EP 8
ギャンブラーの敗北と、ハゲたぬきのポンポコ節
特設ステージでのゲリラライブ大成功と、『ポポロ・マーメイド(極上出汁)』の爆売れにより、ポポロ村の村長宅にはかつてないほどの潤沢なキャッシュ(物理的な硬貨の山)がもたらされていた。
その夜、居間では盛大な打ち上げの宴会が開かれていた。
「あはっ♡ 今日は奮発して、タローソンの廃棄じゃない『出来立てのから揚げ』を山盛りデプロイしましたの! 皆様、私の奢りですわ! 存分に食べてくださいませ!」
オリーブ色の芋ジャージに身を包んだリーザが、ジョッキに入った冷たい麦茶を高々と掲げる。
「わぁぁっ、すごいですぅ! リーザちゃんが奢ってくれるなんて……私、感動で前が見えませんぅ!」
「アマネちゃん、泣きながらから揚げを頬張るのは行儀が悪いですよぉ。でも、本当に美味しいですね!」
限界オタク聖女とヤンデレ村長が、平和な女子会のごとくから揚げをつついている。
俺も部屋の隅で、一人静かにコーヒーを啜りながら、このバグだらけのプロジェクトが一旦の安定稼働を迎えたことに安堵していた。
だが、金が集まる場所には、必ずそれを狙う『悪意あるトラフィック』が引き寄せられるのが世の常である。
「……へへへ。景気が良さそうじゃねえか、リーザちゃんよ」
障子がスパーンと開き、のそりのそりと居間に入ってきたのは、村の自警団リーダーにしてA級冒険者の男——フェイト・ラックだった。
彼の目は血走り、全身から危険なジャンキー特有のオーラが漂っている。
「フェイトさん? どうしましたの、そんなゾンビみたいな顔をして」
「どうもこうもねえよ……。昨日の夜、天界の闇カジノで今月の給料を全部スっちまってな。俺の血中ギャンブル濃度が、危険水域を下回っちまってるんだよ……!」
フェイトはガタガタと震える手で、リーザの背後に積まれた真鍮貨(五円玉)と銀貨の山を指差した。
「なあ、アイドル様よぉ。その小銭の山、ただ置いておくには勿体ねえだろ? 俺の『コイントス』で、倍の額に増やしてやろうか……? もちろん、俺が勝ったらその山は全部俺のもんだ」
「……フェイト。てめぇ、子供の稼ぎにまで手を出そうってのか。クズにも程があるぞ」
俺が呆れて止めに入ろうとした、その時だった。
「——お待ちになって、カナタ・プロデューサー」
リーザがスッと片手を上げ、俺の言葉を遮った。
彼女はゆっくりと立ち上がり、芋ジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、A級冒険者であるフェイトを真正面から見据えた。
そのルビー色の瞳の奥底に、底なしの暗い炎——ルナミス帝国のドブ泥を啜って生き抜いてきた『絶対強欲』の覇気が宿る。
「……私のお金を、奪うですって?」
「ひっ……!」
リーザの全身から放たれた、人魚姫特有のプレッシャー(捕食者の威圧)。
いや、そんな上品なものではない。「ハトと食パンを巡って血みどろの殴り合いを制してきた女」の、生存本能そのものが実体化した異常な殺気だった。フェイトが一歩、無意識に後ずさる。
「……いいですわ。受けて立ちますの。ただし、私が勝ったら、あなたの持っているその『ミスリルアーマー』を質屋に入れて、全額私のスパチャ口座に振り込んでもらいますわよ?」
「じょ、上等だぜ! 俺のユニークスキル『コイントス』を舐めるなよ! 表が出れば、俺の運気とステータスは二倍だぁぁっ!」
フェイトが叫びながら、親指でコインを空中へと弾き飛ばした。
クルクルと回転しながら宙を舞うコイン。
A級冒険者の勝負運か。それとも、極貧アイドルの底なしの強欲か。
リーザは微動だにせず、ただ冷酷な瞳で落下してくるコインを見つめていた。
——チィィィンッ。
コインが畳の上に落ち、静かにその結果を示した。
【裏】。
「あ」
フェイトの顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「……ば、馬鹿な。俺のA級の運気が、ただのアイドル相手に……完敗したってのか……?」
「甘いですの。野良犬と廃棄弁当を奪い合ったことのない温室育ちの剣士に、私の『執着心』が負けるわけありませんわ」
「う、うおおぉぉぉぉっ……! 急に……末期の偏頭痛と、全身の骨が砕けるような強烈な倦怠感がぁぁぁっ……!」
コイントス失敗による強烈な『因果のデバフ』が発動し、フェイトは白目を剥いて畳の上にぶっ倒れた。そのままピクピクと痙攣し、完全な睡眠状態へと移行する。
「自滅か。システムの乱数を操作するギャンブルスキルも、底辺サバイバーの『絶対物理(強欲)』の前にはエラーを吐くらしいな」
俺が冷静に分析していると、リーザは「ふふんっ!」と勝ち誇ったように胸を張った。
「たわいないですの! さあ皆様、邪魔者はデバッグされましたわ! 勝利を祝して、私からとびっきりの『宴会芸』を披露いたしますの!」
「宴会芸? ライブではなくてですか?」
