EP 7
ファイアウォールの死角と、モザイク処理の村長
キュララとアマネによる「合法示談金ビジネス(法的チート)」のミーティングを、俺は力ずくで停止させ、村長宅に厳しい外出制限を敷いた。
だが、火種は内部だけではなかった。
「……カナタさん、大変です! 村長宅のセキュリティ、というよりプライバシーが、外側から完全に丸裸にされそうですぅ!」
配信ルームのモニター前で、キャルルが悲鳴を上げた。
モニターには、キュララが普段行っている『ポポロ村の日常配信』の映像が流れているのだが、コメント欄の速度が異常だった。
『待て、ちょっと待て』
『今の配信、一瞬映ったのって、地下室から運び出された例の「コンクリ詰めされた黄金の塊」じゃねえか?』
『ルナ・シンフォニアってエルフ、あの時妙な魔法陣を描いてたぞ。錬金術か?』
『村の入り口にあるあの植物、妙にヨダレが垂れてるし、近づいた役人がニコニコして出てきた……あの植物、もしや禁忌の……』
「特定班が……特定班が暴走していますぅ!」
キャルルがモニターを指さす。
キュララが何気なく配信していた「村の穏やかな日常」の背景に、過去の騒動でカナタたちが隠蔽(塩漬け)してきた『コンプラ違反の証拠』が、映り込み始めていたのだ。
特定班たちの分析力は恐ろしい。
映像をコマ送りで解析し、地下室のコンクリの形状から中身が『金塊』であることまで突き止めようとしている。さらに、『ハッピー・ドリーム』の触手を見つけ出し、「あんなものを村の入り口に置くなんて、ポポロ村は危険薬物テロリストの拠点ではないか」という極めて的確で危険な仮説がコメント欄を支配し始めていた。
「このまま解析が進めば、ルナの偽金造幣も、俺たちの反社活動も、全て白日の下に晒される……!」
俺は心臓が口から飛び出るほどの衝撃を受けた。
キュララの配信は、村の『防衛網』であると同時に、俺たちの隠し事を世界中に曝け出す『放送事故(情報漏洩)』そのものだったのだ。
「キュララ! 今すぐ配信を落とせ!」
「えっ!? でも、今最高に同接が伸びてるんだよ! 特定班のみんなが盛り上がってるのを止めるなんてできないよぉ!」
「バカ野郎、解析を止めろと言ってるんだ! このままじゃ、我々の村の『隠し事』が全部バレて、三国からの強制捜査が入るぞ!」
だが、キュララの端末を奪い取ろうとした瞬間、彼女はドローンを巧みに操作し、俺の手をヒラリと回避した。
「嫌だ! 私は配信で稼ぎたいの! カナタPの固い頭のせいで、私のキャリアが終わって堪るかぁ!」
配信者特有の自己中心的なエゴが、村の存続を脅かすエラーを発生させていた。
「……仕方ない。強制デバッグ(物理ロック)だ」
俺は懐から『アパートの鍵』を抜き放った。
物理的なデバッグではない。もっと巧妙な、システムそのものを書き換える方法を思いついたのだ。
「システム・オーバーライド。対象、通信石から発信されるポポロ村全域の『電波信号』」
俺は指先をモニターの映像に突き立て、鍵で空間を切り裂くように魔力を流し込んだ。
「村全体に、通信帯域を制限する『物理ファイアウォール』を構築する。特定班がヤバいものを解析しようとした瞬間に、その部分の信号だけを強制的にノイズ化し、解析不能にする……」
俺は呪文を紡ぐように呟いた。
「——『モザイク・フィールド(144p低画質ロック)』!!」
カチャァァァンッ!!
