EP 2
致命的な方向音痴と、偽金の買収
「子供が寒いと言っていたから、暖炉代わりに『火炎龍』を撃ちましたの♡」
焦土と化した森の中心で、フワフワのお嬢様ドレスを汚れ一つなく着こなすエルフの少女——ルナ・シンフォニアは、花が咲くような笑顔でそう言い放った。
「……お前、自分の吐き出したコード(魔法)の影響範囲ってものを理解してないのか? あと数メートルずれてたら、村が丸ごと消し炭になってたぞ」
「あら、大丈夫ですわ! 私、植物さんたちとは皆お友達なんですの。森の木々たちが『そっちに撃つと危ないよ』って教えてくれたから、ちゃんと安全な場所に撃ち込みましたわ!」
「お前のその『安全』の基準がバグってるんだよ!」
俺が胃を痛めながらツッコミを入れる中、キャルルとリーザが顔を引きつらせてルナの元へと駆け寄った。
「る、ルナ様……どうしてポポロ村に? ルナミス帝国のシェアハウスで、もうお別れしたはずですぅ!」
「ええっ! キャルルちゃんもリーザちゃんも、ひどいですわ! 私を置いて二人だけでこんな辺境のドブ……いえ、自然豊かな村にお引っ越しするなんて。寂しくて、お二人の魔力を辿ってきちゃいましたのよ?」
ルナは両手を頬に当て、ふわりと微笑む。
キャルルによると、彼女はただのエルフではないらしい。
世界樹から直接神託を受け、エルフの次期女王候補として最高峰の全属性魔法と自然魔法を操る、まさに『生きる伝説』。
だが、その致命的な欠陥は、圧倒的な出力制御のガバガバさと、そして——。
「でも、ここまで来るの、本当に大変でしたのよ? 北に向かっていたはずなのに、なぜか砂漠に出たり、海に落ちたり……植物さんたちに道を聞いても、みんなどこかへ逃げてしまって」
「……お前、致命的な方向音痴なのか」
「失礼ですわね! 私が歩く道が、世界の正解になるだけですの!」
悪びれもせず言い切るルナ。
歩く方向すら正しくルーティングできない女が、全属性魔法などというサーバー破壊級の権限(ルート権限)を持っている。この世界のアカウント管理はどうなっているんだ。
とりあえず、いつまでも焦げ臭い森にいるわけにもいかず、俺たちはルナを連れて村長宅の居間へと戻った。
「……それで? シェアハウスの元同居人が、わざわざ俺たちの村に何の用だ?」
俺がコーヒーを淹れながら尋ねると、ルナは当然のように胸を張った。
「決まっていますわ! 私も今日から、このお家で皆様と一緒に暮らしますの!」
「「「絶対に嫌ですぅ(の)!!」」」
キャルルとリーザ、二人の声が完璧にハモった。
普段は心優しいキャルルですら、ウサギ耳を逆立てて激しく首を横に振っている。
「ルナミス帝国時代、ルナ様が『お部屋が暗いわね』って言って室内で光の精霊を暴走させて、アパートが半壊したこと忘れたんですか!? あのおかげで、私たちの敷金礼金が全部吹っ飛んだんですよ!」
「そうですの! 私がせっかくスーパーの特売で買ってきたお肉を、『死体なんて可哀想!』って言って勝手に花壇の肥料(土)に還した恨み、一生忘れませんわ!」
どうやら過去のシェアハウス時代、彼女たちはルナの放つ『天然の善意による破壊工作』の被害を多大に受けていたらしい。
「家が燃える(物理)上に、食糧がエラーを吐いて消滅する。共同生活のパートナーとしては最悪の仕様だな。申請は却下だ」
俺がPMとして冷酷に却下印を押すと、ルナはショックを受けたように大きな瞳に涙を浮かべた。
「そ、そんな……。私、お二人ともう一度一緒に楽しく暮らしたいだけなのに……っ。うぅっ……ぐすっ」
エルフの美少女が、ボロボロと涙を流して泣き崩れる。
その姿は、事情を知らない者が見れば同情を誘うほど可憐で、庇護欲をそそるものだった。俺の隣で、事情を知らないアマネが「か、可哀想ですぅ……。少しだけなら置いてあげても……」と絆されかけている。
「……ダメですぅ。絶対にダメです。私たちはもう、ルナ様の被害には遭わないって誓ったんですぅ」
キャルルが心を鬼にして目を逸らす。
「ふぇぇぇん……。分かりましたわ。そんなに嫌がられるなら、大人しく帰りますの……。でも、せめてこれまでの友情の証として、私からの『お土産』を受け取ってくださいませ」
ルナが涙を拭いながら、優雅な手つきで空中に魔法陣を描いた。
ポンッ! という軽快な音とともに、居間のテーブルの上に、見たこともないような豪華絢爛な『超高級フルーツバスケット』が出現した。
世界樹の森でしか採れないという、黄金色に輝く林檎、マスカットのように透き通った果実、そして甘い香りを放つメロンサイズの苺。どれもルナミス帝国の高級デパートで買えば、金貨数枚は下らない代物だ。
「——ッ!!?」
その瞬間、リーザの瞳孔が極限まで開き、ルビー色の瞳がフルーツに釘付けになった。
「さようなら……キャルルちゃん、リーザちゃん……」
ルナが悲しげに背を向けた、その背中に向かって。
「ル、ルナ様ぁぁぁっ!! お待ちになってぇぇっ!!」
リーザがマッハの速度で垂直スライディング土下座を決め、ルナのドレスの裾にすがりついた。
「り、リーザちゃん!? 何をしてるんですか!?」
「キャルルちゃん、背に腹は代えられませんの! このフルーツの甘い匂い……完全無農薬の世界樹オーガニック……! これを食べずに帰すなど、アイドルとして、いえ、生命体としての損失ですわーっ!」
極貧生活で培われた『食べ物への絶対強欲』が、過去の恨み(トラウマ)をあっさりと上書き(オーバーライド)してしまった。
チョロすぎる。たったカゴ一つのフルーツで、王女の矜持も過去の惨劇もすべて忘れて買収されてしまったのだ。
「ふふっ♡ リーザちゃんは相変わらず素直で可愛いですわね。……でも、家賃がないとカナタさんという方に怒られてしまいますわよね?」
ルナはにっこりと微笑むと、今度は足元に転がっていたただの『石ころ』を拾い上げた。
「えいっ♡」
ピカァァァァァッ!
