EP 6
反社アルゴリズムと、グレーゾーンITの闇
レオンハート特務部隊の筋骨隆々の獣人たちを総動員し、一〇〇キロの純金を圧縮した『極小の黄金サイコロ』を村長宅の地下室へ運び込ませ、分厚いコンクリートを流し込んで完全な塩漬け(オフライン封印)にしたのは、その日の昼下がりのことだった。
すべてのデバッグ作業(肉体労働)を終え、俺は居間の畳に大の字になって倒れ込んでいた。
「ふぅ……。お疲れ様でした、カナタさん。これ、冷たいお茶ですぅ」
キャルルがウサギ耳を労わるように揺らしながら、麦茶の入ったグラスを差し出してくれる。
「ああ、サンキュ……。マジで寿命(サーバーの稼働限界)が縮んだぞ……」
俺が身を起こして麦茶をあおっていると、食卓の向こう側で、天然エルフのルナ・シンフォニアが、魔法で生成した優雅なティーカップに紅茶を注いでいた。
「カナタさんは、本当に大袈裟ですわね。たかがお小遣いを少し地下にしまっただけで、そんなに疲労困憊になるなんて。エルフの森では、運動不足は美容の敵ですのよ?」
悪びれもせず、フワフワのお嬢様ドレスを揺らしてクスクスと笑うルナ。
俺は麦茶のグラスを置き、じろりと彼女を睨みつけた。
「……おい、ルナ。お前、この数日間で自分がこのポポロ村にデプロイ(展開)した魔法の数々を、客観的に振り返ってみたことがあるか?」
「え? 魔法の数々、ですか?」
ルナが小首を傾げる。
俺は指を折りながら、彼女がもたらした『善意のコード』を羅列し始めた。
「一つ。三日で元の石コロに戻るという『偽金(データ偽装)』を生成し、市場で流通させようとした」
「はい♡ お得なお買い物術ですわね!」
「二つ。金に困っているリーザに対し、臓器(腎臓)を摘出しては即座に魔法でヒールして再生させるという、『無限臓器売買ループ』を提案した」
「はい♡ エコでサステナブルな錬金術ですわ!」
「三つ。ガラの悪い役人を追い返すため、対象の脳内に直接快楽物質と幻覚を注入する植物『ハッピー・ドリーム』を使用し、ノーコストで架空の領収書を切らせた」
「はい♡ 誰も傷つかない、平和的なおもてなし(接待)ですわ!」
ルナはニコニコと笑いながら、すべてに肯定の相槌を打った。
俺は深くため息を吐き、頭を抱えた。
「……お前、分かってないのか? これらの一連のアルゴリズム、前世の地球(日本)の法律に照らし合わせたら、どれも一発で実刑判決(アカウントBAN)を食らう『反社ビジネス』のシノギそのものだぞ!!」
「はんしゃ……びじねす?」
「そうだ! 三日で消える偽金は『偽造通貨行使』および『スキャムコイン(詐欺仮想通貨)』のポンジ・スキーム! 無限臓器売買は言わずもがな『臓器移植法違反』と『傷害罪』の極悪コンボ! そしてハッピー・ドリームの幻覚接待は『違法薬物の密造・使用』と『脱税のためのフロント企業工作』だ!」
俺が声を荒げてコンプライアンスの重要性を叩きつけると、居間にいた面々は目を丸くした。
「……カナタの兄貴。言ってる言葉の半分は分からねえが、つまりそれって『スゲェ儲かる(チート)』ってことじゃねえか?」
縁側でゴロ寝していたギャンブル廃人のフェイトが、鼻をほじりながら身を起こした。
「そうだぜ。三日で消える前に別の街に逃げりゃあ完全犯罪だし、臓器だって元通りに治るなら誰も損しねえ。幻覚の植物に至っては、嫌な役人をノーリスクで追い返せる神魔法じゃねえか。倫理とか法律とか、そんなお行儀のいいルール気にしてたら、この理不尽な世界は生き抜けねえぞ?」
「そうですわ! フェイトさんの言う通りですの!」
リーザがオリーブ色の芋ジャージをバサッと翻し、フェイトの言葉に激しく同意した。
「私は昨日まで、パンの耳と雑草で命を繋いできた底辺サバイバーですわ! 生きるか死ぬかの極限環境において、コンプライアンスなんて言葉は、お腹を膨らませてくれませんのよ! ルナ様の魔法は、貧しき者を救う究極のソリューションですわーっ!」
ダメだ。こいつら、倫理観という名のファイアウォールが完全に死んでいる。
前世を知らないファンタジー世界の住人(特にドブ泥を啜ってきた底辺層)にとって、ルナの提案する反社ビジネスは「魔法を使った賢い生存戦略」にしか見えていないのだ。
「……違う。違うんだよ、お前ら」
俺が絶望していると、部屋の隅で洗濯物を畳んでいたアマネが、ガクガクと震えながら立ち上がった。
「カナタさんの言う通りですぅ……! そんなグレーゾーンのIT詐欺みたいなスキーム、絶対に手を出しちゃダメなんですぅ!」
日本人転生者の記憶(知識)を受け継ぐガチャ中毒の聖女が、血走った目でフェイトとリーザを指差した。
「いいですか!? そういう『ノーリスクで美味しい話(バグ技)』って、最初は甘い蜜を吸わせてくれるんですぅ! でも、必ず最後はシステムが破綻して、警察(騎士団)の強制捜査が入るんですよぅ!」
「だ、だから、その前に逃げれば……」
「逃げられませんぅ! なぜなら、こういう反社システムのスキームにおいて、一番最初に『トカゲの尻尾切り』として切り捨てられるのは、いつも私たちのような『末端の下請け作業員』だからですぅぅぅっ!」
アマネの叫びに、俺はハッとして顔を上げた。
「……アマネ。お前、分かっているのか」
「分かりますぅ! 鍵田竜様が遺した『地球の社畜録』に書いてありました! 会社のトップは『私は法的に問題ないと言われたので承認しただけです♡』って無傷で逃げるのに、現場でコードを書いてたプログラマーや、客に営業をかけてた末端の社員が、すべての責任を押し付けられて逮捕(BAN)されるんですぅ!」
「そうだ! その通りだアマネ!!」
俺はガシッとアマネの手を握りしめた。
前世のブラック企業で、上司が適当に受けた炎上案件の責任を、現場のSEである俺が一人で被らされ、一週間の不眠不休のデスマーチの末に過労死した、あの理不尽な絶望。
あの『末端の悲哀』を、このファンタジー世界で完璧に理解してくれる存在がいたなんて!
