EP 4
ヤラセの大食い配信と、下請けに堕ちた人魚姫
天使族のトップゴッドチューバー、キュララ・アルセルラがポポロ村の村長宅に正式にマージ(居候)されてから数日。
平穏だったはずの俺たちの居間は、彼女の持ち込んだ大量の魔導石リングライトとカメラドローンによって、すっかり『専用の配信スタジオ』へと魔改造されていた。
「よしっ! 画角のチェックOK! マイクのノイズキャンセリングもOK! さあ、今日の目玉企画をブチ上げるわよ!」
カメラの回っていないオフ状態のキュララは、腕を組み、ドスの効いたヤンキー口調で本日のタスクを確認していた。
彼女の目の前のテーブルに並べられているのは、帝都の有名定食屋から『ルナ・イーツ』でデリバリーされた、とんでもないボリュームの『超大盛りロックバイソン・カツ丼』が十杯である。
甘辛いタレと、分厚く揚げられたカツの脂の匂いが、居間いっぱいに充満している。
「……おい、キュララ」
俺はコーヒーを片手に、その致死量のカロリーの山を見下ろしてツッコミを入れた。
「今日の企画って、まさか『限界挑戦! 大盛りカツ丼十杯チャレンジ』とかいうやつか? お前みたいな細身の天使の腹に、こんなオーバーフロー確定の物理データ(カツ丼)が入り切るわけないだろ。途中で吐いて炎上するのが落ちだぞ」
「はっ! カナタPは配信業界の裏側ってやつを全然分かってないわね」
キュララが鼻で笑う。
「私が本気でこんなカロリー爆弾を食べるわけないじゃない。大食い企画ってのはね、『細くて可愛い女の子が、豪快にご飯を食べている姿』をリスナー(オタク)に見せつけて、同接とスパチャを稼ぐためのただの『見世物(UI)』なの。実態の処理なんて、どうでもいいのよ」
「実態の処理……?」
俺が怪訝な顔をした、その時。
キュララが座るテーブルの下——長いテーブルクロスの陰から、「ギギギギギ……ッ」という地獄の底から響くような歯ぎしりの音が聞こえてきた。
「……きぃぃぃっ! 悔しい……悔しいですの……! かつてルナミス帝国で大ホールのステージに立った私が、こんな机の下で、身を隠さなければならないなんて……!」
テーブルクロスをめくると、そこにはオリーブ色の芋ジャージを着た極貧地下アイドル、リーザが正座で待機していた。
彼女のルビー色の瞳は、頭上のテーブルから漂ってくるカツ丼の匂いによって完全に血走り、涎掛け(スタイ)を首に巻きつけて「ハァ、ハァ……」と荒い息を吐いている。
「おいリーザ。お前、そこで何やってるんだ?」
「あ、カナタ・プロデューサー……」
リーザは屈辱に震えながら、血の涙を流して俺を見上げた。
「私……太客を奪われた恨みを晴らすため、絶対にこの泥棒天使の配信に協力などしないと誓ったんですの。でも……でも……っ!」
「でも?」
「キュララが『配信を手伝ってくれたら、カツ丼十杯全部あげる』って……! 私の……私の極限まで飢え切ったサバイバル本能が、カツの脂の魅力に抗えなかったんですのぉぉぉっ!!」
「完全に買収されてんじゃねえか!!」
プライドよりも、肉の脂。
極貧生活で培われた絶対的な強欲が、アイドルとしての矜持を完全に上書きしてしまったのだ。
「ふふんっ。需要と供給の完璧なマッチングでしょ? 私は同接(数字)が欲しい。こいつは飯が欲しい。Win-Winの業務委託契約よ!」
キュララが悪びれもせずに言い放つ。
要するに、キュララが画面上で「食べるフリ」をして、実際の食事(処理)は画角外のテーブルの下でリーザが引き受けるという、完全なる『ヤラセの大食い配信(下請け偽装)』である。
「倫理観の欠片もねえ……。コンプラ違反の塊みたいなスキームだな」
俺が胃痛を押さえていると、キュララが「時間よ!」とパンッと手を叩いた。
「それじゃ、配信スタートぉっ! すぅぅぅっ……3、2、1……」
キュララが深呼吸をし、カメラのランプが点灯した瞬間——。
「きゅるんっ♡ 迷える子羊さんたち、こんにちはぁ! キュララだよぉっ☆」
完璧なアイドルスマイルと甘ったるい声が、瞬時にシステム復旧された。
「今日はねぇ、リスナーさんからのリクエストにお応えして! 『ポポロ村の超大盛りカツ丼・十杯完食チャレンジ』をやっちゃいまーす! 全部食べ切れるか不安だけど……キュララ、みんなの応援があれば頑張れるよっ♡」
カメラの向こうで、何十万人というリスナーが熱狂しているのが分かる。
「じゃあ、さっそく一杯目! いただきまーすっ♡」
キュララはカツを一切れ箸で摘み、可愛らしく口に運んだ。
「ん〜っ! おいひぃ〜♡ お肉がすっごく柔らかくて、甘辛いタレが最高ぉっ!」
カメラ目線で最高のリアクションを決める。
そして。
「ふふっ♡ じゃあ、どんどん食べていくねっ!」
キュララはそう言いながら、カツ丼の入った巨大な丼を、カメラの死角となる『テーブルの下』へとスッと下げた。
——ズギュオォォォォォォォォォォンッ!!!!!
