EP 7
極上出汁(残り湯)の抽出と、女神のエナジードリンク
ポポロ村の村長宅の裏手。
薄暗い納屋の中で、チャプン、チャプンという怪しげな水の音が響いていた。
「ふふふ……。これでよし、と。一滴も無駄にはできませんのよ……!」
オリーブ色の芋ジャージを着たリーザが、漏斗を使って大量の空ペットボトルに、濁ったお湯を注ぎ込んでいる。彼女の顔には、悪徳商人のようなゲスい笑みが浮かんでいた。
「……おい。納屋にこもって、朝っぱらから何の違法なスクリプト(内職)を組んでいるんだ」
俺がコーヒーカップを片手に納屋を覗き込むと、リーザはビクッとして漏斗を隠した。
「ち、違いますの! これは違法なポーション密造などではありませんわ! 正当な商行為、究極のリサイクル・ビジネスですの!」
「リサイクル? お前がペットボトルに詰めてるそれ、どう見ても昨日の夜お前が入った『お風呂の残り湯』だろ」
俺の冷たいツッコミに、リーザは胸を張って言い返した。
「ただの残り湯ではありませんの! これはルナミス帝国で私が極貧生活を強いられていた時、唯一のキャッシュポイントとして活用していた秘密兵器……『人魚の極上出汁』ですわ!」
「出汁って言うな」
「人魚姫という種族には、生まれながらにして海と生命を癒やす微弱な魔力が宿っていますの。つまり、私が浸かったお湯には、その回復エキスがたっぷりと溶け出しているということですわ! これを『アイドルが浸かった聖水』として怪しい露天商に卸せば、一本銅貨五枚で飛ぶように売れるんですのよ!」
「完全にモラルがエラー吐いてるな。アイドルが自分の残り湯を売るとか、コンプライアンス的に一発でアカウント凍結(炎上)だぞ」
俺が呆れ果てていると、背後から顔を覗かせたキャルルが「ひぃぃっ!」と悲鳴を上げた。
「り、リーザちゃん! いくら生活のためとはいえ、そんな怪しいお水を売るなんてダメですぅ! お腹壊しちゃいますよ!」
「大丈夫ですの! ちゃんと上に浮いてる髪の毛やゴミは、目の細かい網で濾過してますわ!」
「そういう物理的な問題じゃないだろ」
俺とキャルルが全力で止める中、隣にいたアマネだけが、荒い鼻息を漏らしながらペットボトルを見つめていた。
「……推しが入ったお風呂の、極上出汁……。こ、これって実質的に『推しと間接的にお風呂に入っている』のと同じ効果が得られる神アイテムなのでは……っ! リーザちゃん! 私、一本金貨一枚で買い取りますぅ!」
「おい、身内から搾取するな! アマネの財布は自己破産ロックで凍結したままだろ!」
限界オタク聖女の手を物理的に払い除け、俺はペットボトルを取り上げた。
中に入っているのは、ただの生ぬるいお湯だ。
だが、俺のSEとしての感覚が、このお湯の中に含まれる『微弱なデータ(魔力)』の存在を確かに感じ取っていた。
(……待てよ。こいつの言う通り、確かにこのお湯には人魚族特有の『生命力回復アルゴリズム』が溶け込んでいる。ただ、不純物(垢や雑菌)が混じっているから『残り湯』という汚いものになっているだけだ)
ならば、余計なノイズ(不純物)をロックして排除し、必要な回復成分のデータだけを抽出・圧縮してやればいい。
「リーザ。お前のその貧乏くさい発想自体は、リソースの有効活用として評価してやる。だが、売り出し方(UI)が最悪だ。俺がPMとして、少しデバッグしてやる」
俺はスラックスのポケットから『アパートの鍵』を取り出した。
「えっ? カナタ・プロデューサー、何を……?」
俺は鍵の先端を、ペットボトルのお湯に直接触れさせた。
「システム・オーバーライド。対象、お湯の中に溶け込んでいる『人魚族の回復魔力』。その成分だけを抽出し、水分中の不純物や雑菌を……『完全ロック(隔離)』」
カチャリ。
解錠音が納屋に響いた瞬間。
濁っていた残り湯が、一瞬にして透き通るような『クリアブルーの液体』へと変貌を遂げた。雑菌や不純物は鍵の力で別の次元へとロック(隔離)され、後には純度一〇〇パーセントの人魚の回復魔力だけが、高濃度に凝縮されて残ったのだ。
「なっ……お湯が、青く光ってますの!?」
「ただ抽出しただけじゃ美味くない。ここに、ポポロ村特産の『陽薬茶』のハーブエキスと、ハニーかぼちゃのシロップをバッチ処理で混ぜ込む」
俺が成分を調整すると、クリアブルーの液体は、シュワシュワと微炭酸を放つ爽やかな飲み物へと進化した。
「完成だ。ポポロ村特製、高濃度疲労回復エナジードリンク。……名付けて『ポポロ・マーメイド』だ」
「ポポロ・マーメイド……! なんてスタイリッシュなネーミングですの!」
「これなら残り湯の面影はゼロだ。完全な合法アイテム(栄養ドリンク)として市場にデプロイできる」
俺が満足げに頷いていると、ちょうど納屋の外から、重い足音と疲労困憊の声が聞こえてきた。
「はぁ、はぁ……。あ、兄貴……お疲れ様っす……」
ふらふらになりながら現れたのは、レオンハート特務部隊の隊長・ガルフ将軍だった。
