EP 3
自転車操業の裏側と、エナドリのステルスマーケティング
「ん〜っ♡ ポポロ村の風、とっても気持ちいいよぉ! リスナーのみんなも、画面越しにマイナスイオン感じてくれてるぅ?」
村長宅の縁側で、天使族のトップゴッドチューバー・キュララは、空中に浮かぶ三機のドローンカメラに向かって愛嬌たっぷりに手を振っていた。
他人の金で特上寿司を平らげた彼女は、すっかりご満悦の様子で『田舎の癒し配信』を続けている。
「スパチャ『漆黒の剣士』さん、赤スパ(金貨)ありがとぉっ! キュララ、もっともっと頑張っちゃうからねっ♡ あ、そこの草食べてるジャージの子? うーん、現地の野生動物かなぁ? 気にしないでねっ☆」
「きぃぃぃっ! 誰が野生動物ですの! 私は次世代を担うトップアイドル、リーザですわ!」
画面の端で見切れたリーザが激怒してパンの耳を投げつけるが、キュララは華麗にスルーして笑顔を振りまいている。
その、順風満帆に見える配信の最中だった。
『ピピピッ……! 警告。魔導バッテリー残量、残り五パーセント。間もなくシステムはスリープモードに移行します』
ドローンカメラと、キュララの手元の魔導端末から、無機質なアラート音が鳴り響いた。
同時に、宙に浮いていたドローンの高度がガクンと下がり、レンズの光が明滅し始める。
「えっ? あ、あれっ? バッテリー!?」
キュララの顔から、先ほどまでの「ゆるふわエンジェル」の余裕が一瞬にして消え失せた。
「み、みんなごめんね! ちょっと通信の魔力状態が悪いみたい! 一旦、画面暗転するね! すぐ戻るから、待機しててねっ♡ ポチッ」
キュララが魔導端末の操作パネルを激しく叩き、配信を一時停止した。
カメラの赤いランプが消えた、その瞬間。
「……ッッッふざけんなよぉぉぉっ!! なんでこんな大事な時にバッテリー切れなんだよ! 昨日フル充電してきたはずだろクソ機材がぁぁぁっ!!」
バンッ! と縁側を蹴り飛ばし、キュララがドスの効いた声で絶叫した。
その口調は、さっきまでの甘ったるいアイドル声から一転、修羅場を潜り抜けてきたヤンキーのそれへと変貌していた。
「うわっ……。急に本性むき出しになったっすね」
「カメラが止まった瞬間のオンオフの切り替えが、完全にホラーですぅ……」
フェイトとキャルルが、ドン引きしながら後ずさる。
「ヤバいヤバいヤバい! 今月の『天界への上納金(税金)』のノルマ、まだ全然足りてないのに! ここで配信を落としたら、今月のリスナーからのサブスク(月額課金)が打ち切られちまう! 破産だ、破産しちまうよぉぉっ!」
頭を抱えてしゃがみ込む天使。
「……おいおい」
俺はコーヒーカップを置き、頭を抱えるキュララを見下ろした。
「お前、トップインフルエンサーとして莫大な富を稼いでるんじゃないのか? 特上寿司をリスナーの奢りで食ってるくらいなんだ、金には困ってないはずだろ」
「ば、バカ言わないでよ!」
キュララが血走った目で俺を睨みつけた。
「ゴッドチューバーってのはね、稼げば稼ぐほど『天界』からの税金徴収がエグいんだよ! 主神オリンの野郎、下級天使の稼ぎの七割をシステム利用料(ショバ代)として天引きしやがるの! だから私、生活費は全部リスナーのルナ・イーツ(奢り)で浮かせて、残りの現金は全部税金の支払いに回してるの! 完全に火の車の『自転車操業』なんだから!」
煌びやかなトップ配信者の、あまりにも泥臭い裏事情(台所事情)だった。
「なるほどな」
俺は深く頷いた。
「前世のベンチャー企業の若手社長や、見栄を張ってるだけの底辺インフルエンサーと同じアルゴリズムだ。売上はデカいが、固定費と税金で利益率はマイナス。立ち止まった瞬間にキャッシュフローがショートして死ぬ、デスマーチの典型例だな」
「そ、そう! だからお願い、お兄さん!」
キュララが俺のジャージの裾にすがりついてきた。
「この村長宅の『魔力コンセント(地脈のエネルギー)』を貸して! 急いで充電しないと、配信が落ちちゃう! 天界の税務署(異端審問官)に差し押さえられちゃうのぉっ!」
「あら? お金がないなら、世界樹様からお小遣い(純金)をもらえばいいのではなくて?」
横で優雅にメロンジュースを飲んでいたルナが、天然の善意で首を傾げる。
「お前みたいな規格外の特権階級と一緒にすんなぁぁっ! こっちは実力主義の下級天使なんだよ!」
キュララがルナに向かって泣き叫んだ。
俺はPMとして、すがりつくキュララを冷徹に見下ろした。
(……村の魔力をリソースとして貸し出すのは簡単だ。だが、タダでインフラを使わせるほど俺も甘くない。こいつが抱えている『数十万人のリスナー(巨大トラフィック)』……これは、ポポロ村の特産品を売り出すための最強の広告塔になる)
「いいだろう。コンセントは貸してやる」
「ほ、ほんと!? ありがとうお兄さん!」
「ただし——タダじゃない。俺が指定する『企業案件(スポンサード契約)』を一つ、お前の配信内でやってもらう。いわゆる『ステルスマーケティング(ステマ)』だ」
「す、すてま?」
