EP 2
天使の降臨と、残酷な経済格差
「きゅるんっ♡ 画面の前の迷える子羊さんたち、こんにちはぁ! あなただけの舞い降りたエンジェル、キュララだよぉっ☆」
ポポロ村の村長宅の庭。
空からフワリと舞い降りた純白の翼を持つ天使族の少女は、空中に浮かぶ三機の魔導石ドローン(カメラ)に向かって、完璧な角度のウインクとピースサインを決めた。
「今日はね、帝都の喧騒を離れて、大自然に囲まれたド田舎……コホンッ、自然豊かなポポロ村から『癒しのスローライフ』を生配信しちゃいまーす! みんな、最後まで見てねっ♡ スパチャと高評価もよろしくぅ!」
ド派手な光の粒子を撒き散らしながら、一切の恥じらいもなくカメラに語りかけるその姿は、承認欲求と自己顕示欲が受肉した『歩く放送事故』そのものだった。
「キ、キュララちゃん!?」
トンファーを構えていたキャルルが、ウサギ耳をピンと立てて驚きの声を上げた。
「えっ、キュララ!? どうしてここにいますの!」
パンの耳を齧っていたリーザも、ルビー色の瞳を丸くして叫ぶ。
「やっほー、キャルルにリーザ! 久しぶりぃ♡ 帝都のシェアハウスから二人とも急にいなくなっちゃうから、寂しくて探しに来ちゃったんだよぉ。……うわっ、相変わらず貧乏くさいジャージ着てるね、リーザ」
「貧乏くさいとは失礼ですわ! これはサバイバーとしての正装ですのよ!」
どうやら彼女も、ルナ・シンフォニアと同じく、ルナミス帝国時代にキャルルたちが住んでいたシェアハウスの元同居人らしい。
「……おいキャルル。また厄介なトラフィック(旧友)が押し寄せてきたようだが、あいつは何者だ?」
俺がこめかみを押さえながら尋ねると、キャルルは顔を引きつらせて答えた。
「彼女はキュララ・アルセルラ。私たちと同じ元シェアハウスの住人で……ルナミス帝国で爆発的な人気を誇る、トップ『ゴッドチューバー(配信者)』ですぅ」
「配信者だと?」
「はい……。可愛い顔してますけど、カメラが回っている時と回っていない時の性格のオンオフ(切り替え)が激しすぎて、一緒に住んでいた時は精神的にキツかったんですぅ……」
キャルルの説明を聞く間にも、キュララは勝手に村長宅の縁側へと上がり込み、「よっこいしょっと」と、アイドルらしからぬ掛け声とともにどっかりと腰を下ろした。
そして、カメラドローンを自分の顔の真正面に固定し、甘ったるい声で話し始めた。
「ふぅ〜、空を飛んでポポロ村まで来たら、キュララ、すっごくお腹が空いちゃったかもぉ。……あ〜あ、こんな大自然の中で、帝都の超高級店『スシ・ローヤル』の特上寿司桶が食べられたら、最高に幸せなんだけどなぁ〜♡ 大トロとか、ウニとかぁ……チラッ」
キュララが、あからさまな上目遣いでカメラのレンズを見つめた。
その瞬間。
キュララの手元にある魔導端末から、『ティロリンッ!』という軽快な電子決済音が鳴り響いた。
「わぁっ! リスナーの『キュララ騎士団・漆黒の剣士』さんから、超特大の『ルナ・イーツ(遠隔デリバリー)』の差し入れキターーーッ!! ありがとう剣士さん、だぁーいすきっ♡」
「……は?」
俺が呆気にとられていると、村の大通りから凄まじい砂埃を上げて、一台の魔導浮遊ボードがカッ飛んできた。
「ル、ルナ・イーツの特急配達ですぅぅっ!!」
乗っていた配達員の若者が、息を切りながら村長宅の庭に飛び込んできた。彼の手には、金箔のあしらわれた超豪華な『特上寿司桶(五万円相当)』が神々しく輝いている。
「キュララ様宛てに、帝都の『スシ・ローヤル』からマッハでお届けに上がりました! 代金は既にQR決済システムにて、リスナー様より全額お支払い済みです!」
