EP 6
クソリプとアンガーマネジメント(前世のSNS作法)
キュララ・アルセルラというトップゴッドチューバーがポポロ村の村長宅にマージされてから、村の日常は完全に「配信スケジュール」を中心に回るようになった。
今日も朝から「おはようございますの♡ 今日は農家のおじさんと一緒に、朝採り野菜を丸かじりするよぉっ!」という甘ったるい声が庭から響いている。
だが、その声のトーンには、いつもより若干の覇気が足りなかった。
「……はぁ。ダメだ、やっぱり数字(同接)が伸び悩んでる」
配信を終え、カメラのランプが消えた瞬間。
キュララはヤンキーの顔に戻るどころか、部屋の隅で体育座りをして、魔導端末の画面を恨めしそうに睨みつけていた。
「おい、キュララ。どうした。お前の配信、連日バズりまくってただろ。エナドリも売れてるし、特定班の炎上防衛も上手くいったじゃないか」
俺がコーヒー片手に声をかけると、彼女は血走った目で画面を俺に見せてきた。
「カナタP……これ見てよ。今日のコメント欄」
そこには、いつもの「可愛い!」「スパチャ!」といった熱狂的なコメントに混じって、明らかな『悪意』が散見された。
『なんか最近のキュララ、同じことの繰り返しで飽きた』
『田舎のドブ泥(ポポロ村)で遊んでるだけじゃん。都落ち乙www』
『カツ丼大食い、ホントに食べてるの? 怪しくね?』
『てか、後ろに映ってるジャージの貧乏アイドル(リーザ)ウザい。消えろ』
「……なるほどな。いわゆる『クソリプ』か」
俺は冷静に頷いた。
「人気が出れば出るほど、必ず一定数のアンチ(攻撃的トラフィック)は湧く。システムの法則だ」
「法則とかどうでもいいのよっ!」
キュララが端末を床に叩きつけそうになるのを堪え、ギリギリと歯ぎしりをする。
「この『匿名希望の賢者』ってアカウント! 毎回毎回、私の配信の揚げ足取りばっかりしてくるの! 『天使のくせに品がない』だの『声が作ってる感満載』だの……あーもうっ! 特定班にこいつの住所特定させて、家にルナ・イーツで超特盛激辛カレー百杯送りつけてやろうかしらっ!!」
「落ち着け。それが一番やってはいけない炎上のアルゴリズムだ」
俺は深いため息を吐き、キュララの隣にドカッと腰を下ろした。
彼女は天使族という高位の存在だが、精神年齢は完全に『承認欲求を持て余した現代の若者』そのものである。ネットの悪意に対する『アンガーマネジメント(感情の制御)』が全くできていない。
「……あのですね、キュララ様」
そこへ、ガチャ中毒の聖女アマネが、お茶と茶菓子を盆に乗せてやってきた。
彼女の目には、いつもの限界オタクのような狂気はなく、代わりに『ネットの闇を知り尽くした古参ユーザー』のような、冷たい光が宿っていた。
「アンチのコメント(クソリプ)に反応するのは、悪手中の悪手ですぅ。彼らは、配信者が怒ったり泣いたりする『リアクション』を引き出すことを目的とした、レスポンス乞食(愉快犯)なんですから」
「レスポンス乞食……」
「はい。カナタさんも前世(日本)でご存知の通り、一番の対策は『ミュート』して、自分の視界から物理的に消すことですぅ。システム的に存在しなかったことにする。これがネットリテラシーの基本中の基本ですぅ!」
アマネが熱弁を振るう。
「そうだ、アマネの言う通りだ」
俺も大きく頷いた。
「俺も前世のブラック企業で、自社の製品に対するレビュー欄の罵詈雑言を毎日見て胃を痛めていた。だが、いちいちそれに反応してたら、こちらの精神が持たない。無関心こそが、最高のセキュリティパッチなんだ」
「無関心……ミュート……」
キュララは口の中でその言葉を転がし、不満げに頬を膨らませた。
「でもさぁ! 言われっぱなしってムカつくじゃない! 私のプライドが許さないのよ!」
「プライドで飯が食えるか」
俺は冷たく切り捨てた。
「いいか? もしお前が特定班を使ってアンチを攻撃した場合、世間はどう見る? 『キュララは気に入らない人間を私刑にする独裁者だ』とレッテルを貼られるぞ。そうなれば、今お前を支えている『善良なリスナー(太客)』たちも、ドン引きして離れていく」
俺の言葉に、キュララがハッとしたように息を呑む。
「た、太客が離れる……。そ、それは、天界への上納金が滞るってこと……!?」
「そういうことだ。お前の怒りの感情のせいで、キャッシュフローが死ぬんだ。いいか、アンチコメントは『ただの文字列』だ。感情を持たず、物理ダメージもない。だからこそ、システム的に処理する。感情を切り離せ」
「……」
キュララは沈黙し、自分の魔導端末を見つめ直した。
そして、深呼吸を一つする。
「分かったわ。カナタPとアマネの言う通りにする。……あーあ、せっかくの私の可愛い顔が、怒りで台無しになっちゃうところだったわね」
「その切り替えの早さは、お前の最大の武器(長所)だな」
俺は苦笑し、コーヒーを一口飲んだ。
これで、一つ面倒なタスクが片付いた。そう思っていた、次の瞬間だった。
「——でも、ただミュートするだけじゃもったいないですぅ」
アマネが、メガネの奥の瞳をキラリと光らせた。
「……は?」
「カナタさん、これは『ビジネスチャンス』ですよぉ」
ガチャ中毒の聖女は、恐るべき前世の知識(ネットの錬金術)を開示し始めた。
「悪質な誹謗中傷には、証拠を全てスクショ(保存)して、ルナミス帝国のサイバー警察に『開示請求』を行うんですぅ。そして、アンチの身元を特定した上で、示談金を……」
「アマネ!! お前、なんて反社ギリギリのグレーな知識を吹き込んでるんだ!!」
俺は慌ててアマネの口を塞いだ。
「示談金ビジネス(訴訟チート)は、この世界じゃまだ判例がないからアウトだ! 村のコンプラレベルをこれ以上下げるな!」
「じ、示談金……! つまり、合法的にアンチからお金を巻き上げられるってこと!?」
キュララの目が、完全に「金貨」の形になって輝き始めた。
「お、お兄さん! それ詳しく教えて! 私、アンチを金ヅルにするシステム、超興味ある!」
「ダメだ! 却下!!」
俺は全力でキュララの魔導端末を取り上げようとしたが、時すでに遅し。
キュララとアマネは、部屋の隅で「まずは証拠保全」「内容証明を送りつけて……」と、極悪非道なリーガルハッキングのミーティングを始めてしまっていた。
「……カナタさん。なんだか、村の空気がどんどん黒く濁っていく気がしますぅ……」
キャルルがウサギ耳をペタンと寝かせ、涙目で俺にすがりついてくる。
「俺も同じ気持ちだ……。現代SNSの闇から救ったと思ったら、今度はリーガルビジネス(法的チート)に目覚めやがった。前世の知識が、最悪の形でこのファンタジー世界に適合してやがる……」
俺は天を仰ぎ、深くため息を吐いた。
天使のヤラセ配信、極貧アイドルの下請け、幻覚接待植物、無限臓器売買ループ、そして示談金ビジネス。
ポポロ村の村長宅は、今や完全に『倫理観の死滅したアウトロー集団(フロント企業)』の拠点として、立派に機能し始めてしまっていたのだった。
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