彼らはキャルルへの狂信的な忠誠心から、村のインフラ整備や大工仕事を日夜不眠不休でこなしている。さらに、彼らは本来「三国駐留所」の警備という本業も持っているため、実質的にダブルワークの過労状態に陥っていた。
「ガルフか。顔色が悪いぞ。タスクの詰め込みすぎでCPUが熱暴走を起こしてるんじゃないか?」
「そ、そうなんすよ、兄貴……。村長(姉御)のために働くのは至上の喜びなんすけど、さすがに三日徹夜で丸太を運んでたら、足腰がガタガタで……。闘気もすっからかんで、もう一歩も動けねえっす……」
屈強なガルフが、大木のような体を丸めて崩れ落ちそうになる。
俺は手元のペットボトル——完成したばかりの『ポポロ・マーメイド』を差し出した。
「ちょうどいい。新製品のベータテスト(試飲)だ。これを飲んでみろ」
「こ、これは……? 青くて、シュワシュワしてるっすが……」
ガルフは疑問に思いながらも、俺からペットボトルを受け取り、ゴクリと青い液体を喉に流し込んだ。
その瞬間。
「——ッ!!?」
ガルフの瞳孔が、極限までカッ!と見開かれた。
ハニーかぼちゃの優しい甘みと、陽薬茶のハーブの香りが口の中に広がると同時。凝縮された『人魚姫の回復魔力』が、ガルフの枯渇した細胞の隅々へとマッハの速度で浸透していったのだ。
「な、なんだこれはぁぁぁぁっ!?」
ガルフの全身から、青白い闘気が爆発的に噴き出した。
「美味い! そして、内側から無限のパワーが湧き上がってくるっす! 足腰の疲労が一瞬で吹き飛び、脳のシナプスがクリアになって、丸太を片手で百本は運べそうな気がするっすぅぅぅっ!」
「おいおい、効果てきめんすぎるだろ」
まるで強力なエナジードリンク(あるいはそれ以上のヤバい薬)をキメたかのように、ガルフは両腕の筋肉をパンプアップさせ、広場に向かって猛ダッシュで駆けていった。
「うおおおおっ! 俺はまだやれる! 姉御の村のために、宇宙まで続くタワーを建ててみせるっすぅぅぅ!」
「……見事なデバッグ(疲労回復)だな。だが、ちょっとオーバードーズ気味か?」
俺が分析していると、その光景を見ていたリーザが「いけますの!」と拳を握りしめた。
「カナタ・プロデューサー! この『ポポロ・マーメイド』、過酷な労働環境に喘ぐ兵士さんたちにとって、究極のお悩み解決グッズになりますわ! すぐに量産体制に入りますの!」
翌日。
ポポロ村の広場には、異様な光景が広がっていた。
「お願いしやすっ! その青い聖水……『ポポロ・マーメイド』を、俺たちにも一本売ってくだせぇ!」
「頼む! 昨晩の夜間警備と、村の整地作業で、俺たちの腰はもう限界なんだ! あの聖水を飲まなきゃ、もう金槌も振れねえんだよぉぉっ!」
ズラーッと一列に並んで見事な土下座を決めているのは、ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三国駐留所の兵士たちだった。
ガルフ将軍の「あの青いドリンクを飲めば、地獄の疲労が吹っ飛ぶ」という口コミが、疲弊しきった前線兵士たちの間にマッハで拡散。結果として、彼らは藁にもすがる思いで村の広場へと殺到してきたのである。
「あはっ♡ 皆様、一列に並んでくださいませ! ポポロ・マーメイドは一本銀貨一枚(約千円)ですわよ! お一人様三本までですの!」
特設アイドルステージの物販コーナーに立ったリーザが、満面のゲス顔で青いペットボトルを売り捌いている。
飛ぶように売れていくエナジードリンク。チャリン、チャリンと、物販のレジ(空き箱)に銀貨が雪崩のように流れ込んでいく。
「やった……やりましたのぉっ! みかん箱の上の五円玉とは桁が違いますわ! これぞ実業! これぞ村の特産品ビジネスですの!」
「おおおっ……! 推しの……推しのオリジナルグッズ(聖水)が、飛ぶように売れていきますぅ……! 私も、私も借金してでも買いたいですぅぅっ!」
アマネが物販の横で、凍結された財布を握りしめながら血の涙を流している。
「……おいキャルル。また一つ、村に変な名産品が誕生しちまったぞ」
俺が縁側でコーヒーを飲みながら肩をすくめると、キャルルは複雑な表情でウサギ耳を垂らした。
「よ、よかったですぅ……。リーザちゃんのお風呂の残り湯が、まさかこんな立派なビジネスに発展するなんて……。でも、お風呂のお湯を商品にするのは、やっぱりどこか間違ってる気がしますぅ……」
「気にするな。成分は完全にハッキングして純粋な魔力に変換した。アレはもう『人魚のエキス入りエナドリ』という立派な仕様だ」
過労にあえぐ兵士たちの悩みを解決し、村に莫大な利益をもたらす究極のエコビジネス。
極貧の人魚姫が持ち込んだ「底辺の知恵」と、俺の「SEのスキル」が融合した結果、ポポロ村の経済はますます常軌を逸したインフレへと向かっていくのだった。
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