解錠音とともに、村全体に薄い青色の膜(障壁)が展開された。
その瞬間。
キュララの配信画面に映し出されていた『コンクリ詰めされた黄金』や『怪しい植物』の姿が、ボヤァッ……と激しいノイズに包まれ、極端に解像度の低い、意味不明な四角いモザイクへと変換された。
『おい、何だ今のノイズ!?』
『映像がバグったぞ!』
『コンクリの塊が見えたと思ったら、ただの砂嵐かよ……』
『村の通信環境が悪すぎるんだろw 144p画質なんて何年前だよw』
特定班たちの熱狂的な解析コメントが、一気に「通信環境への苦情」へと上書きされた。
「……よし。これで視覚的な証拠は隠蔽した」
俺は冷や汗を拭いながら、力なくその場に崩れ落ちた。
「カナタさん……! 完璧な隠蔽(情報隔離)ですぅ!」
キャルルが涙目で俺を称える。
「……んぐっ!? 何よこれぇ! 私の配信が、超低画質の砂嵐になってるぅっ!」
キュララが端末を叩きつけるように叫んだ。
「画面がモザイクまみれで、私の可愛い顔まで四角くなっちゃってるじゃない! これじゃスパチャが飛んでこないわよ!」
「文句を言うな。お前の配信のせいで、村の隠し事がバレそうになったんだ。このモザイクは、村を守るための『ファイアウォール(通信制限)』だ。納得しろ」
「納得できるかぁぁっ! 私を誰だと思ってるのよ! 天界から来たアイドルよ!? こんな砂嵐のような配信、ファンが許すわけないでしょ!」
だが、事態はキュララの予想に反する方向へ転がっていった。
『逆に新しいwww』
『この低画質、逆に隠し事があるようでワクワクするんだが』
『モザイクの向こうに何があるのか、特定班! もっと精度の高い解析を頼む!』
『もはやポポロ村の低画質配信を見守るのが、俺たちの新しい趣味だ』
逆に特定班たちの『執着心』に火をつけてしまったのだ。
モザイクがかかればかかるほど、「隠されているものを見たい」という人間の本能が刺激され、特定班たちはさらに高度な解析ツールを導入し、村の隠し事を探ろうと躍起になり始めた。
「……ああああぁぁっ! 特定の熱量が、さらに上がってるぅぅっ!」
アマネがモニターを指さして叫ぶ。
「今度は『モザイクの向こう側をAIで予測解析する』という変態ツールまで登場しましたぁ! このままでは、カナタさんのモザイクすら突破されますぅ!」
「……クソッ。特定班のアルゴリズムは、俺の想定を超えているのか」
俺はキーボード(魔導石の端末)を叩き、さらに強固な隠蔽スキームを構築しようと手を伸ばした。
だが、その時。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
ポポロ村全体を揺るがすような、凄まじい地鳴りが鳴り響いた。
先ほどの特定班の解析ツールが、村全体に展開していた俺の『ファイアウォール(モザイク・フィールド)』に過剰な魔力干渉を引き起こし、魔力暴走が起きようとしていたのだ。
「ヤバい……! 防衛用の障壁と特定班の解析ソフトが共振して、村のエネルギー回路がショートしかけている!」
俺が慌てて防衛システムを停止させようとするが、システムがハングアップして言うことを聞かない。
「あぁっ! 村が、村が爆発しちゃいますぅ!」
「だ、誰か止めてくださいっ!」
絶体絶命の危機。
その時、村の広場に、フワフワのお嬢様ドレスを着た天然エルフ——ルナがやってきた。
「皆様、なんだか騒がしいですわね。……あら、空気がピリピリしていますわ」
ルナが軽く指先を振った。
「そんなに地面が暴れたら、植物さんたちが可哀想ですわ。……皆さん、静かにしてくださいませ♡」
——パチンッ。
ルナが指を鳴らすと、村全体を包んでいた不穏な魔力の渦が、フッと、まるで嘘のように霧散した。
それは、暴走しかけていた防衛網と解析ソフトの干渉を、ただ『気まぐれ』で上書き(強制シャットダウン)しただけだった。
「……ルナ。お前、今何をした?」
俺が呆然として尋ねると、ルナは無邪気に微笑んだ。
「ええ! 植物さんとお話しして、静かにしてもらっただけですわよ♡」
その瞬間、特定の熱狂が頂点に達していたコメント欄が、一瞬で『沈黙』した。
特定班たちの解析ツールが、ルナの魔法によって根底からシステム構造を書き換えられ、全て『初期状態(真っ白な画面)』に戻ってしまったのだ。
『えっ……?』
『……解析ツールが消えた』
『今の……何なんだ……』
『この村、ヤバい。特定班でも太刀打ちできない、底知れぬ何かがある』
特定班たちが、恐怖のあまり沈黙した。
結果として、俺の隠蔽作戦は『天然エルフの気まぐれな上書き』によって、最悪の形(誤魔化し)で成功を収めた。
「……ふぅ。命拾いしたな」
俺は膝から崩れ落ち、冷や汗を拭った。
「あははっ♡ カナタさん、また特定班の人たちをいじめてたの? ほどほどにねっ☆」
キュララが事の重大さを理解していない様子で、ウインクを飛ばしてくる。
俺は天を仰いだ。
デジタルタトゥー防衛網と、それを突破しようとする特定班。
その狂乱の火種を、天然の暴走エルフが力技で握り潰す。
ポポロ村の日常は、こうして『誰にも理解不能なバグの連鎖』によって、なんとかサーバーを維持し続けていた。
だが、この『隠し事の多い村』が、特定班の解析(好奇心)という魔の手に晒され続ける限り、俺の安眠(システム停止)は永遠に訪れないのだ。
読んでいただきありがとうございます。
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