EP 7
パチンコ不正受給作戦と、チートツールの末路
ポポロ村の村長宅の裏庭。
人目につかない納屋の陰で、怪しげな密談を交わしている三つの人影があった。
「……いいか、リーザちゃん。PMの野郎は『ルナ様の魔法を直接犯罪に使うな』って言ったよな? だが、これは犯罪じゃねえ。あくまで『合法的な遊技』の範疇での、ちょっとしたアシストだ」
「ええ、分かっていますわ、フェイトさん。パチンコは遊技。そこで獲得した景品を換金所で交換するのは、ルナミス帝国でも認められた正当なシステム(三店方式)ですの。そこにルナ様の魔法が少し介入したところで、誰が文句を言えますの?」
ギャンブル廃人のA級冒険者・フェイトと、極貧地下アイドルのリーザが、邪悪な笑みを浮かべて頷き合っている。
その中心にいるのは、フワフワのお嬢様ドレスを着た天然エルフ、ルナ・シンフォニアだった。
「まあ♡ つまり、私が少し『物理法則をお手伝い』するだけで、お二人が笑顔になって、村の経済も潤うということですのね?」
「その通りっす、ルナ様! ルナ様が石ころから作った『三日で消える偽金』で銀玉を借りて、あとは盤面を転がる玉を、ルナ様の『念動力』でアタリの穴(Vゾーン)にねじ込んでくれるだけでいいんすよ!」
「ふふっ。簡単なことですわ! お友達の頼みですもの、喜んで協力いたしますの♡」
ルナが純度百パーセントの天使の笑顔で了承する。
コンプライアンスの概念が完全に死滅している三人のアライアンス(同盟)が結ばれた瞬間だった。
◆
一時間後。
ルナミス帝国の歓楽街にある巨大な遊技場——『ルナミスパーラー』。
魔導ネオンがチカチカと輝き、大音量のBGMと銀玉の弾ける音が鼓膜を叩くこの空間は、フェイトにとって実家のような安心感を覚える場所だった。
「へへへ……。ここならPMの監視の目も届かねえ。さあ、勝負の時間だぜ!」
フェイトとリーザが横並びで座ったのは、ルナミスパーラーの看板機種『CR異世界転生トラックでドン!』の最新台だった。
背後には、ドレス姿のルナがにこやかに立っている。
「まずは軍資金ですわね。えいっ♡」
ルナがポケットから取り出したただの小石に魔法をかけると、それは一瞬でピカピカの『金貨(偽物)』へと姿を変えた。
「よっしゃあ! 店員さん、玉貸してくれぇ!」
フェイトが偽金を投入し、大量の銀玉をサンドから引き出す。
三日で石に戻る偽金による、完全な詐欺的玉借り。すでにこの時点で重罪だが、彼らの倫理観にブレーキはない。
「さあ、ルナ様! 俺がハンドルを握って玉を打ち出す! ルナ様は、あの赤いチャッカー(入賞口)に玉を誘導してくれ!」
「お任せくださいな♡ 風の精霊さん、少しだけお手伝いをお願いね」
ルナが優雅に指先を振る。
ジャララララッ! フェイトがハンドルをひねり、銀玉が盤面へと打ち出された。
通常ならば、無数に打ち付けられた真鍮の釘に弾かれ、予測不能な軌道を描いて落ちていくはずの銀玉。
しかし——。
「お、おおおっ……!?」
盤面に放たれた銀玉たちは、まるで意思を持っているかのように空中でクイッと軌道を変え、釘の隙間をスルスルと縫うようにすり抜け、赤いチャッカーへと次々に吸い込まれていくではないか。
物理法則を完全に無視した、念動力によるゴト行為。
「入る! 全部入りますわ! すごい、すごいですのルナ様ぁぁっ!」
リーザが狂喜乱舞して台のガラスをバンバンと叩く。
チャッカーに玉が入りまくり、台の液晶画面が激しくフラッシュを始めた。
『キュインキュインキュイーン!!』
「キタキタキタァァァッ!! 激アツ演出だぜぇぇっ!」
画面の中で、主人公のトラックが魔王軍に向かって突撃していく。
そして、画面がブラックアウトした直後——。
『ガオッ! ガオッ! ガオガオオオオン!!』
「出たぁぁぁっ! 『聖獣機神ガオガオン・カットイン』だぁぁっ! 信頼度九十五パーセントの激アツリーチだぜぇ!」
フェイトが脳汁を吹き出しながら立ち上がる。(ちなみにハズレの場合は、ルチアナ女神のコタツ部屋の映像が流れて絶望の淵に叩き落とされる仕様だ)。
ピリリリリィィィン!!
