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異世界で『鍵使い』のハズレを引いたけど、極上メシを作ったら最強の剣士が弟子入りしてきた〜料理とハッキングで快適スローライフ〜  作者: 月神世一


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第四章 天然エルフのコンプラ破壊と、幻覚接待の村

深海からの納期デッドラインと、森を焼く火炎龍

 ルナミス帝国最大の企業であるゴルド商会に目をつけられようが、ポポロ村の広場に異常なアイドル経済圏が構築されようが。

 俺たち村長宅のシェアハウス組には、変わらない平穏な朝の風景があった。

「——というわけでカナタ・プロデューサー。この真鍮貨(五円玉)を酢と塩でピカピカに磨き上げれば、ワンチャンス金貨としてタローソンのレジを誤魔化せると思うんですの!」

「完全な硬貨偽造(システム詐欺)だ。一発で社会からアカウントBAN(逮捕)されるからやめろ」

 オリーブ色の芋ジャージに身を包んだ海中国家シーランの王女——リーザが、食卓で五円玉を必死に磨きながら犯罪スレスレのハッキングを企てている。

 その横では、ガチャ中毒の聖女アマネが「今日も朝から善行ポイントが貯まりますぅ!」と庭の草むしりに精を出し、村長のキャルルはヤカンを持って「皆さん、お茶が入りましたよぉ」とウサギ耳を揺らしている。

 昨晩の狂乱のライブが嘘のような、いつもののどかな日常(デフォルト設定)だ。

 だが、俺の胃の奥底には、鉛のような重苦しい痛みが居座っていた。

 俺の視線の先、ちゃぶ台の端には、分厚い羊皮紙で作られた一通の封筒が置かれている。

 ——『海中国家シーラン女王・リヴァイアサンからの親書』。

 極貧地下アイドルであるリーザが「私は人間界の最高峰のアイドルとして大成功し、毎日宮廷料理を食べていますの!」と盛大なステータス偽装(嘘の報告)をしてしまったがために、超絶過保護な女王が『無敵艦隊三千隻』を率いてポポロ村へ視察にやってくるという、国家滅亡クラスの死の宣告書だ。

「……計算上、海中国家の首都から大陸の沿岸部を経由し、このポポロ村付近の河川まで艦隊が遡上してくるには、海路と天候を考慮して約一ヶ月の猶予バッファがある」

 俺は冷めたコーヒーを啜りながら、脳内で必死にスケジューリングを行っていた。

 前世でブラック企業のシステムエンジニア(SE)としてデスマーチを生き抜いてきた俺には、ある種の『究極の防衛本能』が備わっている。

 それは——「いますぐ解決不可能な致命的バグ(納期一ヶ月)は、とりあえず見えないフォルダに突っ込んで思考放棄(塩漬け)する」という現実逃避スキルだ。

「女王艦隊の襲来というタスクは、到着の三日前になるまで俺の脳内メモリからパージ(削除)する。今の俺にできるのは、胃薬を飲んで今日の平穏を享受することだけだ……」

 そう呟き、親書をそっと引き出しの奥底に封印した、まさにその瞬間だった。

 ——ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 鼓膜を破るような、天地を揺るがす轟音がポポロ村を襲った。

