EP 8
善意の市場破壊と、インフラ粉砕ゴーレム
天然エルフが引き起こした『パチンコ店での不正受給事件』から一夜明けた、ポポロ村の朝。
俺は村長宅の縁側で、胃薬を白湯で流し込みながら、深い安堵の息を吐いていた。
「……よし。今日は朝から異常な魔力反応もない。リーザはまだ寝ているし、アマネも静かだ。ようやく、俺の平穏な休日(メンテ日)が訪れたようだな」
過酷なプロジェクト(ポポロ村防衛・経済特区化)を回すPMにとって、何も起きない日常こそが最大の報酬である。
だが、このファンタジー世界において、俺のそんなささやかな願いが叶った試しは一度としてなかった。
「カ、カナタさぁぁぁぁぁぁっん!!」
ズサァァァァッ!!
庭の垣根を飛び越え、ウサギ耳を振り乱したキャルルが、顔面を土気色にして飛び込んできた。
「だ、大事件ですぅ! ポポロ村の農業経済が……村の一次産業システムが、完全に崩壊しちゃいましたぁぁっ!」
「はぁ!? 農業経済が崩壊!? どういうことだ、昨日の夜までは平和だっただろ!」
「ル、ルナ様ですぅ! ルナ様が、広場でとんでもないことを……っ!」
俺は白湯の入った湯呑みを放り投げ、スラックスのままキャルルと共に村の中央広場へと全速力で駆け出した。
広場に到着した俺の目に飛び込んできたのは、文字通り『目を疑うような絶望の光景』だった。
「……なんだこりゃあ」
ポポロ村の広場が、巨大な『山』で埋め尽くされていた。
それは土砂でもガレキでもない。朝露に濡れ、ピカピカと魔力的な輝きを放つ、世界樹レベルの極上オーガニックトマト、レタス、太陽芋、そして甘い香りを放つメロンサイズの苺の山だった。
広場全体を埋め尽くすほどの、致死量の野菜と果物。
その野菜の山の頂上で、フワフワのお嬢様ドレスを着たルナ・シンフォニアが、天使のような笑顔で村人たちに手を振っていた。
「さあ、ポポロ村の皆様! 遠慮はいりませんわよ! 私が自然の精霊さんにお願いして、皆様の食卓が豊かになるように『無限のお野菜』をご用意いたしましたの♡ 全部、無料で持っていってくださいな!」
「あはっ♡ 最高ですのーっ! 食費が……私のエンゲル係数が、ついに完全なる『ゼロ』になりましたわーっ!」
ルナの足元では、オリーブ色の芋ジャージを着たリーザが、トマトを両手に抱えてカブトムシのように貪り食っている。
だが、狂喜乱舞しているのは極貧地下アイドル(リーザ)ただ一人だった。
広場に集まった村の農家のおじさんたちは、誰一人として喜んでいない。それどころか、自分たちが丹精込めて育てた野菜の入ったカゴを抱えながら、その場にへたり込んで大号泣していたのである。
「お、俺たちの育てた『たまんネギ』が……ただのゴミになっちまったぁぁっ!」
「お終いだ! こんな極上の野菜が『無料』で無限に配られたら、俺たちの育てた野菜なんて誰が一円で買ってくれるんだ! 村の市場が死んだぁぁっ!」
農家のおじさんたちの手からこぼれ落ちた『ネタキャベツ』が、地面を転がりながら悲痛なゴシップ(悲鳴)を叫ぶ。
『号外! 号外よぉぉっ! ポポロ村の農作物の市場価値、一瞬にしてゼロ円に大暴落! 今日からアタシたちはただの家畜の餌よぉぉっ!』
「……おい、ルナ!!」
俺は広場の野菜の山を掻き分け、頂上にいる天然エルフに向かって怒鳴りつけた。
「お前、自分が何をやったのか分かってるのか!? これじゃ完全な『市場破壊(デフレ崩壊)』だぞ!!」
「えっ? カナタさん、おはようございますわ♡ 市場破壊だなんて、人聞きの悪い。私はただ、村の皆さんが毎日美味しいものを食べられるように、善意で無償の施し(ボランティア)をしただけですのよ?」
ルナは本気で不思議そうに小首を傾げた。
「善意のボランティアだと!? ふざけるな、経済のアルゴリズムを舐めるな!」
俺は額に青筋を立てて、この恐るべきエラーの構造を叩きつけた。
「お前が『無料』で『無限』に最上級の農作物を市場(村)にデプロイすれば、需要と供給のバランスが完全にクラッシュする! 誰も農家から野菜を買わなくなり、農家の収入はゼロになる! 農家が金を落とさなければ、村の商店も潰れ、経済が完全に停止するんだよ! お前の善意は、村の一次産業に対する完全な『DDoS攻撃(サービス妨害)』だ!」
「でぃーどす……?」
「要するに、お前のせいで村人全員が飢え死にするって言ってんだよ!!」
俺の絶叫に、ようやく事の重大さ(村人たちが泣いている理由)に気がついたルナが、「はうっ!」と口元を押さえた。
「そ、そんな……! 私、皆様に喜んでもらおうと思っただけなのに……! ごめんなさい、私ったら、とんでもないことを……っ」
大粒の涙をポロポロとこぼし始めるルナ。
根が純粋なだけに、自分が悪気なくテロ行為に及んでいたことに気づくと、一気に反省モードに入るのがこのエルフの厄介なところだ。
「分かってくれたならいい。すぐにお前の魔法をキャンセルして、この野菜の山を片付け……」
「そうですわ! 村の皆様の心を傷つけてしまったお詫びに、せめて『お掃除』だけでも私にさせてくださいませ!」
「……は?」
俺が止める間もなく。
ルナは涙を拭い、ビシッと空に向かって両手を掲げた。
「大地に眠る岩の精霊さん! 私の過ち(お野菜)を片付けるために、ちょっとだけお手伝いをお願いしますの!」
——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!
