EP 8
変身バンクの長い天使と、無慈悲なワンパン上書き
「おーい、カナタの兄貴! 大変だ、裏山にヤバいトラフィック(魔獣)が湧き出てやがるぞ!」
のどかな昼下がり、自警団リーダーのフェイトが、息を切らせて村長宅の居間へと飛び込んできた。
「魔獣だと? どの程度の規模だ」
俺がコーヒーを置くと、フェイトは顔を引きつらせて答えた。
「中級魔獣の『アイアン・ボア(鉄甲山猪)』の群れだ! 数頭の小隊だが、全身が鋼鉄の毛皮で覆われてて、物理防御がカンストしてやがる! このまま放置すりゃ、村の畑が完全にブルドーザーされるぜ!」
「へぇ〜、防御力カンストの鋼鉄イノシシ、ねぇ……」
その言葉に、部屋の隅で魔導端末をいじっていたキュララが、ギラリと目を輝かせて立ち上がった。
「キタキタキタァァァッ! 最高の『戦闘イベント(コンテンツ)』じゃない! 最近、癒やし系の田舎配信ばかりで同接が横ばいだったから、ここらで一発、神回をブチ上げるわよ!」
キュララはマッハの速度でカメラドローンを起動し、いつもの「ゆるふわエンジェル」の配信モードをインストール(起動)した。
「はいはーい! みんなお待たせぇ♡ 今からキュララ、村を脅かす凶悪な魔獣を退治する『リアルタイム討伐生配信』をやっちゃいまーす! みんな、応援の赤スパの準備はいいかなぁ? いっくよぉ☆」
こうして、俺たちはキュララのカメラドローンを引き連れて、村の裏山へと向かった。
現地に到着すると、そこには体長数メートルはあろうかという、全身に漆黒の鋼鉄を纏った巨大なイノシシたちが、凄まじい鼻息を荒げて地面を抉っていた。
「オォォォォン!!」
「うわっ、マジで物理防御がガチガチそうっすね……。兄貴、どうする?」
フェイトが腰の剣に手をかけるが、今日の彼は運悪く朝のコイントスで『裏(大凶)』を出しており、立っているだけで立ち眩みを起こして青ざめている。
「下がってて、前衛職(物理アタッカー)の皆さん!」
キュララが、カメラドローンの正面で純白の翼をバサァッと広げ、ポーズを決めた。
「ここからは、天界が誇る清楚系戦乙女、キュララちゃんの独壇場だよぉっ☆ それじゃあみんな、画面の前で瞬き禁止ねっ! ——『天界聖装(変身プロセス)』、承認っ!!」
キュララが叫んだ瞬間、彼女の身体から、鼓膜を震わせるようなド派手な大音量のパイプオルガンのBGM(幻聴)が鳴り響いた。
ピカァァァァァァァァァァァァァァッ!!!
天から眩いばかりの『黄金の光柱』が降り注ぎ、キュララを包み込む。
「ん〜っ、大いなる光の意志よ、我が身に宿れぇ……♡」
キュララはカメラを意識した完璧なローアングルに向かって、ゆっくりと、本当にゆっくりと回転し始めた。光の粒子がフワフワと舞い踊り、彼女の法衣が少しずつ、煌びやかな純白の『聖騎士アーマー』へと変化していく。
「……おい」
俺は腕を組み、ストップウォッチ(懐中時計)を取り出して画面(現実)を見つめた。
「変身の描画が遅すぎる。もう三十秒以上経過してるぞ」
「カナタさん、あれが『変身バンク』というやつですぅ! 女の子の着替えシーン(演出)ですから、敵の魔獣さんも空気を読んで待つのが、この世界の絶対のプロトコル(お約束)なんですぅ!」
アマネがオタク特有の早口で解説する。
確かに、アイアン・ボアたちは突然の爆音と目潰し光線の前に「ブモ?」「ブモモ?」と困惑し、その場に足を止めてウロウロしている。完全にシステムが『演出待機モード』に入っていた。
だが、キュララの自己演出は異常だった。
「右腕に……正義の籠手をっ! きゅるんっ♡」
カチャ。
「左腕に……慈愛の盾をっ! ふぇぇんっ♡」
カチャ。
一パーツずつ装着されるたびに、カメラに向かってウインクやあざといポーズを挟むため、一向に変身が完了しない。時計の針は既に一分三十秒を指そうとしていた。
「(おい、まだかよ……。俺、コイントスのデバフで、そろそろ貧血で意識が飛びそうなんだが……)」
フェイトが口から魂を半分出しながら、地面に膝をつく。
「(キュララちゃん、演出が長すぎて、カメラの前の特定班の皆様が『お着替えシーンをコマ送りで明度調整する作業』に入ってますぅ……!)」
