EP 3
同居生活の格差バグと、無限臓器売買ループ
天然エルフのルナ・シンフォニアが、なし崩し的にポポロ村の村長宅へとマージ(同居)されてから一夜が明けた。
ポポロ村の清々しい朝。鳥のさえずりが聞こえる平穏な時間——のはずなのだが、村長宅の居間の食卓には、どう見てもバグとしか思えない『圧倒的な経済格差(スケール違い)』が広がっていた。
「うふふっ♡ ポポロ村の朝の空気は、とっても澄んでいて気持ちがいいですわね」
ふわふわのお嬢様ドレスに身を包んだルナが、食卓の特等席で優雅に微笑んでいる。
彼女の目の前には、空中に魔法陣を展開してポンポンとポン出し(生成)された、朝露に濡れたみずみずしいトマト、シャキシャキのレタス、そして黄金に輝くマンゴーやバナナが並んでいる。
「植物さんたち、今日も新鮮なお野菜をありがとう♡ えいっ」
ルナが指先を振ると、空中に生成された野菜と果物が自動的にミキサー状の風の魔法に巻き込まれ、瞬く間に『特製オーガニック・スムージー』へと姿を変えた。
さらに、彼女の横には世界樹から直送されたという『黄金の蜂蜜』がたっぷりと塗られた、分厚い焼きたてのトースト。付け合わせには、魔法で生成した大豆から丹念に作られたというヘルシーな『大豆ハンバーグ』まで添えられている。
王侯貴族の朝食、いや、一流ホテルのモーニングすら凌駕する、優雅で完璧な食卓(UI)だ。
一方。
そのすぐ隣の席で、正座をして朝食をとっているオリーブ色の芋ジャージの少女——リーザの食卓は、あまりにも悲惨だった。
「…………カリッ、モソモソ……。ごきゅっ」
リーザが虚ろな目で齧っているのは、パン屋の裏で無料でもらってきたカピカピに乾燥した『パンの耳』である。
その隣には、塩すらかかっていないパサパサの『茹で卵』が一個。そして、小鉢に山盛りにされているのは、キャベツでもレタスでもない——ポポロ村の公園で、彼女自らが四つん這いになってハトと縄張りを争いながらむしり取ってきた『正真正銘のただの雑草(タンポポの葉多め)』だった。
「……カリッ。今日の雑草は、少し苦味が強いですわね……。でも、これが大地の恵み……究極のオーガニックですのよ……モソモソ」
涙目になりながら、必死にパンの耳と雑草を飲み込もうとする極貧地下アイドル。
「……おい」
俺は淹れたてのコーヒーを入れたマグカップを片手に、その地獄のような食卓の光景を見下ろしてこめかみを押さえた。
「同じ『居候』というシステム枠にマージされているはずなのに、どうして生活水準(実装パラメーター)にここまで致命的な格差が出てるんだ。ルナの食卓が最新鋭のハイスペックPCだとしたら、リーザの食卓はジャンクパーツの寄せ集め以下だぞ」
「か、カナタさん……私、リーザちゃんにはサンドイッチを作ったんですよ? でも、リーザちゃんが『アイドルは施しを受けませんの!』って言って、意地を張って……うぅっ」
キャルルがウサギ耳をペタンと垂らし、エプロン姿でオロオロしている。
前章で稼いだスパチャ(五円玉の山)があるのだから、豪勢な朝食を食べる権利はリーザにもあるはずなのだが、「あのお金はタローソンで定価のロックバイソン弁当を買うための大切な資金ですの!」と、謎の執着を見せて絶対に切り崩そうとしないのだ。底辺サバイバーの貧乏性が完全に裏目に出ている。
「あら? リーザちゃん」
優雅にスムージーを飲んでいたルナが、隣で小刻みに震えながら茹で卵の殻を剥いているリーザに気がついた。
「リーザちゃん、どうしてそんな枯れ草のようなものを食べているの? 栄養が足りていないのではありませんこと?」
「ち、違いますの! これは枯れ草ではありませんわ! アイドルのプロポーションを維持するための、超低カロリー・ヴィーガン・サラダですのよ! ルナ様のような温室育ちのエルフには、このストイックな健康法は理解できませんわ!」
キュルルルルルルルッ……!!
