EP 3
不味い飯は許さない、社畜SEの自炊宣言
アマネの案内で到着したポポロ村は、のどかで平和な場所だった。
ドサッ、と木製のテーブルに黄色い塊が置かれる重鈍な音が響く。
「さあ、命の恩人様! 遠慮なく『ゲロオムレツ』を食べてください!」と、彼女は満面の笑みで致死量の悪臭を放つ物体を差し出してきた。
「……アマネ。恩人に向かってゲロとは、ずいぶんロックな挨拶だな」
「違いますよぅ! これはルナミス帝国軍が配備している『第3型戦闘糧食』、通称ゲロオムレツです! 名前は最悪ですけど、強力な防腐魔法で賞味期限は無限だし、何より安いんです。うちみたいな貧乏教会にはありがたい保存食で……」
俺は顔を引きつらせながら、その黄色いスポンジ状の塊を観察した。
見た目はただの無骨な四角いオムレツだ。だが、立ち上る匂いが異常だった。強烈な胃酸の匂いと、腐った靴下を煮込んだような風味が鼻腔を容赦なく突き抜ける。
試しにフォークを突き立ててみるが、スライムの凝固剤が使われているらしく、車のタイヤのような異常な弾力でガチンと弾き返された。
「これを食えと? スライムの死骸と骨粉でも混ぜて高圧プレスしたような硬さだぞ。こんなの胃袋に入れたら、消化器官のシステムがクラッシュするだろ」
「あ、すごいですカナタさん! 大体その通りの原材料で作られてます!」
「人間の食べ物じゃねえだろうが!!」
俺はたまらずテーブルを叩いて立ち上がった。
ブラック企業のデスマーチ中、時間短縮のためにカロリーメイトとエナジードリンクだけで三日間を凌いだことはある。だが、いくら社畜でも食事の『尊厳』までは捨てていない。
過労死して異世界まで来て、なんで弾力のある産業廃棄物みたいなゴミを食わなきゃならないんだ。
「そういえば、アマネ。さっきの川で『タバスコ』を出した時、ドブ掃除で貯めたポイントがどうとか言ってたよな?」
「はい! 私のユニークスキル『ランダムボックス』は、善行ポイントを消費して地球のアイテムを出すんです。皿洗いで1p、ドブ掃除で50pです!」
「あのタバスコの小瓶は100pだったな。……おい、ドブ掃除二回分であのハズレ小瓶一本かよ。変換レートがブラックすぎるだろ」
俺は頭の中で素早く計算式を組み立てた。
1000pでカテゴリー検索が解放されるということは、皿洗いなら1000回、ドブ掃除なら20回。それでようやく狙ったジャンルが引けるかもしれないという地獄のソシャゲ仕様だ。
「うぅ……私だって、本当はもっと美味しい地球のご飯を出したいんです。でも、食べ物のガチャは必要ポイントが高くて……神官のお仕事だけじゃ全然貯まらなくて……」
しょんぼりと肩を落とすアマネ。
その背後の床では、川辺から引きずられてきたフェイトが「……スヤァ……」と幸せそうに寝こけている。こいつ、マジで一度コイントスの裏が出たら、世界が滅びかけても起きないんじゃないのか。
「……貸せ。キッチンはどこだ」
「え?」
「タスクの修正だ。こんなバグだらけの飯、俺の胃袋が許可しない。俺が飯を作る」
俺は川辺で解体し、インベントリ代わりの魔法ポーチ(アマネの備品)に突っ込んでおいた『ピラダイの白身肉』を取り出した。
さらにアマネの教会のキッチンを物色する。
地球の調味料はないが、この世界特有の香辛料や植物がいくつか転がっていた。
「これは……『マヨ・ハーブ』と『醤油草』か。すりつぶして絞れば、マヨネーズと醤油の代用品になるな」
問題は、下ごしらえの速度だ。
ピラダイの身には、まだ太い小骨がびっしりと残っている。普通なら骨抜きにかなりの時間を要するが、俺には『あれ』がある。
俺はまな板に置いたピラダイの巨大な切り身に、アパートの鍵を押し当てた。
「システム・オーバーライド。対象、ピラダイの骨格構造」
『どんな鍵でも開けられる』。
それはつまり、結合されているパーツの『ロックを解除し、分離させる』ことも可能だということだ。骨と肉を繋ぐ組織の鍵を開けてやればいい。
「——『ロック解除』」
カチャリ。
小気味よい音と共に、切り身の中に埋まっていた何十本もの太い小骨が、まるでディスクドライブからイジェクトされるかのように、ツルリと身から抜け落ちてまな板に散らばった。
「……ええええっ!? 包丁も使わずに、一瞬で骨抜きに!?」
「ただのピッキングの応用だよ。さあ、火を通すぞ」
俺は骨を抜いた純度100%の極上白身肉を一口大に切り分け、米麦草(この世界の小麦粉の代用品)を薄くまぶし、熱した油の海へ投下した。
ジュワアアアッ! という暴力的な音と共に、極上の香ばしい匂いがキッチンを満たしていく。ゲロオムレツの悪臭など、一瞬でかき消された。
こんがりとキツネ色に揚がった白身魚のフライ。
その上に、すりつぶしたマヨ・ハーブと醤油草を合わせた『特製和風マヨソース』をとろりと回しかける。油の熱でソースの香りがさらに弾けた。
「完成だ。ピラダイの白身フライ・和風マヨソース仕立て」
「ご、ごくり……」
アマネがたまらず喉を鳴らした。
その時だった。
「……くんくん。なんだこの……俺の魂を揺さぶる匂いは……」
床で爆睡していたはずのフェイトが、まるで墓場から蘇るゾンビのようにゆらりと立ち上がった。
コイントスの強烈なデバフの呪いを、ただの『食欲』という本能が打ち破ったらしい。こいつ、どんだけ食い意地が張ってるんだ。
俺は言葉を失う二人に皿を差し出した。
フェイトとアマネは、無言でフォークを突き立て、まだ湯気を立てているフライを口に運ぶ。
サクッ。
心地よい衣の音。そして。
「……!! 美味いッ!!」
フェイトが目を見開き、大声で叫んだ。
「サクサクの衣の中に、ふわふわでジューシーな白身肉が閉じ込められている! なんだこのソースは!? 濃厚な油のコクを、塩気のある汁が完璧に引き締めている! 噛めば噛むほど旨味が溢れ出して止まらねぇ! 俺は……俺は今まで、何を食って生きてきたんだ……っ!」
「美味しい……! ほっぺたが落ちちゃいそうですぅぅ!」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、二人は一瞬で皿の上のフライを平らげた。
異世界の劣悪な食事情と、味気ない保存食に慣らされた彼らの舌に、地球のジャンクな味覚ロジックは劇薬すぎたらしい。
見事に胃袋をハッキング(掌握)完了だ。
「よし、これで腹も膨れたし、俺は帰還方法を探るためにこの村で情報収集でも——」
「待てッ!!」
ガシィッ! と、フェイトが俺の肩を強く掴んだ。
見れば、その目は血走り、異常なまでの執着と熱を帯びていた。
「カナタ! 俺が戦い方を叩きこんでやるから 俺専属の料理人になれ!」
フェイトにミスリルソードを突きつけられながら、俺は深く、深く天を仰いだ。
俺ののんびり異世界スローライフの夢は、開始わずか半日で完全に崩れ去ったのである。
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