アマネの不穏な報告に、俺は「最悪のプライバシーハックが起きてるな」と胃を痛めた。
そして、変身開始から二分が経過し、ようやく胸当てが装着されようとした、その時だった。
「あら? 皆様、こんな山の奥で、光るイノシシさんとダンスをしていらっしゃるのね」
フワフワのお嬢様ドレスを揺らしながら、お散歩中の天然エルフ——ルナ・シンフォニアが、のんきに草むらから姿を現した。
「あ、ルナ! 今は配信中だから入ってこないで……っ!」
光柱の中でポーズを決めていたキュララが焦って声を上げるが、ルナの耳には届かない。
「まぁ! あの黒いおっきなブタさんたち、お腹を空かせて地面の根っこを探していらっしゃるのね。……可哀想に、私が今、美味しい特製肥料(土)に変えて差し上げますわ♡」
ルナは悪びれる様子もなく、ただの『親切な善意』で、アイアン・ボアの群れに向かって右手をスッと向けた。
「えいっ♡ ——『星天崩落』」
——ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
天界の変身光線など比較にならない、文字通り『天が割れる』ような極大の光の奔流が、一瞬にして裏山の空を真っ白に染め上げた。
音速を超えた衝撃波が、俺たちの前髪を激しく吹き飛ばす。
数秒後、光が収まったそこには——。
あれほど物理防御カンストを誇っていた鋼鉄イノシシたちの姿は影も形もなく、ただ、山の斜面が綺麗にスプーンで抉り取られたような、広大な『更地(虚無)』だけが広がっていた。
……シーン。
完全に静まり返る裏山。
ルナの規格外の全属性魔法によって、魔獣という存在データが、一瞬にしてサーバーから【物理削除(強制消去)】されてしまったのだ。
「あ、あれぇ……? ブタさんたち、どこへ行ってしまわれたのかしら?」
ルナが不思議そうに首を傾げる。
その、完全な更地の真ん中で。
ようやくパイプオルガンのBGMが終了し、全身フル装備の「聖騎士アーマー」への変身が完了したキュララが、ぽつんと一人、剣を構えたまま立ち尽くしていた。
「…………」
キュララが、ゆっくりと首を回してルナを見る。
彼女の手元の魔導端末からは、
『えっ、一撃?』
『今、後ろのエルフが何かやった?』
『キュララちゃん、お着替え(2分)>>>討伐(0.1秒)』
『お着替えが本体の配信で草wwww』
という、リスナーたちからの無慈悲なツッコミコメントが爆速で流れている。
「……ちょっとおおおおおおおおおっ!! 私の見せ場(同接最高記録のチャンス)を、何の前触れもなくワンパンで上書き(強制シャットダウン)してんじゃないわよ、このコンプラ破壊エルフぅぅぅぅぅっ!!!」
聖騎士の兜をかなぐり捨て、キュララがヤンキーの顔でルナに向かって怒髪天を突いた。
「こっちはねぇ! 三十万人の前でカッコよく必殺技決めて、今月の税金をペイしようと思ってたの! それを何よ! ただの背景(更地)にしやがってぇぇっ!」
「まあ、キュララちゃん。お着替えが終わったのですわね♡ とっても可愛いお洋服ですの!」
「お洋服じゃないわよ、フルアーマーだよっ!!」
怒り狂う天使と、悪意ゼロの天然エルフ。
俺は、ストップウォッチをポケットにしまいながら、深く、深いため息を吐いた。
「……効率化の思想と、自己演出(キュララの変身)の思想が、最悪の形で衝突したな。PMとしては、魔獣が瞬殺されてインフラ被害が最小限に抑えられたのは大助かりだが……」
「(兄貴……俺、もうダメ……)」
横では、フェイトが完全にデバフで気絶して白目を剥いていた。
キュララのバトル配信は、こうして『エルフの無慈悲なワンパン上書き』によって、歴史的なポンコツ放送事故として幕を閉じた。
だが、見せ場を完全に奪われた承認欲求モンスターの執念は、これで収まるはずがなかった。
怒れる天使は、次なる配信で、ポポロ村全体を巻き込むさらなる『大バズり(暴走)』のトリガーを引くことになるのである。
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