 ビリビリと窓ガラスが震え、棚から小物が転げ落ちる。

「ひぃぃぃっ!? な、なんですか今の音ぉっ!?」

 キャルルがウサギ耳を塞いでしゃがみ込み、リーザは「私のお金(五円玉)が散らばりましたわぁぁっ!」と畳の上を這いつくばっている。

 俺は咄嗟に立ち上がり、縁側から外を見上げた。

 ポポロ村に隣接する、中立地帯であるはずの東の森。

 その上空に、ありえないサイズの『深紅の炎の渦』が巻き上がり、天を焦がすような巨大な龍の形をとって拡散していくのが見えた。

「おいおいおい……冗談だろ。なんだあの異常な熱量トラフィックは」

 俺の心臓が、恐怖で早鐘のように跳ね上がった。

 ただの火事じゃない。あれは間違いなく、高位の魔法攻撃だ。しかも、一撃で山を一つ消し飛ばすような戦略級のバケモノ魔法である。

「あ、兄貴ぃぃぃっ!!」

 バンッ! と村長宅の扉が蹴り破られ、自警団リーダーであるA級冒険者フェイトが、血相を変えて飛び込んできた。

「て、敵襲だ! ルナミスかアバロンか分からねえが、東の森に規格外の『火炎龍フレイム・ドラゴン』が撃ち込まれた! 森が……森が丸ごと消し炭になっちまったぞ!」

「戦略級魔法の直撃だと!? 防御障壁の外とはいえ、もし狙いが数ミリずれて村に直撃していたら、俺たち全員一瞬でサーバークラッシュ(消滅)してたぞ!」

 俺は冷や汗を拭い、震える足に鞭を打ってスラックスのポケットから『アパートの鍵』を握りしめた。

「フェイト、キャルル! アマネとリーザを安全な地下室に退避させろ! 俺は現場の被害状況ログを確認してくる!」

「カ、カナタさん! 気をつけてくださいっ!」

 村の東側へ全速力で駆けつけると、そこには文字通りの『地獄』が広がっていた。

 緑豊かだったはずの森林地帯が、幅数十メートル、長さ数キロにわたって完全に抉り取られ、超高温によって大地がドロドロのガラス状に溶け落ちている。

 むせ返るような焦げ臭さと、熱風。

 魔王軍の将軍か、それとも帝国軍の最新鋭魔導砲の試射か。

 俺は心臓をバクバクさせながら、炎のくすぶるクレーターの先を睨みつけた。

(……来る。この異常なコードを吐き出した、イカれたクラッカー(攻撃者)が!)

 やがて、もうもうと立ち込める黒煙の奥から、コツ、コツ、と優雅な足音が聞こえてきた。

 姿を現したのは——重武装の兵士でも、恐ろしい魔族でもなかった。

「ふわぁ……。困りましたわね。なんだか道がよく分からなくなって、迷子になってしまいましたわ〜」

 間延びした、おっとりとした声。

 長く美しい金糸の髪に、風に揺れる尖った耳。

 そして、この焦熱の地獄には絶対にそぐわない、フリルとレースがふんだんにあしらわれた『ふわふわのお嬢様ドレス』に身を包んだ、絶世の美貌を持つエルフの少女だった。

 彼女のドレスには、これほどの爆発の中心にいたはずなのに、煤一つ、汚れ一つ付着していない。

 少女は周囲のガラス化した大地を不思議そうに見回した後、引きつった顔で立ち尽くす俺とフェイトの存在に気がつき、パァッと花が咲くような笑顔を見せた。

「あら、ごきげんよう♡ そこの村人さん、ここはどこだかご存知かしら? 植物のお友達に道を聞きながら来たのですけれど、どうやら道を間違えてしまったみたいで……」

「……お、お前。まさか今の『火炎龍』を撃ったのは、お前なのか……?」

 俺が震える声で問いかけると、エルフの少女はコトンと首を傾げ、悪びれる様子もなく両手を合わせた。

「ええ、そうですわ! 私ですの!」

「なっ……! なんだってこんな森に向かって、あんな大量破壊兵器(魔法)をぶっ放したんだ! テロリストかお前は!」

「テロ? 人聞きの悪いことをおっしゃらないでくださいな。私はただの、通りすがりの親切なエルフですわよ?」

 少女はふふっ、と優雅に微笑み、信じられない理由バグを口にした。

「実は先ほど、森の入り口で遊んでいた人間の子供たちが、『今日は少し寒いね』って身を震わせていたんですの。ですから私、彼らが風邪を引かないように、善意で『温かい暖炉(火炎龍)』を出してあげただけですわ♡ 今頃きっと、ぽかぽかで喜んでくれているはずですの!」

「…………は?」

 俺のSEとしての論理回路が、完全に停止した。

 子供が寒いと言ったから。暖炉の代わりに、森を丸ごと消し飛ばす戦略級の火炎龍を撃ち込んだ?

(……狂ってる。パラメーターの出力設定バグが致命的すぎるだろ!!)

 悪意など微塵もない。100パーセントの純粋な善意で、彼女は世界を滅ぼしかねない魔法を行使したのだ。

「あ、あの……。もしかして、少し火力が強すぎましたかしら? でも、大は小を兼ねるって言いますし、結果オーライですわよね♡」

 テヘッ、とウインクを決めるエルフの少女。

 コンプライアンスも、物理法則も、倫理観も。すべてが完全に破綻している『歩くシステムエラー』がそこにいた。

「——る、ルナ様っ!?」

 その時、俺の背後から追いついてきたリーザとキャルルの悲鳴が重なった。

 エルフの少女——ルナと呼ばれた彼女は、キャルルたちの姿を認めると、パッと顔を輝かせた。

「まあっ! キャルルちゃんに、リーザちゃん! こんな辺境のドブのような村でお会いできるなんて、奇遇ですわね!」

「知り合いなのか……!? このコンプラ違反の塊みたいな女と!」

 俺が悲鳴のようなツッコミを入れると、キャルルは顔面を蒼白にして、ガタガタと震えながら頷いた。

「は、はいぃぃっ……! 彼女は、ルナミス帝国で私たちが一緒に住んでいたシェアハウスの元同居人……ルナ・シンフォニア様ですぅ!」

 女王艦隊という一ヶ月後のデッドラインを塩漬けにした直後。

 俺のポポロ村という平穏なローカル環境に、悪意ゼロの天然最悪マルウェア(ルナ)が、物理的にダウンロードされてしまった瞬間だった。

お読みいただきありがとうございます!


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