瞬間。
テーブルの下から、巨大な掃除機が起動したかのような、凄まじい吸引音が鳴り響いた。
「なっ……!?」
俺がギョッとしてテーブルの下を覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。
リーザが、両手で丼を抱え込み、カツもご飯もタレも一切噛むことなく、文字通り『一瞬で丸呑み』していたのである。
咀嚼音ゼロ。飛沫ゼロ。
ただ、圧倒的な肺活量と人魚特有の吸引力によって、特盛カツ丼という物理データが、マッハの速度で彼女の胃袋へと転送されていく。
「(んんんんんんまぁぁぁぁぁっ!! お肉! お肉の脂が! パンの耳とは違う、本物のカロリーが五臓六腑に染み渡りますわぁぁぁっ!)」
リーザが声なき声で絶叫しながら、至福の涙を流している。
その間、わずか二秒。
キュララがスッとテーブルの上に丼を戻すと、そこには米粒一つ残っていない、ピカピカの『空の器』があった。
「はいっ♡ 一杯目、ペロッと完食でーすっ! 美味しかったぁ☆」
口元をナプキンで拭いながら、涼しい顔でウインクを決めるキュララ。
『ええええっ!? 早すぎwww』
『カメラから一瞬消えたと思ったら空になってるwwwマジックかよww』
『キュララちゃんの食べっぷり最高! スパチャ(五千円)!』
コメント欄が爆速で流れ、大量の投げ銭(赤スパ)が画面を飛び交う。
「……すげえ。あのヤンキー天使、完全にシステムをハックしてやがる」
部屋の隅で見ていたフェイトが、戦慄したように呟いた。
「あわわ……。リーザちゃん、完全に『裏で処理を回すだけの見えない歯車』にされちゃってますぅ……。同じアイドルだったのに、こんなに残酷な格差が……」
キャルルがウサギ耳を垂らして同情している。
「さぁ、どんどん行くよぉ! 二杯目、いただきまーすっ♡」
キュララが一口食べて、テーブルの下へ。
ズギュオォォォォン!!(二秒で完食)
「三杯目もいっちゃうぞぉっ☆」
ズギュオォォォォン!!
