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異世界で『鍵使い』のハズレを引いたけど、極上メシを作ったら最強の剣士が弟子入りしてきた〜料理とハッキングで快適スローライフ〜  作者: 月神世一


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EP 5

世界樹の年金(純金一〇〇kg)と、ハイパーインフレの危機

 幻覚接待植物『ハッピー・ドリーム』による完全合法(?)の脱税システムが村に実装されてから数日。

 ポポロ村には、再び奇妙な平穏が訪れていた。

 ある晴れた日の朝。俺が縁側でコーヒーを啜っていると、村の大通りを土煙を上げて爆走してくる一台の荷馬車があった。

「どどど、どきやがれーっ! 商業ギルド・宅配便の特急配達だぁっ!」

 巨大なロックバイソンに引かれた荷馬車が、村長宅の庭先で急ブレーキをかけて停止した。

 荷台から飛び降りてきたのは、筋肉ダルマのようなドワーフの配達員だった。彼は額に滝のような汗をかきながら、荷台に積まれた『巨大な木箱』を指差した。

「ル、ルナ・シンフォニア様宛ての、クール便ならぬ『セキュリティ便』だ! 受領のサインを頼む! 重すぎてロックバイソンの腰がイカれちまいそうなんだよぉ!」

「……ルナ宛て?」

 俺が怪訝な顔をしていると、居間からフワフワのお嬢様ドレスを着たエルフ——ルナが、小走りで出てきた。

「あらあら、配達員さんご苦労様ですわ♡ キャルルちゃん、ハンコをお願いしますの」

「は、はいぃっ!」

 エプロン姿のキャルルが受領印を押すと、ドワーフの配達員は逃げるように荷馬車を走らせて帰っていった。

 庭に残されたのは、厳重な鉄の帯で封印された、一辺が一メートルほどもある巨大な木箱だった。

「おいルナ、なんだこの無駄に重そうな荷物は。また通販で変な魔法植物マルウェアでも取り寄せたのか?」

 俺が警戒しながら尋ねると、ルナは花が咲くような笑顔で首を横に振った。

「違いますわ、カナタさん! これは実家……『世界樹の森』からの定期便ですのよ!」

「定期便?」

「ええ♡ 私、こう見えても次期女王候補ですから。世界樹様から毎月一回、生活費としての『お小遣い(年金)』が送られてくるんですの」

「お小遣いか。まあ、エルフの森の特産品や木の実の詰め合わせなら、村の食料リソースの足しになるな」

 俺がホッと息をついた、その時だった。

 ルナが優雅に指先を振り、木箱の封印を魔法で弾き飛ばした。

 パカッ。

 ——ピカァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!

 木箱の蓋が開いた瞬間。

 太陽の光を反射して、ポポロ村の庭全体が、目が潰れるほどの『黄金色の閃光』に包まれた。

「なっ……!?」

 俺は思わず腕で顔を覆った。

 視界が慣れてきて、恐る恐る木箱の中を覗き込んだ俺の心臓は、物理的にドクンと跳ね上がった。

 木の実でも、特産品の織物でもない。

 そこにギッシリと詰め込まれていたのは、鈍い光沢を放つ、一切の不純物を含まない『純金のインゴット(延べ棒)』の山だった。

 それも、一本や二本ではない。ざっと見積もって、総重量一〇〇キログラムは下らない。

「…………は?」

 俺のSEとしての思考回路が、処理落ちを起こした。

「うふふっ♡ 今月の年金は『純金一〇〇キロ』ですわ。ちょっと少なめですけれど、節約すれば一ヶ月くらいは持ちますわよね?」

 ルナが純金のインゴットを一つ手に取り、無邪気に微笑む。

「おま……っ! お小遣いのスケールが国家予算レベルじゃねえか!! なんだそのふざけた仕送りは!」

「だって、世界樹の根元には、大昔から蓄積された金脈が無限にありますのよ? それをゴーレムに掘らせて送ってもらっているだけですわ」

 完全なる合法(天然)の錬金術。

 三日で石に戻る偽金ではない。正真正銘、アナステシア世界の経済を回す本物の『黄金』だった。

 その時。

 背後の障子がスパーンッ! と吹き飛んだ。

「キ、キィィィィィン……ッ!!」

 信じられない速度で庭に飛び出してきたのは、オリーブ色の芋ジャージを着た地下アイドル・リーザだった。彼女のルビー色の瞳は、純金の輝きを前に完全に焦点ハイライトを失い、ガンギマリに血走っている。