見事図柄が揃い、大当たりのファンファーレがパーラーに鳴り響いた。
「あははははっ♡ 大勝利ですわ! 出玉が、出玉が滝のように溢れてきますのよぉぉっ!」
リーザが芋ジャージの裾を広げ、ジャラジャラと吐き出される銀玉を受け止めようと必死になっている。
「皆様の笑顔が見られて、私もとってもハッピーですわ♡ さあ、どんどんチャッカーに入れて差し上げますの!」
ルナが天然の笑顔で念動力を送り続ける。
出玉のドル箱が、一台の後ろに山のように積み上げられていく。
偽金によるノーリスクの投資と、念動力による百発百中の大当たり。
それは、パチンコという確率のゲームを根底から破壊する、完全なる『チートツール(外部干渉)』の暴虐だった。
「……てめぇら。俺の監視を逃れて、こんなところで派手なバグを発生させてたのか」
ゴゴゴゴ……ッ。
背後から、地獄の底から響くような極低温の声が聞こえた。
「ひっ!?」
フェイトとリーザが、ビクンッ! と肩を震わせて振り返る。
そこに立っていたのは、怒りで顔の半分に陰影を落とし、スラックスのポケットに両手を突っ込んだ俺——カナタだった。
「カ、カナタの兄貴!? ど、どうしてここに……!?」
「キャルルに聞いた。お前らがコソコソと『完全合法のシノギを見つけた』ってルナを連れ出したってな。……嫌な予感がして追ってきてみれば、案の定だ。偽金で玉を借りて、念動力でVゾーンを直撃させる? 完全に『ゴト行為(犯罪)』じゃねえか!!」
俺が激怒して詰め寄ると、リーザは芋ジャージの胸を張って反論した。
「ち、違いますの! これはチートではありませんわ! ちょっとした『魔法による遊技のアシスト』ですのよ!」
「そうだぜ兄貴! 盤面の釘を読むのも実力なら、念動力で玉を導くのも実力のうちだろ! 俺たちはシステムのルール(仕様)の中で戦ってるだけだ!」
「ふふっ♡ カナタさんも、一緒に遊びませんこと? 今なら大盤振る舞いですわよ!」
コンプライアンスの欠片もない三人のクソめが。
外部ツール(魔法)によるパラメーターの改ざんは、サーバー(店)側からすれば一発でアカウントBAN(出禁・警察沙汰)される重罪だ。
「システムのルールだと? ふざけるな、そんな不正なリクエスト(出玉)をサーバーが許容するわけないだろ!」
俺はスラックスから『アパートの鍵』を抜き放った。
「——デバッグの時間だ」
俺は稼働中のパチンコ台のガラスケースに、鍵の先端をガンッ! と押し当てた。
「システム・オーバーライド。対象、パチンコ台内部を転がるすべての銀玉の『運動ベクトル』」
俺は管理者権限で、念動力という不正な外部干渉を強制的にシャットアウトする。
「——『座標完全ロック(フリーズ)』!」
カチャリ。
解錠音が遊技場の騒音を切り裂いた瞬間。
「えっ……?」
「玉が……宙に浮いたまま止まってるっす!?」
盤面をスイスイと転がっていた無数の銀玉が、まるで時間が止まったかのように、空中のあり得ない位置でピタリと静止したのだ。
ルナが「あら?」と指先を振って念動力を送ろうとするが、俺の『鍵』による物理ロックの前に、銀玉は1ミリも動かない。
「ああっ! 私のアタッカーが! 出玉の排出が止まりましたのぉぉっ!」
リーザがパチンコ台にすがりついて悲鳴を上げる。
当然だ。玉の動きが完全にフリーズしたことで、台の内部のセンサーがエラーを検知し、大当たりの動作が強制停止したのだ。
「バ、バカな……! 俺のガオガオン確変が、こんな理不尽なデバッグで終わっちまうなんて……っ!」
フェイトが頭を抱えて絶望する。
「当たり前だ。これ以上のエラー吐き出し(出玉)は、俺がPMとして許可しない」
その時だった。
『ピーッ! ピーッ! エラー発生、店員をお呼びください』