ルナの指先から放たれた魔法の光が石を包み込み、光が収まった後——そこには、鈍く輝く純度一〇〇パーセントの『純金の塊』が握られていた。
「なっ……!?」
「これで、私の一生分の家賃と食費になりますかしら? あはっ♡」
石が黄金に変わる。錬金術の究極系。
これを見た瞬間、今まで同情していたアマネの目の色が、完全に「ガチャ中毒の限界オタク」のそれへと変貌した。
「き、きん……純金……っ! これさえあれば、私のランダムボックスに無限の課金が……! カナタさん! ルナ様は、この村の救世主ですぅぅぅっ! 絶対に、絶対に住まわせるべきですぅ!」
「お前ら、たった数秒で完全に買収されやがって……!」
俺はキャルルと二人で、欲望に忠実すぎる身内たちに頭を抱えた。
だが、俺の元社畜SEとしての『リスク管理センサー』は、その黄金の塊を見て激しくエラー音を鳴らしていた。
(待て……。物質の質量保存の法則を完全に無視して、石から純金を生成する? そんなチート、この世界でも上位の神クラスしかできないはずだ)
俺はスラックスのポケットから『アパートの鍵』を取り出し、ルナの持つ金塊にそっと触れて、そのデータ構造(分子配列)を読み取った。
「……おい、ルナ。これ、ただの『石』の組成データを、一時的に『金』に見せかけて偽装しただけのキャッシュデータだろ」
「えっ?」
ルナが目を丸くする。
「表面上は純金だが、内部のコアロジックはただの石ころのままだ。……この魔法、三日もすれば元の石に戻るタイムリミット付きのハリボテだな?」
俺の看破に、ルナは悪びれる様子もなく、「あら、バレてしまいましたの♡」とぺろりと舌を出した。
「カナタさん、すごい洞察力ですわ! ええ、おっしゃる通り、三日経てば元の石に戻りますのよ」
「戻るじゃない! お前、それルナミス帝国でも使ってたのか!?」
「もちろんですわ! お買い物の時、『三日以内に使えばバレませんわよね♡』って、色んなお店で金貨の代わりに使ってましたの!」
「完全な硬貨偽造(経済犯罪)じゃねえか!!」
俺は絶叫した。
「三日後に石に戻る偽金を市場に流通させる? そんなもん、信用創造の根幹を破壊する極悪非道なテロ行為だ! コンプライアンスが死んでるどころの騒ぎじゃない、お前一発でアカウントBAN(死刑)対象だぞ!」
「えぇ〜? でも、皆さんにこにこして受け取ってくれましたわよ? 細かいことを気にするなんて、カナタさんは神経質なんですのね」
天然の善意と、倫理観の欠如が、最悪の形でマージ(結合)されている。
ルナ・シンフォニア。このエルフは、悪意が一切ないままに国家の経済システムを破壊し尽くす、史上最悪の歩くマルウェアだった。
「ダメだ! こんな超大型ウイルスを村長宅(ローカル環境)に置くわけにはいかない! 今すぐ森に——」
「カナタ・プロデューサー! 私はルナ様を全力で歓迎いたしますの! このフルーツ、果汁が脳天に突き刺さる甘さですわーっ!」
「ルナ様! 私と一生、親友でいてくださいぃぃっ!」
だが、すでに手遅れだった。
フルーツの甘味に屈したリーザと、偽金(ガチャの資金)の幻影に憑りつかれたアマネが、ルナを神輿のように担ぎ上げて大歓迎の宴を始めてしまっていたのだ。
「あ、あわわ……。どうしましょう、カナタさん……。また、家が燃えちゃいますぅ……」
キャルルが涙目でウサギ耳をペタンと寝かせる。
「……胃薬だ。至急、胃薬の在庫を確認しろ。俺の胃壁の耐久度が、この一週間もつ気がしない」
俺は深く、重い溜息を吐き出しながら、リビングの天井を仰いだ。
極貧地下アイドル、ガチャ中毒聖女、ヤンデレヤクザウサギ、ギャンブル廃人。
そこに、市場破壊とコンプラ違反を平然と行う『天然エルフ』が、なし崩し的に村長宅へとマージされた。
ポポロ村の平穏な日常は、かつてないほどのバグの嵐に見舞われようとしていた。
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