「ありがとー! 配達員さんもお疲れ様ぁ!」
キュララは配達員から寿司桶を受け取ると、蓋をパカッと開けた。
ピンク色に輝く大トロ。黄金色のウニ。宝石のように弾けるイクラ。
ポポロ村というド田舎の縁側に、帝都最高峰の贅沢が、一切の労働を伴わずにデプロイされた瞬間だった。
「いっただっきまーす♡ ん〜っ! 大トロ、お口の中でとろけちゃうぅぅっ!」
キュララがカメラに向かって極上の笑顔を見せながら、大トロを次々と口に運んでいく。
その、すぐ隣。
「…………カリッ。……モソモソ……。ごきゅっ」
オリーブ色の芋ジャージを着たリーザが、正座をしたまま、虚ろな目で『パンの耳』を齧っていた。
彼女の小鉢に盛られているのは、公園でむしってきた『雑草(タンポポの葉)サラダ』である。
横では、かつてのルームメイトが他人の金(リスナーの奢り)で最高級の寿司を頬張っている。その横で、自分はパンの耳と雑草を、塩気もなしに噛み砕いている。
圧倒的。
あまりにも残酷すぎる、同じファンビジネスにおける『経済格差(スケール違い)』の現実がそこにあった。
「……リーザちゃん。パンの耳、お代わりありますぅ……?」
キャルルが不憫に思って声をかけるが、リーザのルビー色の瞳からは完全に光が消え失せていた。
「……いいんですの。私は、底辺を這いずる泥臭いアイドル。これはルナミス帝国にタワマンを建てるための、試練……」
ギリギリギリッ……!
リーザが奥歯を強く噛み締める音が、庭に響く。
「でも……あの『漆黒の剣士』ってアカウント名。昨日、私のみかん箱ライブで、一番前に陣取って『五円玉』を投げてくれたおじさんの名前と、全く同じですの……」
「あっ」
「私には五円。キュララには、五万円の特上寿司……。太客が……私の太客が、吸い取られていきますのぉぉぉっ!!」
リーザが血の涙を流し、パンの耳を握り潰した。
「あははっ♡ リーザ、草ばっかり食べてないで、私の配信に少し映っていいよぉ? 『底辺地下アイドル、雑草食ってみたw』っていう企画で、同接稼げそうだし!」
「き、きぃぃぃぃぃっ! バカにするのもいい加減になさいっ! 私の誇り高き雑草サラダを、見世物にするなんて許しませんわ!」
「え〜? じゃあこれ、一切れあげるから」
キュララが箸で摘んだ『極上サーモン』をチラつかせる。
「……はむっ!!」
リーザはマッハの速度で首を突き出し、サーモンを空中でパクッと食い千切った。
「んんんんんんまぁぁぁぁぁっ!! 脂が! お魚の甘い脂が脳髄を破壊しますわぁぁぁっ!」
プライド(誇り)は、一枚のサーモンの前で秒速でエラーを吐いて崩壊した。
「……おいおいおい」
俺は胃を痛めながら、その狂ったエコシステム(生態系)を見下ろした。
カメラに向かって甘えるだけで、遠隔から物資が無限に届く魔法のシステム『ルナ・イーツ』と、太客の奪い合いに敗れて下請けのようにサーモンに群がる極貧アイドル。
ルナ・シンフォニアという反社エルフに続き、今度は『現代のSNSの闇(承認欲求モンスター)』が、このポポロ村のローカル環境にマージされてしまった。
「カナタさん……このままだと、村が配信者の企画にされちゃいますぅ……」
キャルルがウサギ耳をペタンと寝かせて不安そうに俺を見上げる。
「分かっている。これ以上、勝手なトラフィック(配信)で村の帯域を占領させるわけにはいかない。PMとして、早急にシステムの監査を行う必要があるな」
俺は冷めたコーヒーを飲み干し、寿司を頬張る天使族のゴッドチューバーに向かって、重い足取りで歩み寄っていった。
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