俺が無理やり玉をロックしたせいで、パチンコ台の上部のランプが激しく赤色に点滅し、大音量のエラー音を鳴らし始めた。
「おや? お客さーん、台の調子がおかしいですか? ……って、えええっ!? ガラスの中で、玉が空中に浮いて静止してるぞ!?」
異常に気付いたルナミスパーラーの店員が、血相を変えてこちらに駆け寄ってくる。
「おい、あそこの客、ゴト師(不正行為者)だぞ! 警備員を呼べぇっ!」
「ヤバい、店側(運営)のセキュリティに検知された!」
俺は舌打ちをし、アパートの鍵をポケットに突っ込むと、フェイトの襟首とリーザのジャージの襟を両手でガシッと掴んだ。
「おら、さっさと強制ログアウト(逃亡)するぞ!!」
「嫌ぁぁぁぁっ! 私のドル箱が! 私の景品の換金がぁぁぁっ!」
「俺の出玉ぁぁぁっ! せめて換金ギャップ分だけでも……!」
「あらあら、急にお帰りですの? なんだか慌ただしいですわね♡」
泣き叫ぶギャンブル廃人と地下アイドルを引きずり、天然エルフの背中を押し出しながら、俺は店員たちの追跡を躱してルナミスパーラーの裏口からマッハの速度で飛び出した。
◆
ルナミス帝国の裏路地。
息を切らして逃げ延びた俺たちの前で、フェイトとリーザが地面に突っ伏して血の涙を流していた。
「……終わった。俺たちの完全合法のシノギが、PMの理不尽なアップデート(物理ロック)で完全に潰された……」
「私の金貨が……。せっかくタワマンへの第一歩を踏み出したと思いましたのに、現実はシビアですぅぅっ……!」
「お前らなぁ……」
俺は乱れた息を整え、額に青筋を立てながら二人を見下ろした。
「偽金で玉を借りた挙句、念動力でチートを使ってゴト行為。パチンコ屋の出禁(垢BAN)だけで済んでよかったと思え。もし警察に捕まってたら、今頃お前ら豚箱で反省文書かされてたぞ」
「でもぉ……! あそこまで出玉を積み上げたんですから、せめて換金だけでもさせて欲しかったですの……!」
「その換金した金(偽金ロンダリング)が市場に出回ったら、ルナミスの経済がバグるんだよ! 俺が未然に被害を防いだってことに感謝しろ!」
俺が激しい説教をしている横で、ルナはキョトンとした顔で首を傾げていた。
「カナタさんって、本当に色々と細かいルールにうるさいんですのね。パチンコ屋さんも、たくさんの玉が出てピカピカ光って、とっても楽しそうでしたのに」
「……お前なぁ。自分の魔法が『犯罪』に加担してるって自覚、1ミリもないのか?」
「犯罪? 私はただ、風の精霊さんにお願いして、銀色の玉を小さな穴に導いてあげただけですわ♡ それで皆さんが笑顔になるなら、それは素晴らしい善行ではありませんこと?」
悪意ゼロのコンプラ破壊スマイル。
この天然エルフの前では、人間の作った法律やシステムのルールなど、ただの『面倒な縛りプレイ』でしかないのだ。
「……はぁ。ダメだ、こいつに言葉で説教しても、コンパイラ(理解)が通らない」
俺は深くため息を吐き、ズキズキと痛む胃を押さえた。
「いいか、お前ら。二度とルナの魔法を使って、パチンコやギャンブルで不正受給をしようと企むなよ。次やったら、お前らの財布の紐を物理的に『完全ロック』して、一生パンの耳生活にしてやるからな」
「「ひぃぃぃっ! それだけは勘弁してくだせぇ(ですの)!!」」
フェイトとリーザが、ガクガクと震えながらジャンピング土下座を決める。
こうして、天然エルフのチート能力を利用したパチンコ不正受給作戦は、俺のPMとしての迅速なデバッグによって、未遂のまま強制終了させられた。
だが、ルナの『善意の魔法』がもたらすバグは、こんな小手先のギャンブル犯罪だけにとどまるものではなかった。
次なる致命的なエラー(市場崩壊)の足音は、ポポロ村のすぐそこまで迫っていたのである。




