EP 5
特定班の暴走と、母ちゃんからの着信
ポポロ村の村長宅の広場。
そこは今や、一歩足を踏み入れれば数万人の『ネットの有志(特定班)』にその素性を白日の下に晒される、世界で最も危険なセキュリティエリアと化していた。
村の入り口には、キュララが設置した『高解像度・魔導空撮ドローン』が常時旋回しており、村に近づくあらゆる生物を自動追尾して配信を行っている。
「……やりすぎだ。やりすぎにも程がある」
俺は広場の隅にあるモニターを眺めながら、こめかみを強く押さえた。
モニターには、キュララの配信画面が映し出されている。画面の横に流れるコメント欄は、秒間数百件の速度で更新され続け、もはや文字の形をなしていない。
『村の入り口に怪しい影を確認!』
『特定班、動きます』
『よし、顔認識完了。昨日の夜、帝都の酒場で揉め事を起こした指名手配犯・ゴルゴの部下と一致!』
『履歴書調べたぞ。本名・田中ゴロウ、住所・帝都の汚水路裏、趣味・ブロッコリーの育成』
俺が胃薬を流し込んでいる間に、村の入り口に現れた侵入者の個人情報が、網羅的に抽出されていた。
「お、恐ろしいですぅ……。カナタさん、特定班の人たち、本当に人間なんでしょうか……?」
キャルルが戦慄したようにウサギ耳を震わせる。
俺だって知りたい。だが、この『デジタルタトゥー防衛網』の恐ろしいところは、個人情報を晒すだけでは終わらない点にある。
「あぁん? 何だこの空飛ぶゴミは。配信だぁ? 知ったことか! 俺たちはこの村を荒らしに来たんだよ!」
村の入り口に侵入してきたのは、刺青だらけの屈強な男たち。かつてこの地を荒らしていた傭兵団『血の眼』の残党だった。
彼らはリーダー格の男を先頭に、自警団の警告も無視して村の中枢へと足を踏み入れる。
「へへっ、村長を引っ捕らえて身代金をふんだくれば、帝都の酒場で一生飲み放題だぜ!」
男がニタニタと卑劣な笑みを浮かべ、手に持った剣を振り上げた——その瞬間だった。
『ピッ!』
キュララが指を鳴らすと、上空のドローンが、男の顔を極限までアップで映し出した。
「やっほー、そこのおじさん! 今、全国の三十万人の視聴者様が、おじさんの顔をバッチリ録画してくれたよぉ☆」
キュララが画面に向かってウインクを決める。
「さあ、みんな! 特定班の出番だよぉっ!」
配信のコメント欄が、一瞬にして『怒涛の開示』を開始した。
『特定完了!』
『こいつ、先週まで帝都の騎士団を脱走して闇ギルドに所属してたぞ』
『あ! こいつの昔のSNS、見つけた! 中学生の時のポエムが黒歴史すぎて草www』
『実家の住所特定。あ、これGoogleマップで出た。実家のパン屋の評価も星1にしておいたぞ』
『奥さんのSNSも見つけた。幸せそうな家族写真があるぞ……この父親がこんなクズだとは知ってるのか?』
「な、なんだ……? 俺のスマホが、鳴り止まねえ……っ!?」
先頭に立っていたリーダーの男が、懐から取り出した通信端末を見て、顔色を真っ青にした。
男の端末には、見知らぬ番号からの着信と、SNSの通知が数千件単位で届き、絶え間なくバイブレーションを繰り返している。
「匿名掲示板に、俺の顔写真と住所が……っ!? 『屑・社会のゴミ』ってタイトルでスレが立ってるだと……!?」
「うふふっ♡ 次は、おじさんの大好きな『母ちゃん』にも教えてあげようかなぁ?」
キュララがニッコリと微笑むと、男のスマホが再び大きく振動した。
画面には『母ちゃん』という表示。
男は震える指で通話ボタンを押した。
『……もしもし、母ちゃん?』
『アンタッ!! 一体何やってんのよっ!! 近所の人から電話があってね、あんたがテレビで全国に晒されてるって! 今すぐ家に帰ってきなさい! お父さんとお母さん、あんたがそんな悪いことしてたなんて信じられないわよっ!!』
受話器の向こうから、ヒステリックに泣き叫ぶ母親の声が広場中に響き渡る。
『あんたがそんな子に育てた覚えはないわ! 警察に自首するまで、もう一生、家族の顔を見せないでちょうだいっ!!』
『か、母ちゃん……違うんだ、これは……っ!』
『この親不孝者ぉぉぉっ!! あんたが小さい頃、おねしょして泣いてた時のこと、全部バラしてやるんだからねっ!!』
——ピィィィィィィィィッ!!
