EP 9
マイナス×マイナス=大黒字と、市場回復の錬金術
「オオォォォォォォ……ッ!!」
超巨大なアース・ゴーレムが咆哮を上げ、ポポロ村の広場を無差別に粉砕していく。
天然エルフのルナ・シンフォニアが『広場の野菜を片付けるためだけ』に召喚したこの規格外のハードウェアは、完全にオーバースペックの熱暴走を起こしていた。
「カナタさん、危ないですぅ! 逃げてくださぁぁっ!」
キャルルが安全な場所から悲鳴を上げる中、俺はスラックスのポケットから『アパートの鍵』を抜き放ち、地鳴りを上げて暴れ狂うゴーレムの足元へと肉薄した。
(物理的に破壊するのは不可能だ。だが、どんな巨大なシステムにも、必ずそれを動かす『動力源』が存在する!)
俺の目は、ゴーレムの岩石で構成されたボディの奥深く——胸の中央で脈動する、強烈な魔力の光を捉えていた。ルナが大地から汲み上げた魔力をゴーレムの全身に循環させている、いわばシステムの電源ケーブル(供給ライン)だ。
「——デバッグの時間だ」
俺は、ゴーレムが踏み下ろしてきた巨大な足の側面にある岩の隙間——魔力の脈絡が表面に露出しているポイントに、鍵の先端を深々と突き立てた。
「システム・オーバーライド。対象、アース・ゴーレムの動力コアから全身への『魔力供給ルーティング』」
俺は管理者権限で、ゴーレムの駆動プロセスを直接叩く。
「——『強制ロック(供給遮断)』!」
カチャリ。
透き通るような解錠(施錠)音が、ゴーレムの重低音を切り裂いて響き渡った。
「ピタッ」
その瞬間。
振り上げられていたゴーレムの巨大な腕が、空中で不自然に静止した。
胸の奥で光っていた魔力の脈動がフッと消え失せ、ゴーレムの全身を覆っていたプレッシャーが完全に霧散する。
「ガ、ガラガラガラッ……ドッシャァァァァァァン!!」
魔力による結合を失った超巨大ゴーレムは、自らの質量を支えきれなくなり、ただの土塊と岩石の山となって、広場の端に崩れ落ちた。
「……ふぅ。タスクキル(強制終了)完了だ」
俺が鍵をポケットにしまい、土煙の中でむせながら呟くと、遠くで見ていた村人たちから割れんばかりの歓声が上がった。
「さ、さすがカナタさんだ! あんなバケモノを、一瞬でただの土の山に変えちまった!」
「やっぱりあの兄貴は、物理法則をハッキングする伝説のPMだぜ……っ!」
「あらぁ? お掃除が終わる前に、ゴーレムさんが眠ってしまいましたわ」
土煙が晴れた広場の中心で、お嬢様ドレスのルナが不思議そうに首を傾げている。
「お前なぁ……! インフラ(道路)をボコボコにされて、これ以上お掃除(破壊)を続けられてたまるか!」
俺が青筋を立てて怒鳴ると、広場の惨状を見ていた農家のおじさんたちが、再びワッと泣き崩れた。
「うおぉぉん! ゴーレムは止まっても、俺たちの村の経済はもう終わりだぁ!」
「そうだ! ゴーレムに半分踏み潰されて、野菜も泥だらけになっちまった! 無料で配られた挙句に、こんなグチャグチャじゃ、もう商品価値はゼロだぁぁっ!」
おじさんたちの言う通りだった。
広場を埋め尽くしていた『世界樹クラスの極上野菜と果物』は、ゴーレムの足に踏みにじられ、見るも無残なペースト状に潰れかけていた。
無料で配給されたことによる【価格破壊】。
それに加えて、商品が物理的に破損したことによる【価値の全損】。
ルナが引き起こしたマイナスの事象が掛け合わさり、ポポロ村の一次産業は完全なる絶望の淵に立たされていた。
「私の……私の極上ヴィーガンサラダが、泥まみれですのぉぉっ!」
リーザが潰れたトマトを抱きしめて号泣している。
