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異世界で『鍵使い』のハズレを引いたけど、極上メシを作ったら最強の剣士が弟子入りしてきた〜料理とハッキングで快適スローライフ〜  作者: 月神世一


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EP 6

底辺サバイバル交響曲と、社畜たちの熱き共鳴

 特設ステージでのゲリラライブが大成功を収めた翌日の朝。

 ポポロ村の村長宅の居間には、ちょっとした小山ほどの真鍮貨(五円玉)と銅貨が積み上げられていた。

「あはっ♡ あははははっ♡ お金……お金の匂いがしますの……! 金属の冷たい感触が、最高にオーガニックでエコロジーですわーっ!」

 オリーブ色の芋ジャージに身を包んだリーザが、小銭の山に顔を埋め、まるで高級な羽毛布団にでもくるまっているかのような恍惚の表情を浮かべている。

 その光景は、海中国家シーランの気高き人魚姫という仕様書(設定)から完全に逸脱した、ただの金の亡者のそれだった。

「よかったですね、リーザちゃん! これで今日から、パンの耳や公園の雑草を食べなくても済みますよ!」

 キャルルがウサギ耳をパタパタと揺らしながら、親友の成功を我が事のように喜んでいる。

「ええっ! これだけのキャッシュがあれば、タローソンの『ロックバイソン焼肉弁当』を……なんと、『半額シール』が貼られる前に定価で買うことができますのよっ! ああ、なんという圧倒的な富の暴力……!」

「……お前の経済の天井スケール、低すぎないか?」

 縁側でコーヒーを啜っていた俺は、思わずツッコミを入れた。

 あれだけのライブを成功させ、一晩で莫大なスパチャを荒稼ぎしたというのに、この人魚姫の目標は『コンビニ弁当を定価で買うこと』でストップしているらしい。

「甘いですの、カナタ・プロデューサー! いくら資金バジェットが潤沢になったからといって、無駄遣いは命取りですわ! 生き抜くためのライフハック(0円サバイバル術)を忘れてはいけませんの!」

 リーザは小銭の山から立ち上がり、ビシッと俺を指差した。

「私は昨日まで、この身ひとつで大都会ルナミス帝国のシビアな生態系を生き抜いてきたんですのよ。たとえばお化粧! ルナミスデパートの化粧室に備え付けられている固形石鹸で顔を洗い、1階の化粧品売場の『テスター(試供品)』をハシゴすれば、完全無料でフルメイクが完成しますの!」

「デパートの美容部員に塩を撒かれそうなハッキングだな」

「さらに! お腹が空いたら献血センターに行きますの! 血を少し提供するだけで、なんとハンバーガーやドーナツ、ジュースが『無料』で食べ放題なんですわ! 三日連続で行ったら『あなたの血はもう抜けません』って出入り禁止になりましたけど!」

「命の残機(HP)を削ってジャンクフードを錬成するなよ。バグるぞ」

 俺が呆れてこめかみを押さえていると、リーザはさらに胸を張り、ドヤ顔で語り続けた。

「極めつけは公園での食糧調達ですの! 朝六時、ハトに餌をやるおじさんが現れる時間を狙って、ハトの大群に混ざって食パンの耳をキャッチするんですの! 最初はハトにつつかれましたけど、人魚姫のオーラで本気の威嚇(シャァァァッ!)をすれば、鳥類なんて一発で降伏しますわ!」

「……ひぐっ、うぅっ……! り、リーザちゃん……そんな、そんな過酷な地獄を……っ!」

 リーザの武勇伝(底辺サバイバル術)を聞いていたキャルルが、耐えきれずに両手で顔を覆って泣き出してしまった。

 元とはいえ、レオンハート獣人王国の第三姫君だったキャルルにとって、王族であるはずのリーザがハトと食パンを奪い合う姿は、あまりにも悲惨すぎて精神的なデバフが強すぎたらしい。

「王女様が……テスターでお化粧して、ハトと喧嘩して……うわぁぁぁんっ! もうやめてください、聞いてるだけで胸が張り裂けそうですぅぅっ!」

 だが——。

 村長宅の居間において、リーザの言葉に『異常なまでの共感シンパシー』を示している人間が、俺を含めて二名存在した。

「……見事だ。見事なリソースの最適化だ、リーザ」

 俺は持っていたコーヒーカップを静かにテーブルに置き、深く頷いた。

「えっ?」とキャルルが泣き顔を上げる。

「限られた、あるいはゼロの初期投資アセットから、都市の無料インフラの脆弱性を突いて生存率を極限まで高める。給料日三日前の底辺を生き抜くには、そういうバグ技の連続使用ハッキングが必須になるからな」