リーザが強がった直後、彼女の芋ジャージのお腹から、雷鳴のような激しい空腹の音が鳴り響いた。
沈黙が落ちる。
リーザは顔を真っ赤にして俯き、手元のパンの耳を握りしめた。
「……うぅっ。ひぐっ……お肉……お肉の脂が、吸いたいですのぉ……」
本音が漏れた。
それを見たルナは、コトンと首を傾げ、花の綻ぶような純粋な笑顔を見せた。
「まあ、可哀想に。お金がなくて、美味しいご飯が食べられないんですのね。……でしたら、いい稼ぎ方がありますわよ♡」
「えっ?」
リーザが顔を上げる。
俺も、コーヒーを飲む手を止めた。
(嫌な予感がする。この天然エルフが提案する『稼ぎ方』が、まともなアルゴリズムであるはずがない)
俺のSEとしての危険探知センサーが激しくエラー音を鳴らす中、ルナは純度百パーセントの善意に満ちた声で、とんでもないことを口走った。
「お金に困っているなら、貴方の『腎臓』を売りましょう?」
「…………は?」
俺とキャルルの声が重なった。
リーザもキョトンとして、自分のわき腹のあたりに手を当てている。
「じんぞう、ですの……? 私の、内臓の……?」
「ええっ♡」
ルナはニコニコと笑いながら、パンに蜂蜜を塗りつつ恐ろしいビジネスモデルを語り始めた。
「裏社会の商人さんたちって、新鮮な臓器を高く買い取ってくださるんですのよ。ルナミス帝国にいた時も、ちょっとガラの悪いお兄さんたちが『臓器ならなんでも買うぜ』って言っていましたわ」
「お前、どんな裏ルートと接触してたんだよ!」
俺のツッコミを無視して、ルナは天使のような笑顔でリーザの手を握った。
「でも、内臓を一つ失ったら健康に悪いですわよね。——だから、私がすぐに『完全回復魔法』をかけて、リーザちゃんの腎臓を完璧に再生させますの♡」
「…………え?」
「そうすれば、摘出、売却、再生。摘出、売却、再生……。これを繰り返せば、元手ゼロで無限に大金が稼げますわ! さあ、さっそくお腹を切り開きましょう? 麻酔は植物の毒を使いますから痛くありませんのよ♡」
シーン……。
食卓に、完全な氷点下の沈黙が落ちた。
「——ブラック企業も真っ青の、無限臓器売買ループじゃねえか!!」
俺は机を叩いて絶叫した。
「倫理観の欠如(コンプラ違反)どころの騒ぎじゃないぞ! 摘出してはヒールで再生させて売り捌く!? 人間の生命倫理と市場の需給バランスを根本からぶっ壊す、完全な反社ビジネスのアルゴリズムだろ! 世界から国際指名手配(BAN)されるわ!」
「ひぃぃぃぃっ! ル、ルナ様、笑顔でなんて恐ろしいことを言ってるんですかぁぁっ!」
キャルルがウサギ耳を震わせ、リーザを庇うように抱きしめた。
「えぇ〜? どうして皆様、そんなに怒るんですの?」
ルナは本気で不思議そうに目を丸くしている。
「だって、リーザちゃんはお金がなくてひもじい思いをしているんですよ? 私は、お友達を助けたい一心で、一番効率的で誰も損をしない解決策を出しただけですのに。私の魔法なら、傷跡一つ残しませんわよ?」
「そういう問題じゃない! 倫理というシステム基盤を無視したソリューションは、社会というサーバーから弾かれるんだよ!」
「あ、あの……」
キャルルに抱きしめられていたリーザが、おずおずと手を挙げた。
「その……私の腎臓って、おいくらくらいで売れるんですの……?」
「馬鹿野郎!! お前、一瞬でも乗り気になるな!」
俺は青ざめた顔のリーザの頭を、丸めた新聞紙でスパーンと叩いた。
「痛っ! な、殴らなくてもいいじゃありませんの! だって、無限に再生するなら、実質ノーリスクでパンの耳じゃない美味しいご飯が食べ放題になるってことでしょう!?」
「ノーリスクなわけあるか! お前、麻酔なしで(植物の毒は信用できん)腹を割かれる激痛を何度も味わうんだぞ! それに、そんな出所不明の人魚の臓器が大量に市場に出回ってみろ、裏社会の連中がお前を『歩く臓器プラント』として拉致しに来るに決まってるだろ!」
「はうっ……! そ、それは困りますわ……。私、アイドルですから、お腹に傷跡が残るのはNGですの……」
ようやく事の重大さに気づいたリーザが、ブルブルと震え上がった。
「ああっ! カナタさん!」
今度は、部屋の隅で皿洗いをしていたアマネが、血走った目で駆け寄ってきた。
「その無限錬金術システム……素晴らしいですぅ! 臓器を提供して困っている人を助けるのは、究極の『善行』のはずです! 私の腎臓もルナ様に摘出・再生してもらえば、ランダムボックスの『善行ポイント』が無限に貯まって、永遠にガチャが回せるのでは……っ!?」
「ガチャ中毒の末期症状がバグを加速させるな! お前ら、倫理という名のファイアウォールがガバガバすぎるぞ!」
俺は頭を抱え、胃のあたりを強く押さえた。
極貧ゆえに目先の金に目が眩む地下アイドル。ガチャのためなら臓器すらリソースとして差し出そうとする限界聖女。
そして、そのすべての元凶である、純度百パーセントの善意で違法ビジネスを提案してくる天然エルフ。
「どうして私の素晴らしい提案が却下されるのか、全く理解できませんわ……。カナタさんって、意外と頭が固いんですのね」
ルナが不満げに頬を膨らませ、スムージーをストローでちゅーっと吸っている。
「俺がまともなんだよ……。いいか、ルナ。この村長宅(ローカル環境)では、お前のその『法と倫理を無視したチート魔法』の行使は原則禁止だ。特に、金銭や生命に関わるバグ技は俺がPMとして絶対に承認しない」
「むぅ……。分かりましたわ。カナタさんがそうおっしゃるなら、今回は諦めますの」
ルナは素直に頷いたが、その瞳の奥には「次はもっと皆が喜ぶサプライズを考えなきゃ♡」という、最悪の改善意欲が燃えているのが分かった。
「……フェイト。俺の胃薬、残機はあとどれくらいある?」
昨晩のコイントス失敗によるデバフで、居間の隅で死んだように丸まっているフェイトに声をかける。
「うぅ……。兄貴、もうストックはゼロだぜ……。俺の頭痛薬と一緒に、新しく発注してくれ……」
死に絶えそうな声が返ってきた。
平和なはずの朝食の時間が、一瞬にして反社ビジネスの密談へと変貌したポポロ村の朝。
ルナ・シンフォニアという圧倒的な『コンプラ破壊兵器』をマージしてしまった俺たちの日常は、これから毎日、綱渡りのシステム監査を強いられることになりそうだった。
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