「カナタさん……どうしましょう。このままじゃ、村のおじさんたちが首をくくっちゃいますぅ……」
キャルルが不安げに俺の袖を引く。
「……落ち着け。価値がゼロ(バグ)になったなら、付加価値をつけて別のアプリケーションとして『再デプロイ(再展開)』すればいいだけの話だ」
「えっ?」
俺は周囲を見渡し、リーザに向かって指を鳴らした。
「おい、リーザ! お前、今日お風呂に入ったか!?」
「は、はい? 朝風呂にしっかり浸かりましたけど……それが何か?」
「よし、お前の『残り湯(人魚の極上出汁)』の在庫を全部持ってこい! それからアマネ、村の備品から一番デカい樽を用意しろ!」
「わ、分かりましたぅ!」
PMとしての俺の迅速な指示に、バグだらけのメンバーたちがマッハの速度で動き出す。
数分後。広場の中央には、巨大な木樽が設置され、その中にリーザの『残り湯(濁ったお湯)』がナミナミと注ぎ込まれた。
「おじさんたち! 潰れかけた野菜と果物を、泥を落として全部この樽の中に放り込め!」
「ええっ!? か、カナタの旦那、そんな残飯みたいなものを集めてどうするつもりだ!?」
「いいからやれ! 俺が全て大黒字に変換してやる!」
半信半疑のおじさんたちが、潰れたトマト、レタス、太陽芋、甘い苺などを次々と樽の中に放り込んでいく。
樽の中は、濁った残り湯と潰れた野菜が混ざり合った、この世の終わり(地獄の生ゴミ)のような見た目と匂いを放つ謎の液体で満たされた。
「ひぃぃっ! カナタさん、それ絶対にお腹壊す毒薬ですぅ!」
キャルルが鼻を摘んで後ずさる。
「ここからが俺の腕の見せ所だ」
俺は樽の前に立ち、スラックスから『アパートの鍵』を抜き放った。
「ルナ! この樽の中に、お前の全属性魔法で『強力な風の渦』を発生させろ!」
「まあ♡ お料理のサポートですのね! お任せくださいな!」
ルナが楽しそうに指を振ると、樽の中でゴアァァァッ! という音を立てて強烈な竜巻が発生し、中の野菜と果物、そしてお湯が木っ端微塵に粉砕され、混ざり合っていく。
俺はその激しく渦巻く液体の表面に、鍵の先端を突き立てた。
「システム・オーバーライド! 対象、樽の中の『不純物(泥や雑菌)』の完全ロック(隔離)。および、野菜のビタミン、果物の糖分、そして人魚の回復魔力成分の——」
俺は、前世で培った最適化のコマンドを唱える。
「——『分子間乳化ロック(究極ブレンド)』!!」
カチャァァァンッ!!
鍵の解錠音が響いた瞬間。
地獄の生ゴミのようだった樽の中の液体が、一瞬にして眩いばかりの『クリアグリーン』へと変色した。
泥や雑菌のノイズは完全に隔離され、代わりに、果物の爽やかな甘い香りと、新鮮な野菜の青々とした匂いが広場全体にフワリと広がったのだ。
「こ、これは……っ!?」
「完成だ」
俺は額の汗を拭い、ドヤ顔で樽を指差した。
「前章で大ヒットしたエナジードリンクの進化版。野菜の完全栄養食と、果物の極上の甘味、そして人魚姫の疲労回復魔力が完璧にマージされた究極のソリューション……名付けて『ポポロ・マーメイド・フルーティブレンド(完全栄養食版)』だ!」
「ふ、ふるーてぃぶれんど……っ!!」
リーザが樽の中を覗き込み、ゴクリと喉を鳴らした。
「おじさんたち、このドリンクを『一杯・銀貨二枚』で売り出せ。原料はタダ同然のお前らの野菜と、リーザの風呂の湯だ。売上は全部お前ら農家で山分けしていい」
「ぎ、銀貨二枚!? ただのジュースにそんな高値がつくわけ……」
農家のおじさんが言いかけた、その時だった。
「おおおおおっ……!! なんだこの、五臓六腑を直接刺激するような、極上の甘い匂いはぁぁっ!」
ズドドドドドドッ!!
