
彼女の全身から、眩いばかりの光属性の極大エネルギーが収束していく。これだけの熱量があれば、正面の魔獣の師団を一網打尽にできる——誰もがそう確信した。
だが、彼女は致命的な『承認欲求モンスター(配信者)』だった。
「——でもっ♡ 放つ瞬間も、みんなへのウインク(カメラ目線)は忘れないよっ☆ きゅるんっ!」
バチコォォォンッ! と、キュララは突撃してくる魔獣の群れから完全に目を逸らし、右斜め上空をホバリングしていた一号ドローンカメラに向かって、渾身のあざといウインクを決めた。
当然、首の角度が大きく右にブレる。それに伴い、彼女の両手の照準も、グニャリと明後日の方向へと回転した。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ズドバボォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
キュララの両手から放たれたのは、直径数メートルはあろうかという、純白の極太レーザーだった。
しかし、その軌道は、突撃してくる正面の魔獣たちとは【全く関係のない右斜め上空の、誰もいない虚空(雲一つない青空)】に向かって、凄まじい勢いで突き抜けていったのだ。
「……ブモ?」
突撃中のお馬鹿なアイアン・ボアたちが、一斉に足を止めて空を見上げる。
「ちょっとおおおおおっ!! 何やってんのよあの泥棒天使ぃぃぃっ!」
後ろで避難していたリーザが頭を抱えて絶叫した。
「カメラ目線を気にしすぎるあまり、急所から軸が180度ズレてますわよ! 完全な無駄撃ち(エラー)ですわーっ!」
「あはっ☆ あ、あれぇ……? ちょっと画角にこだわりすぎちゃったかもぉ♡」
お茶目に頭を叩くキュララ。
当然、レーザーの直撃を免れた五百頭の魔獣たちは、再び「ブモォォォッ!」と激怒して、村の障壁へと突撃を再開した。障壁の耐久値(HP)がゴリゴリと削られ、ガラスが割れるような危険なヒビが入り始める。
「……いや、まだ処理は終わっていない」
俺のSEとしての脳細胞が、キュララのポンコツな無駄撃ちと、画面に流れ続ける『莫大なスパチャのデータ熱量』を瞬時に計算(演算)し尽くした。
「キュララが世界中から集めた四十万人のスパチャ(魔力データ)……これをただの電気(電子ゴミ)として霧散させるのはもったいない。この膨大なトラフィック、村のシステムに『バイパス接続』して再利用してやる!」
俺はスラックスから『アパートの鍵』を抜き放ち、激しく明滅する村の防衛障壁の制御石へと、全力で突き立てた。
「システム・オーバーライド!! 対象、キュララの魔導端末に蓄積されたスパチャの魔力経路、および村の魔法障壁の『物理表面反射係数』!」
俺は管理者権限で、村全体の障壁の仕様を、敵を防ぐだけの盾から『巨大な全反射鏡』へと強制書き換え(パッチ適用)した。
「——『スパチャ防壁・ミラーバースト』!!」
カチャァァァンッ!!
解錠音が響いた瞬間、ポポロ村を包む半球体の魔法障壁が、一瞬にして眩いばかりの『鏡面ガラス』へと変貌した。
さらに、キュララが空に向かって放ち、今まさに虚空へ霧散しようとしていた極太レーザー『ホーリー・スプラッシュ』の末端の光エネルギーを、俺の構築したミラー障壁の頂点へと強引にルーティング(軌道修正)して叩きつける!
キィィィィィィィィィィン……ッ!!!
空へ逃げるはずだった極太の光線が、村の障壁の鏡面に直撃。
そして——俺の計算通り、障壁のドーム形状に沿って、光線が幾千、幾万もの細い『レーザーの矢』へと、バキバキに乱反射を始めたのだ。
「オオオオオオッ!? なんだこれぇぇぇっ!?」
気絶から目覚めたフェイトが、裏山の空を埋め尽くす光のレーザーの網を見て絶叫した。
村の障壁から放たれた万雷の光線は、自動追尾のアルゴリズムを組み込まれたかのように、ポポロ村へ突撃してきていた五百頭のアイアン・ボアたちの脳天へと、全方位から容赦なく降り注いだ。
チュドッチュドッチュドッチュドォォォォンッ!!!!!
「ブモォッ!?」「ブモ、ブモォォォッ!」
鋼鉄の毛皮など関係ない。四十万人のスパチャの熱量(札束の暴力)で強化され、村の障壁で乱反射したレーザーの雨は、魔獣の師団を瞬時に蒸発させていく。
それは、村の防衛インフラ(障壁)と、トップ配信者の投げ銭システムが融合した、前代未聞の『広域殲滅型・経済兵器システム』だった。
数分後。
光の乱反射が収まった裏山には、再び一本の木すら残っていない、完璧な『更地(虚無パート2)』が広がっていた。五百頭の魔獣は、一頭残らず消滅(タスク終了)していた。
「……ふぅ。デバッグ完了だな」
俺はアパートの鍵をポケットにしまい、激しい胃痛をこらえながら縁側に座り込んだ。
「す、すごいですぅ、カナタさん! キュララちゃんのポンコツな無駄撃ちを、村の防衛システムと同期させて大勝利に導いちゃうなんて……!」
キャルルが目を輝かせて俺を称える。
一方、カメラドローンの前では、自分の意思とは全く関係のないところで魔獣が全滅し、かつ配信の画面(画面エフェクト)が過去最高にカッコよくバズっていることに気付いたキュララが、最高のドヤ顔でカメラに指を差していた。
「ふふんっ♡ みんな、見た? これがキュララちゃんの計算され尽くした『乱反射ホーリー・スプラッシュ』だよぉっ☆ 村の障壁まで使った大スペクタクル演出、気に入ってくれたかなぁ? みんな、おかわりスパチャよろしくねっ!」
『神配信キターーーーッ!!』
『あえて空に撃って乱反射させるとか天才かよwww』
『キュララちゃんマジ戦乙女! 赤スパ十万円!!』
投げ銭の額が臨界点を突破し、キュララの端末が処理落ち(フリーズ)するほどのキャッシュが舞い込んだ。
「……完全な棚ぼた(ヤラセ)のくせに、自分の手柄にしやがって、あのヤンキー天使」
俺は呆れてため息を吐いたが、村の被害がゼロ(むしろ更地が増えて開発しやすくなった)で済んだのは事実だ。PMとしての今回の仕様変更は、大成功と言ってよかった。
だが、この時。
キュララの配信の『同接四十万人』という巨大なトラフィックは、ポポロ村の存在を、大陸中のあらゆる勢力——そして、あの海の彼方から迫り来る『最悪のクレーマー』の画面へと、確実に届けてしまっていたのである。
物語のシステムログには、破滅へのカウントダウンが確実に刻まれ始めていた。
読んでいただきありがとうございます。
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