突如として、ポポロ村の広場の大地が、激しい地震のように揺れ始めた。
「な、なんだ!? 今度は何が起きるんですぅ!?」
キャルルが俺の背中にしがみつく。
広場の石畳がバキバキと砕け散り、地中から『それ』が這い出してきた。
「……おいおいおい。冗談だろ」
俺は顔面を蒼白にして、そのバケモノを見上げた。
現れたのは、全身が強固な岩盤で構成された、体高十メートルは下らない『超巨大なアース・ゴーレム』だった。
「オオォォォォォォ……ッ」
重低音の咆哮が響く。ただそこに立っているだけで、圧倒的な質量による重圧が周囲の空気を歪ませている。
「ふふっ♡ この子なら、力持ちですから、あっという間に広場のゴミ(お野菜)を片付けてくれますわ!」
ルナが天使の笑顔で指示を出す。
「さあ、ゴーレムさん! お掃除スタートですの!」
「オオォォォォッ!!」
超巨大ゴーレムが、命令に従って一歩を踏み出した。
ズッドォォォォォンッ!!
「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」
ゴーレムの足が広場の石畳を踏み抜いた瞬間、村のメインストリートがクレーターのように陥没した。
地中に埋設されていた水道管(魔導パイプ)が破裂し、間欠泉のように水が吹き上がる。
「お、俺の家がぁぁぁっ!」
ゴーレムが野菜を拾い上げようと巨大な腕を振るうたびに、余波で周囲の民家の屋根が吹き飛び、柵が粉砕されていく。
「アホかぁぁぁぁっ!!」
俺は絶叫し、崩れゆく広場の中で頭を抱えた。
「ゴミ拾いのスクリプト(処理)に、なんでそんな超重量級のバケモノ(ハードウェア)をアサインするんだよ! 処理能力とマシンスペックが釣り合ってねえんだよ!!」
「あらぁ? なんだか地面がボコボコになってしまいましたわね。ゴーレムさん、足元に気をつけてくださいな♡」
「オオォォォン……(ズドォォォン!!)」
ルナののんきな注意も虚しく、ゴーレムが向きを変えるだけで、村のインフラが次々と物理的に粉砕されていく。
経済のバグ(デフレ崩壊)を引き起こした直後に、今度はインフラの物理的破壊。
ソフトウェアとハードウェアの両面から村を滅亡に追い込む、究極のコンプラ破壊コンボだ。
「ひぃぃぃっ! カナタさん、逃げてください! 村が、村が更地にされちゃいますぅ!」
キャルルが涙目で俺の腕を引く。
村人たちはパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。リーザだけは「ああっ! 私のお野菜が踏み潰されますのぉっ!」とゴーレムの足元でトマトを拾い集めているが、放っておけば数秒後にはミンチになるだろう。
「……逃げてる場合か」
俺はスラックスのポケットから、冷たい金属の感触を力強く握りしめた。
ここで村のインフラが全損すれば、せっかく立ち上げた防衛・経済システムが水泡に帰す。PMとして、これ以上の致命的なエラーログをサーバーに刻ませるわけにはいかないのだ。
「キャルル! 村人たちを安全な場所へ誘導しろ! ここは俺がデバッグする!」
「カ、カナタさんっ……!?」
俺は、地鳴りを上げて暴れ回る超巨大ゴーレムと、広場を埋め尽くす野菜の山に向かって、真っ直ぐに駆け出した。
手にした『アパートの鍵』を、朝陽にきらりと反射させる。
天然エルフが巻き起こした最悪の市場崩壊とインフラ粉砕のダブルパニック。
俺の社畜人生で培われた『極限のシステム監査(物理ハッキング)』が、いよいよ本格的に火を噴こうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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