キャルルが小首を傾げる中、リーザは積み上がった小銭の山から、五円玉を二枚拾い上げた。
そして、あろうことかその五円玉を、自らの美しい鼻の穴に「スッ、スッ」と一枚ずつねじ込んだのである。
「り、リーザちゃぁぁぁぁんっ!? 何をしてるんですか!? 人魚姫の尊厳が! 顔面のエラーが深刻ですぅぅぅっ!」
キャルルが絶叫するが、リーザは満面のゲス顔を浮かべたまま、芋ジャージのぽっこり出たお腹を「ポン、ポコポンッ」とリズミカルに叩き始めた。
「ルナミス帝国の立ち飲み屋で、酔っ払いのおじ様たちから教わった究極のエンターテインメントソング! 聞いてください! 『ハゲたぬきのポンポコ節』!」
『♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン』
『♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~』
「ソレ! ヨイヨイ!」
限界オタクのアマネが、条件反射で完璧な合いの手を入れる。
鼻に五円玉を詰めた絶世の美少女が、芋ジャージの腹を叩きながら卑猥で下品な歌を熱唱する。俺の目から見ても、完全に放送事故レベルのバグ映像だった。
『♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ〜ルマル~!』
『♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン』
『♪化けよ~化けで~尻尾は ボーサボサでチョーロチョロ~』
「ア、ドッコイ!」
「やめてぇぇぇっ! 私の知ってる高貴なリーザちゃんが、完全にルナミスのドブに染まりきってますぅぅっ!」
キャルルが涙目になりながら耳を塞ぐが、リーザの宴会芸は止まらない。
そして、このバグだらけの光景は、ゴッドチューブ(神々の配信サイト)を通じて、遥か天界の『ある人物』のモニターへと大々的に配信されていた。
◆
その頃。
天界の最高上層部、主神オリンの執務室。
頭部に後光が差すほど完璧にハゲ散らかしている中間管理職の神・オリンは、深刻な胃痛に悩まされながら、自身の担当惑星のPV率を確認していた。
「うぅむ……。ワイズ君の炎上配信はコンプライアンス的に問題があるが、ルチアナ君やカグヤ君たちの部署も不倫だのアイドル推し活だので経費の使い込みが激しい……。私はいったい、どうやってこの宇宙を管理すれば……」
胃薬の瓶を片手に、オリンがため息をつきながらモニターを切り替えた。
そこに映し出されたのは、ポポロ村の村長宅。
そして、カメラ(神の視点)に向かって、鼻に五円玉を詰めた少女が満面の笑みで腹を叩いている映像だった。
『♪月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~』
『♪おヘソはデベソだ~ ターマターマはユーラユラ~!』
「な……なななっ!?」
オリンの目が、驚愕に見開かれた。
気のせいだろうか。モニターの中の少女が、明らかに『カメラ目線』で、自分に向かって直接歌いかけているように見える。
「こ、これは……私に対する、意図的なハラスメント(当てつけ)なのかね!? なぜわざわざ『ハーゲハゲでピーカピカ』の部分で、カメラに向かってウインクをするんだね!?」
『♪と、と、トックリ抱えて グイグイグイグイ』
『♪酒よ~酒で~目玉は クルークルのパーラパラ~』
「や、やめたまえ……。胃が……私のデリケートな胃壁が……っ!」
人魚姫の放つ『原初の歌唱魔力』は、たとえ宴会芸のフザけた歌であろうとも、聴く者の精神に直接干渉する。それがゴッドチューブの回線を逆流し、オリンの『最大のコンプレックス(頭髪)』に精神防御貫通の致命特効として突き刺さったのだ。
『♪み~んな合わせて 腹太鼓~』
『♪ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!』
「グフォォォォッ!!」
オリンは口から大量の胃薬(白い粉)と胃液を噴き出し、執務室のデスクの上に突っ伏した。
「お、おのれルチアナ君……! 君の管轄のアイドルは、直接上層部のサーバー(精神)にサイバー攻撃を仕掛けてくるとは……っ。がくっ」
天界の主神は、完全なダウン(ログアウト)判定を受けた。
◆
「カナタ・プロデューサー! 私の宴会芸、いかがでしたの!」
ポポロ村の村長宅。鼻から五円玉をスポンッと抜き取ったリーザが、ドヤ顔で振り返った。
「……ああ。なんとなくだが、遥か上空のサーバー(天界)から、深刻なエラーログが吐き出された気配がしたぞ」
俺は冷めたコーヒーを飲み干し、夜空を見上げた。
俺の与り知らぬところで、神に致命傷を与えた極貧の芋ジャージ人魚姫。
ポポロ村の夜は、今日もバグと笑いに包まれたまま、平和に更けていくのだった。
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