俺は指を鳴らし、リーザに目配せをした。
「リーザ! 例の商品の在庫を持ってこい!」
「はいですの! カナタ・プロデューサー!」
リーザが奥から持ってきたのは、前章で村の農家と共同開発し、三国兵士たちに爆売れしたあの緑色の液体——『ポポロ・マーメイド・フルーティブレンド(完全栄養食版)』の入った特製ペットボトルだった。
「こ、これは……?」
「ポポロ村の特産エナジードリンクだ。これを配信が再開した直後に、いかにも『たまたま見つけて飲んだら、信じられないくらい美味しかった』という体で宣伝しろ。購入先のリンクも概要欄に貼らせる」
「はっ? そんな怪しい緑色のジュース、私みたいな清楚系天使が宣伝できるわけ……」
「ちなみに、そのドリンクの主成分は、私の『お風呂の残り湯(人魚の極上出汁)』ですのよ♡ ふふんっ!」
リーザがドヤ顔で言い放った。
「お、お風呂の残り湯ぅぅ!?」
キュララがドン引きしてペットボトルを投げ捨てようとしたが、俺がその手をガシッと掴んで阻止した。
「泥や雑菌は俺の『鍵』のスキルで完全に隔離・浄化してある。純度百パーセントの人魚の魔力と、極上フルーツのエキスだけを抽出した完全栄養食だ」
「いやいやいや! いくら浄化されてるって言っても、あそこの雑草食ってる貧乏アイドルの出汁でしょ!? そんなの飲んだら私のお腹のサーバーがクラッシュするっ……!」
『ピピピッ! スリープモードまで、残り三十秒』
「あっ! ヤバい、時間が……っ!」
「充電ケーブルを挿すか、配信を落として天界に自己破産を申請するか。選べ」
俺が冷酷な二択を突きつけると、キュララは血の涙を流しながらペットボトルを奪い取った。
「あぁぁっ……! わ、分かったわよ! 飲めばいいんでしょ、飲めば! 私の輝かしいインフルエンサー人生が、残り湯で汚されるぅぅっ!」
キュララは魔力ケーブルを村長宅の地脈コンセントにブチ込み、強引に再起動をかけた。
「……すぅぅぅっ。はいっ♡ みんなお待たせぇ! キュララ、完全復活だよぉっ☆」
カメラのランプが点灯した瞬間、完璧なアイドルスマイル(システム復旧)。
「えへへ、ちょっと喉が渇いちゃったから、村の人にもらったこの『ポポロ・マーメイド』ってジュースを飲んでみるねっ! ゴクッ」
キュララが、決死の覚悟で緑色の液体を喉に流し込んだ。
——その瞬間。
「…………っ!!?」
キュララの天使の瞳孔が、極限までカッ!と見開かれた。
フルーティーな極上の甘味と、人魚の回復魔力、そして野菜のビタミンが、連日の配信と上納金ストレスで疲弊しきっていた彼女の細胞へと、マッハの速度で浸透していったのだ。
「な、なにこれぇぇぇぇっ!?」
キュララの背中の純白の翼から、凄まじいオーラ(バフ)が噴き出した。
「んんんんんんまぁぁぁぁぁぁぁっ!! 美味しい! 信じられないくらい甘くて爽やか! それに、身体の内側から無限の魔力が湧き上がってくるのを感じるぅぅぅっ!」
カメラの前であることを忘れ、キュララはガチのリアクションで絶叫した。
「みんな! これヤバい! 神の飲み物だよ! 絶対買ったほうがいい! 今すぐ概要欄のリンクからカートに入れてぇぇぇっ!!」
トップインフルエンサーの、嘘偽りのない「本気の熱狂」。
それが数十万人のリスナーの購買意欲を直撃しないはずがなかった。
『キュララちゃんがそこまで言うなら!』
『ポチった!』
『ケース買い余裕でした!』
コメント欄が爆速で流れ、同時に村の通信販売システム(アマネが管理している通販用魔導石)に、滝のような入金通知のチャイムが鳴り響き始めた。
「キターーーーーッ!! 注文が、他国からのオンライン注文が止まりませんぅぅっ! これでランダムボックスが無限に回せますぅぅっ!!」
アマネが歓喜の悲鳴を上げ、リーザも「私の出汁が! 世界に羽ばたきましたわーっ!」と芋ジャージの腹を叩いて喜んでいる。
「……ふぅ。完璧なプロモーション(ステマ)だったな」
俺が満足げに頷くと、配信を終えたキュララが、目をキラキラさせて俺の前に跪いた。
「カナタ・プロデューサー! 私、決めました!」
「なんだ?」
「私、今日からこの村長宅に住み込みます! この『ポポロ・マーメイド』を毎日飲んで、この村から配信を続ければ、天界のノルマなんて一瞬でペイできる! カナタP、私をあなた専属のトップ配信者として使ってくださいぃぃっ!」
魔力インフラと極上のエナドリという最強のリソースに完全に胃袋(と利益)を掴まれ、天使族のトップインフルエンサーはあっさりと陥落した。
「……カナタさん。また一人、厄介な居候が村長宅にマージされちゃいましたね……」
キャルルが複雑な表情でウサギ耳を揺らす。
「仕方ない。広報担当(PR)としてのアサインだと思えば、悪くない取引だ」
俺は胃薬の瓶をポケットにしまいながら、深くため息を吐いた。
承認欲求モンスターの天使。極貧強欲アイドル。コンプラ破壊エルフ。
役者は完全に揃ってしまった。
炎上必至のヤラセ配信と、村を巻き込む大騒動の幕が、今ここに切って落とされたのである。