見事な連携プレイ。フロントエンド(キュララの可愛いリアクション)と、バックエンド(リーザのダイソン吸引)が、一切の遅延なく完璧に同期している。
キュララに送られた太客のスパチャが、カツ丼という現物支給の形で下請けのリーザへと還元される、いびつなエコシステム。
プライドを捨ててカツ丼の旨味に屈したリーザの瞳からは、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。
「(悔しい……! アイドルとして画面に映ることも許されず、ただ机の下で餌を待つだけの犬に成り下がった自分が憎いですの! ……でも、でもっ! 太客のおごりカツ丼が、死ぬほど甘いですのぉぉぉっ!!)」
屈辱と食欲の板挟みになりながら、リーザは狂ったように四杯目のカツ丼を丸呑みした。
順調にヤラセ配信が進み、八杯目に差し掛かった、その時だった。
「あらあら♡ 皆様、なんだかとっても楽しそうなことをしていますのね」
居間の障子が開き、フワフワのお嬢様ドレスを着た天然エルフ——ルナ・シンフォニアが、優雅な足取りで入ってきた。
「あ、ヤバッ」
キュララが焦って表情を引きつらせる。
ルナは、大量の空の丼が積まれたテーブルを見て、不思議そうに小首を傾げた。
「キュララちゃん、お食事中ですの? ……でも、おかしいですわね。美味しい匂いはするのに、キュララちゃんのお口からは何も食べている音がしませんわ」
「えっ、あ、いや、これはその……っ!」
ルナが、トコトコとテーブルに近づいてくる。
そして、あろうことか、カメラが回っている真正面で、テーブルクロスをペラッとめくり上げようとしたのだ。
「あら? こんな机の下で、リーザちゃんが……」
「——システム・オーバーライド!!」
俺はPMとしての反射神経の限界を超え、マッハの速度でスラックスから『アパートの鍵』を抜き放った。
「対象、ルナの『声帯の振動』および『テーブルクロスの物理的摩擦係数』! ——『完全ミュート&接着ロック』!!」
カチャァァァンッ!!
解錠音が響いた瞬間。
「……っ!? むぐっ、んんっ!?」
ルナの口から、一切の音声が出なくなった。さらに、彼女がめくろうとしたテーブルクロスは、まるでコンクリートで固められたように床にピタリと張り付き、1ミリも動かなくなった。
「ふぅ〜……危ねえ。致命的な情報漏洩(コンプラ違反の暴露)を、寸前で防いだぞ……」
俺が冷や汗を拭っていると、キュララが「ナイスリカバリー、カナタP!」とウインクを飛ばしてきた。
「え、えへへっ♡ 今のは、お友達のエルフちゃんが遊びに来ただけだよぉ! 気にしないでねっ☆ さあ、いよいよラストの十杯目っ!」
キュララが強引に進行を戻し、最後の丼をテーブルの下へ。
ズギュオォォォォン!!
リーザの最後のダイソン吸引が炸裂し、見事に十杯が完食された。
「や、やったぁぁっ! 超大盛りカツ丼十杯、完全制覇だよぉっ!! みんな、応援ほんとにありがとぉぉっ♡」
キュララが歓喜の涙(目薬)を拭いながら、配信を感動のフィナーレへと導く。
『すげえええ!』
『あんな細い体のどこに入ったんだ!?』
『伝説の配信だ! スパチャ一万!』
大量の投げ銭の雨が降り注ぎ、配信は最高の盛り上がりの中で終了した。
「……ふぅ。お疲れっ! 今日もボロ儲けね!」
カメラの電源が落ちた瞬間、キュララはヤンキーの顔に戻り、ガッツポーズを決めた。
テーブルの下からは、「げふぅ……」という重低音のゲップとともに、お腹をパンパンに膨らませたリーザが這い出してきた。
「……食べましたわ。十杯、完璧に処理(完食)してやりましたの……っ」
リーザは油まみれの口元を拭いながら、虚ろな目で宙を見つめている。
「上出来よリーザ。あんた、下請けの才能あるわ。明日からは『激辛ラーメン二十杯チャレンジ』のバックエンドもよろしくね」
「鬼ですかあなたは……っ! 私の胃壁をサーバーダウンさせる気ですの!?」
「でも、明日も美味しいご飯、タダで食べられるわよ?」
「…………やりますの」
一瞬で屈する人魚姫。
「……おいお前ら」
俺は深いため息を吐き、胃薬を口に放り込みながら二人を睨みつけた。
「お前らのやってることは、完全に現代SNSの闇の縮図だ。華やかなフロントエンドの裏で、下請けを限界まで酷使するブラック企業のアルゴリズムそのものじゃないか」
「うるさいわねぇカナタP! これがエンタメ業界の『リアル』なのよ!」
悪びれもせず言い放つ天使。
ポポロ村のローカル環境は、キュララの登場により、ますますアンダーグラウンドで倫理観の欠如した『配信経済圏』へと変貌を遂げようとしていた。
そして、この恐るべきトップゴッドチューバーの真の厄介さは、ただの大食いヤラセ配信などでは終わらないことを、俺はすぐに思い知らされることとなる。
読んでいただきありがとうございます。
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