「カナタさん……! ルナ様のスキームも全く同じですぅ! 偽金を使うのも、臓器を売るのも私たち! もし騎士団に捕まったら、ルナ様は『あら? 私は善意で魔法をかけてあげただけですわ♡』って、無罪放免でエルフの森に帰っちゃうんですよぅ!」
「ひぃぃぃっ!?」
俺とアマネの迫真の『前世あるある(反社フロント企業の恐怖)』のプレゼンに、ようやく事の重大さに気づいたキャルルが、ウサギ耳を逆立てて悲鳴を上げた。
「わ、私たち、いつの間にかルナ様をトップに据えた『反社組織の鉄砲玉(捨て駒)』にされかけてたんですかぁぁっ!?」
「あらあら。失礼なことをおっしゃいますのね」
ルナはティーカップを置き、ふわりと優雅に微笑んだ。
「私は、お友達を売ったりなんてしませんわよ? もし騎士団の方々が来たら、一緒に捕まってあげますわ♡ エルフの寿命は長いですから、数百年くらい牢屋(豚箱)に入っても、ちょっとしたバカンスみたいなものですの!」
「俺たち人間は、数百年も豚箱に入ってたら寿命で死ぬんだよ!!」
俺はテーブルを叩いて絶叫した。
ルナの恐ろしいところは、本当に悪意がないことだ。「皆が笑顔になるなら(あるいは一緒に捕まるなら)、法律違反なんてちょっとしたお遊び(ハック)」程度にしか認識していない。
エルフという長寿の種族のスケール感と、天然の善意が、完璧なサイコパス(コンプラ破壊兵器)を生み出しているのだ。
「……分かりましたの」
俺たちの必死の説得(恐怖の共有)を聞いて、リーザが青ざめた顔でポンと手を打った。
「つまり、ルナ様の魔法を直接犯罪に使うから足がつくんですわ。もっと巧妙に、法の網の目を潜り抜ける『マネーロンダリング(資金洗浄)』のシステムを構築すれば——」
「するな!! お前はなぜそう、システムを悪用する方向にばかり頭が回るんだ!」
「だってカナタ・プロデューサー! 目の前にチートコード(ルナ様)があるのに使わないなんて、ゲーマーとして、いえ、サバイバーとしての怠慢ですわ! カナタさんだって、いつも鍵で物理法則をハッキングしてるじゃありませんの!」
「俺のハッキングは、村の平和と平穏な日常を維持するための『正当なシステム保守』だ! お前らみたいな私利私欲のバグ利用とは根幹の思想が違う!」
「同じ穴のムジナだろ……」とフェイトがボソッと呟いたが、俺は聞こえないフリをした。
「……はぁ。とにかく、この村で『ルナの魔法を使った直接的な金儲け』は絶対に禁止だ。これはPMとしての絶対命令(ルート権限)だ。分かったな?」
俺が釘を刺すと、リーザとフェイトは「ちぇっ」と不満げに舌打ちをした。
「カナタさんは本当に頭が固いですの。……ねえ、フェイトさん。ちょっと後で作戦会議をしませんこと?」
「へへへ。そうだな、リーザちゃん。PMの目を盗んで、こっそり『合法的な』シノギを見つけるのも、悪くねえ……」
極貧地下アイドルとギャンブル廃人が、部屋の隅で何やら怪しげなヒソヒソ話を始めている。
嫌な予感しかしない。
「……カナタさん。私、ルナ様が来てから、なんだか毎日家が燃えたり、警察に捕まったりする夢を見そうで、夜も眠れませんぅ……」
キャルルが涙目で俺のジャージの袖を掴んでくる。
「安心しろ、キャルル。俺の胃に穴が空くのが先か、この村が反社拠点としてBANされるのが先か、究極のチキンレースだ。俺が何としても、このイカれたシステムをデバッグしてやる」
俺はキャルルの頭をポンポンと叩きながら、再び深いため息を吐いた。
天然エルフのルナ・シンフォニア。
彼女が放つ『善意のマルウェア』は、確実に村の倫理観を蝕み始めていた。
そして、このバグだらけのメンバーが、俺の監視の目を盗んで暴走するまでに、そう時間はかからなかったのである。