「カ、カナタさん……? 何を言ってるんですか……?」

 キャルルが引いているのも構わず、俺の隣で、アマネが激しく首を縦に振って立ち上がった。

「わかります! わかりますぅぅっ! リーザちゃんのその涙ぐましいライフハック、私の『記憶』にも激しく刺さりますぅ!」

 ガチャ中毒の聖女・アマネ。彼女は先祖である日本人転生者『鍵田竜』の遺産の書を通じて、地球の文化や知識をインストールしている。だがその知識の中には、明らかに『限界OLの給料日前サバイバル』という、謎の底辺データが混入していた。

「スーパーのタイムセールで、店員さんが『半額シール』を貼る瞬間の、あのおばちゃんたちの殺気立った包囲網! あれを潜り抜けるためのステッピングとポジション取りは、ダンジョン攻略以上の難易度ですぅ!」

「そうですの! タローソンの廃棄弁当を巡る野良犬との決戦も、いかに相手のエラーを突いてお肉をかすめ取るかが勝負の分かれ目ですわ!」

 リーザとアマネが、まるで百戦錬磨の戦友のように熱い視線を交わし合う。

「さらに言えば、会社の給茶機からタダのお茶を空のペットボトルに詰めて持ち帰る術! あれで一週間の飲料水代をゼロに抑えるんですぅ!」

「給茶機のハッキングか。悪くない手だ」

 俺も腕を組み、前世のシステムエンジニア時代のブラックな記憶トラフィックを引きずり出した。

「だが、プロジェクトの納期前夜、一週間帰宅できずにサーバー室で寝泊まりする絶望に比べれば、野良犬との死闘など可愛いもんだ。あの頃は、サーバーマシンの強烈な排熱を利用して、冷え切った缶コーヒーやコンビニ弁当を温める『排熱レンジハック』で生き延びていた」

「「は、排熱で温める……っ!?」」

 リーザとアマネが、俺の言葉に息を呑んだ。

「そうだ。支給されるのはパサパサのカロリーメイトと、カフェイン剤だけ。視界がバグり、脳内メモリが完全にクラッシュしそうになる中、温かい缶コーヒーの熱だけが、俺が人間であるという唯一のログだったんだ」

 俺は遠い目をして、絶対に帰りたくない前世の地獄デスマーチに思いを馳せた。

「……素晴らしいですわ! カナタ・プロデューサーのその極限環境でのサバイバル術、まさに真のトップアイドルの素質ですの!」

「カナタさん……! そんな過酷なレイドボス(ブラック企業)と戦っていたなんて、尊敬しますぅ!」

 リーザ、アマネ、そして俺。

 本来なら決して交わることのないはずの、極貧の地下アイドル人魚姫、限界オタクの聖女、そして元社畜のシステムエンジニア。

 その三人が今、『底辺を生き抜くための過酷なサバイバルあるある』という謎の共通プロトコルを通じて、完全に精神の同期マージを果たしていた。

「私たちは……負けませんの! たとえパンの耳が固くて歯茎から血が出ようとも!」

「はいっ! 給料日前にお金がなくても、無料で生き抜く知恵バグがありますぅ!」

「ああ。仕様書がどんなに理不尽なクソゲーでも、俺たちはデバッグとハッキングでしぶとく生き延びてみせる」

 俺たち三人は、畳の上で硬貨の山を囲みながら、ガッチリと熱い握手を交わした。

 目にはうっすらと、戦友同士にしか分からない共感の涙が浮かんでいる。

 底辺を這いずり回った者にしか理解できない、究極の『社畜・貧困交響曲シンフォニー』が、ポポロ村の村長宅で美しく奏でられていた。

「…………あの」

 部屋の隅で、お盆を持ったままキャルルが完全に置いてけぼりを食らっていた。

 彼女のウサギ耳は理解不能な状況に混乱してあちこちを向き、ルビー色の瞳は引きつっている。

「……どこの地獄の話なんですかぁぁっ!? 王女様と、聖女様と、伝説のグランドマスターの三人が、どうしてハトの餌や排熱の話でそんなに熱く絆を深めてるんですかぁっ!?」

 キャルルの悲痛なツッコミは、俺たちの強固な『底辺のファイアウォール』に弾かれ、虚しく居間の空気に溶けていった。

「さあ、リーザ。今日のお昼はタローソンの弁当じゃない。俺が『圧縮ロック』を応用して、安い米麦草を超高圧で炊き上げた『極上もっちり塩むすび』をデプロイしてやる」

「塩むすび……! 具がなくても、お米の甘みだけでいける究極のエコノミーフードですわね! 一生ついていきますの、カナタ・プロデューサー!」

「私も! 私も食べますぅ! 無料の美味しいご飯、最高ですぅ!」

「わ、私だって村長なんですから! 仲間外れにしないでくださいぃぃっ!」

 狂乱のライブから一夜明け、ポポロ村の村長宅には、どこかズレた底辺の平穏が訪れていた。

 だが、俺たちがそんな馬鹿馬鹿しい日常を回している間にも、俺の『アイドル経済圏』の立ち上げは、確実に大陸の裏社会システムの深層へと波紋を広げ始めていたのである。

お読みいただきありがとうございます!


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