「本物……本物のゴールドですの……! 五円玉(真鍮)じゃない、銅貨でも銀貨でもない、完全無欠の『純金』……っ!」

 リーザは木箱の前にスライディング土下座を決め、インゴットの一つに頬擦りをして恍惚の表情を浮かべた。

「これだけあれば……! タローソンのロックバイソン焼肉弁当を、定価どころか、店舗ごと買収できますわ! いえ、ルナミス帝国にタワマンを建てて、毎日特大イチゴパフェのプールで泳げますのよぉぉぉっ!」

 極貧生活で培われた絶対強欲が、臨界点を突破して暴走を始める。

 だが、狂乱したのは彼女だけではなかった。

「はうぁぁぁぁぁっ……! か、課金石……! リアルな課金石(純金)が、目の前に山積みにされていますぅぅぅっ!」

 庭の草むしりをしていた聖女アマネが、鎌を放り捨てて突進してきた。

 彼女の目には、インゴットの山が『ガチャを回すためのポイント換金アイテム』にしか見えていない。

「ルナ様ぁぁっ! 私、ルナ様のためなら臓器でも魂でも売りますぅ! だからその純金で、私のランダムボックスに無限のスパチャを……天井までガチャを引き切る権利をくださぁぁぁいっ!」

「おい、アマネ! 落ち着け、それは電子データじゃない、物理的な金だ!」

 俺が止めに入ろうとするが、ガチャ中毒特有の火事場の馬鹿力を発揮したアマネは、インゴットを両手で抱え込んで離そうとしない。

「へへへ……。こいつぁすげえや。このインゴット一本賭ければ、天界闇カジノで一生遊んで暮らせるリターンが狙えるぜぇ……」

 いつの間にか、ギャンブル廃人のフェイトまでが木箱の影からヨダレを垂らして這い寄ってきていた。

 強欲アイドル、ガチャ中毒聖女、ギャンブル廃人。

 三人の重度の中毒者バグたちが、一〇〇キロの純金という最強の麻薬リソースを前に、完全に理性を吹き飛ばしてゾンビのように群がっている。

「あわわわっ! 皆さん、ダメですぅ! それはルナ様のお金なんですから!」

 唯一まともなキャルルが、三人を必死に引き剥がそうとするが、欲望に狂ったゾンビたちの前では多勢に無勢だ。

「あらあら♡ 皆さん、そんなに黄金がお好きなんですの? よろしいですわ、私一人では使い切れませんし、皆さんでお小遣いとして分け合いましょう!」

「馬鹿野郎!! ストォォォォップ!!」

 ルナの天然の善意による『富の再分配』が発動しようとした瞬間。

 俺は絶叫とともに、群がるゾンビたちを強引に蹴り飛ばし、木箱の前に立ちはだかった。

「……カナタさん? どうしましたの? 黄金、お嫌いですか?」

 ルナが不思議そうに首を傾げる。

「黄金が嫌いな人間なんていない。だがな、お前はその純金一〇〇キロを、このポポロ村という『狭い経済圏(ローカル環境)』に一気にデプロイ(流通)させた場合、何が起きるか理解しているのか?」

「え? みんながお金持ちになって、ハッピーになりますの♡」

「——なるわけないだろ!」

 俺は額に青筋を立てて、経済の基本アルゴリズムを叩きつけた。

通貨供給量マネーサプライが、実体経済の規模を遥かに超えて爆発的に増加すれば、どうなる!? 通貨の価値が暴落し、物価が天文学的に跳ね上がる! いわゆる『ハイパーインフレ』だ!」

「はいぱー……いんふれ?」

「そうだ! 今、パン一個が銅貨一枚で買えているとする。だが、村人全員が純金を持つようになれば、誰も銅貨になんて価値を見出さなくなる。結果、パン一個買うのに『金貨一万枚』が必要な世界線(ジンバブエ状態)に突入するんだよ!」