通話は強制終了された。
男は、完全に虚脱した表情でその場に崩れ落ちた。
「俺の……俺の人生が、終わった……。家族も、誇りも、帰る場所も……」
もはや武器を振るう気力など残っていない。
男は、先ほどまで持っていた剣をガラガラと地面に落とし、ふらふらと立ち上がると、泣きながら村の出口へと走り去った。
「あぁぁっ……自首してやる……! 俺は罪を償って、ブロッコリー農家に転職してやるんだぁぁぁっ!」
彼らは戦うこともなく、ただ『デジタルタトゥー』と『母の怒り』によって完膚なきまでに叩きのめされ、自主的に警察へと向かったのである。
……シーン。
広場には、圧倒的な静寂が訪れていた。
「——勝利っす!」
ガルフ将軍が、呆然としながらも戦斧を肩に担いだ。
「戦うまでもなく、勝負ありっすね。……というか、今の、怖すぎやしませんか?」
「……勝った、のか?」
俺は、あまりの光景に思考停止した。
暴力も、魔力も、策略もいらない。ただ、SNSで個人情報を晒し、家族を呼び出し、社会的な死を与えるだけで、敵は無力化される。
これは、軍事力などという生易しいものではない。
個人の尊厳をネットの海に沈め、家族の絆を人質に取り、世論という名のリンチを正当化する、史上最も醜悪で、かつ最強の『防衛システム』だ。
「えへへっ♡ カナタP、見た!? この『炎上防衛システム』、同接数が一気に跳ね上がったよぉ! 特定班のみんなもやるねぇ☆」
キュララがドローンを回収しながら、誇らしげに俺に駆け寄ってくる。
「すごいよ! この村のセキュリティ、世界一じゃない? これなら、どんな悪党も手出しできないねっ!」
無邪気に笑う天使。
俺はその笑顔を見ながら、冷や汗が止まらなかった。
(……この村の『防衛網』は完成した。だが、これは諸刃の剣だ)
もし。もしこの『特定班』が、敵ではなく、俺たち自身をターゲットにしたら?
もし、俺の『鍵使い』の正体や、ルナの『臓器売買ループ』や、リーザの『ヤラセ大食い』が、この凄腕の特定班に見つかったら。
その瞬間、俺たちは自分たちが構築した『デジタルタトゥー防衛網』によって、社会的に抹殺されることになるだろう。
「……キュララ」
俺は低く、重い声で呼びかけた。
「なぁに? カナタP」
「その配信の『特定班』……彼らの動向を、俺が監視できるようなバックドア(裏口)を作っておけ。……何が起きても対応できるように、万全のセキュリティホールを確保するんだ」
「あははっ♡ カナタPってば、ネットの闇の住人さんたちを監視しようだなんて、やっぱりPMの鑑だねぇ! OK、裏口の特等席、用意しておくねっ☆」
キュララがウインクをする。
俺は空を見上げ、遥か彼方に迫り来る『女王艦隊』の影を想像した。
もし、あの女王様がポポロ村に到着したとき、キュララの『デジタルタトゥー防衛網』が女王の過去を暴き、世界を揺るがすスキャンダルを配信してしまったら。
その時こそが、ポポロ村にとっての真の『大炎上』になるのだろう。
(……胃薬の買い足しが必要だ)
俺はため息を吐き、空を見上げた。
ポポロ村という箱庭の中で、俺たちは今日も、SNSという名の火薬庫の上で、危うい日常を回し続けるしかなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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