地響きとともに、広場に猛ダッシュで殺到してきたのは、三国駐留所からやってきた数百人の兵士たちだった。
彼らの先頭を走るガルフ将軍が、血走った目で樽にすがりつく。
「あ、兄貴! その緑色の聖水は……もしかして、あの『ポポロ・マーメイド』の新作っすか!?」
「ああ。今回は果物の甘味と、野菜の栄養価も追加で実装されている。お前らの過労の身体には劇的に効くぞ」
「うおおおおっ! 買う! 買わせてくだせぇ! ここ数日の激務で、俺たちの体力はゼロよかマイナスなんすよ! 金ならいくらでも払うっす!!」
ガルフが銀貨を鷲掴みにして樽の前に叩きつけると、それに続くように三国兵士たちが「俺にも!」「金貨でもいいから売ってくれ!」と狂乱の争奪戦を始めた。
「さささっ! 皆様、一列に並んでくださいませーっ! 私の出汁と極上お野菜の夢のコラボレーションですわよーっ!」
「限定生産ですぅ! 今すぐ買わないと後悔しますぅ!」
売り子としてマッハでレジ(空き箱)の前に立ったリーザとアマネが、飛ぶようにエナジードリンクを売り捌いていく。
ゴクッ、と緑の液体を喉に流し込んだ兵士たちが、次々と「ふおおぉぉっ! 美味ぇぇっ! しかも全身の細胞が新生するような感覚……っ!」「闘気が、闘気が前回の倍は溢れてきやがるぅっ!」と歓喜の雄叫びを上げていく。
一杯・銀貨二枚というボッタクリ価格にも関わらず、長蛇の列は途切れることなく、樽の中のドリンクは瞬く間に空っぽになっていった。
「お、おい……嘘だろ」
農家のおじさんたちが、空き箱に山のように積まれた『銀貨と金貨の山』を見て、腰を抜かして震え上がった。
「潰れてゴミになるはずだった野菜が……ただのジュースになっただけで、元の市場価格の何十倍もの『大黒字』になっちまった……っ!」
「カナタの旦那……あんた、神様か!? いや、錬金術師を通り越して、経済の魔術師だぁぁっ!」
農家のおじさんたちが、俺に向かって深々と土下座をしながら拝み始めた。
——天然エルフの暴走による【無料配給のデフレ(マイナス)】と、【物理的破損】。
その二つの致命的なバグを掛け合わせ(マイナス×マイナス)、俺の『鍵使いのハッキング』という媒介を通すことで、付加価値のついた【超絶大黒字】へと完全変換してみせたのだ。
「……ふぅ。とりあえず、PMとしての面目は保ったな」
俺が冷や汗を拭いながら安堵の息を吐き出していると、ルナが「カナタさん、すごいですわ♡ 私の出したお野菜が、皆さんの笑顔に変わりましたのね!」と無邪気に微笑んできた。
「お前のマイナスをゼロに戻して、さらにプラスに書き換えるための俺の苦労を少しは理解しろ」
俺が呆れてツッコミを入れた、その時だった。
◆
ポポロ村を見下ろす岩山の陰。
高級な葉巻を咥えたゴルド商会のオロチ会長は、魔導双眼鏡越しに広場での一部始終を見届け、恐怖でガタガタと全身を震わせていた。
「…………恐ろしい。恐ろしい男だぎゃあ、高木夏那太」
オロチの蛇の瞳が、恐怖と畏敬で収縮する。
「わざと狂ったエルフに市場を崩壊させ、農民たちを絶望の淵に突き落とす。そして、価値がゼロになったゴミ同然の野菜をタダ同然で回収し……たった数分で『高付加価値のエナジードリンク』へと錬金し、兵士たちから莫大な利益を搾り取った……っ!」
オロチの脳内で、カナタの行動が完全に『極悪非道なマッチポンプの経済テロ』として変換(バグ解釈)されていた。
「あの『市場破壊』すらも、全ては農家から原価ゼロで材料を仕入れるための、彼奴の計算だったというのか……! マイナスとマイナスを掛け合わせて、莫大な利益を生み出す。悪魔のようなビジネスモデルだぎゃあ……!」
大陸最大の商人すら戦慄させる、伝説のPM・カナタの『冷酷なる天才プロデューサー』としての悪名は、ここに至ってついに限界突破の域へと達したのである。
「うぅ……胃が痛い……。早く家に帰って寝たい……」
そんな裏社会の過剰評価など露知らず。
俺はただ、連日のトラブル対応で削られまくった胃壁をさすりながら、静かに空を見上げていたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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