 俺の言葉に、キャルルが「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げた。

「そ、そんな……! 昨日までの一生懸命な労働が、全部紙切れ(エラー)になっちゃうってことですか!?」

「そうだ。経済というシステムは、信用とバランスで成り立っている。そこへ『労働の対価を伴わない莫大なバグ』を直接注入すれば、市場のアルゴリズムは一瞬でクラッシュし、村の経済圏は崩壊する!」

 ポポロ村は、ようやく特産品やアイドルステージで地道に外貨を獲得する健全なビジネスモデルを構築し始めたばかりなのだ。

 そこへ一〇〇キロの純金をバラ撒くなど、サーバーに塩酸をぶっかけるようなテロ行為に他ならない。

「私の……私の五円玉スパチャの価値が、暴落しますの……!?」

「うぅっ……ガチャを引くための貨幣価値がバグったら、ポイントのレートも改悪されるかもしれませんぅ……!」

 ハイパーインフレの恐ろしさを本能で察知したリーザとアマネが、青ざめてインゴットから手を離した。

「……むぅ。せっかく皆さんに喜んでもらおうと思ったのに。カナタさんは、相変わらずコンプライアンス(?)に厳しいんですのね」

 ルナが不満げに頬を膨らませるが、俺は一歩も譲らない。

「この純金は、市場に絶対に流通させてはならない『凍結資産オフラインデータ』だ。俺がPMとして厳重にロック(封印)する」

 俺はスラックスのポケットから『アパートの鍵』を抜き放ち、巨大な純金の山に鍵の先端を押し当てた。

「システム・オーバーライド。対象、純金一〇〇キロの『分子間距離』および『空間占有率』。質量はそのままに、体積のみを極限まで収縮させろ」

 以前、三国兵士たちからの大量の貢物を片付けた時に使った、データ圧縮のコマンドだ。

「——『圧縮ロック(Zip化)』!」

 カチャリ。

 甲高い解錠音が響いた瞬間。

 木箱の中に山積みになっていた一〇〇キロの純金が、ギギュギュギュギュッ! という凄まじい音を立てて空間ごとねじれ、中心に向かってブラックホールのように収縮していった。

「ああっ! 私の……私のタワマン資金がぁぁぁっ!」

 リーザが血の涙を流して手を伸ばす。

 数秒後。巨大な木箱の中に残されたのは、一辺がわずか数センチしかない、鈍く輝く『極小の黄金のサイコロ(圧縮ファイル)』だった。

「よし。これで物理的なデプロイ(流通)は不可能になった」

 俺はホッと息をつき、その極小のサイコロを拾い上げようと手を伸ばした。

 ——が。

「ぬ、ぐおおおおっ……!?」

 重い。尋常じゃなく重い。

 体積はサイコロサイズになっても、質量(一〇〇キロ)というデータそのものは一切削られていないのだ。元社畜のひ弱な腕力では、ミリ単位で持ち上げることすら不可能だった。

「おい、フェイト! ガルフたちを呼んでこい! この『一〇〇キロのサイコロ』を村長宅の地下室に運ばせて、コンクリートで厳重に塩漬け(オフラインストレージに封印)にするぞ!」

「あ、ああ! 分かったぜ兄貴!」

 こうして、天然エルフがもたらした『世界樹の年金』によるハイパーインフレの危機は、俺のPMとしての迅速なシステム監査デバッグによって間一髪で回避された。

「カナタさん、ありがとうございますぅ。カナタさんがいなかったら、村の経済が完全に終わってましたぅ……」

 キャルルが安堵の涙を拭う横で、ルナは「来月はもっとたくさん送ってもらうように言っておきますわね♡」と、反省の色ゼロの笑顔を見せている。

「……おい。これ、毎月来るのか?」

「ええ! 定期便サブスクリプションですから!」

 毎月、一〇〇キロの純金という名の爆弾マルウェアが村に投下されることが確定した。

 俺は頭を抱え、もう何度目か分からない深い絶望の溜息を吐き出した。

 ポポロ村の経済を守るための俺の胃痛デスマーチは、まだ始まったばかりだった。

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