EP 4
強欲の人魚姫と、限界オタク聖女の自己破産ロック
深夜の『バグ盛り特製ラーメン』による餌付けが見事に完了し、ポポロ村の村長宅には新たな居候が正式にマージされた。
翌朝。
すっかり洗濯されて柔軟剤の良い香りがするようになったオリーブ色の『芋ジャージ』に身を包み、リーザは居間の中心にデデンと『みかん箱』を設置していた。
「コホン。皆様、昨晩は素晴らしいスポンサー契約(ラーメンのお恵み)、誠にありがとうごじゃいましたの」
健康サンダルを履いた足をピシッと揃え、リーザはみかん箱の上から恭しく一礼した。
「私、ただタダ飯を食らうような三流アイドルではありませんの。本日は皆様への感謝の印として、そして私のパトロンとしての『自覚』を促すため……私、シーラン国王女リーザの、完全プライベート・プレミアム・ライブを開催いたしますわ!」
「朝の七時から、居間でみかん箱の上に乗ってやることじゃないだろ」
俺が縁側でコーヒーを啜りながらツッコミを入れるが、リーザの耳には届いていない。
彼女は木の棒の先に松ぼっくりをつけた手製マイクを握りしめ、ふぅ、と深く息を吐いた。
その瞬間、居間の空気が、物理的に『変わった』。
(……なんだ? 大気中の魔力濃度が、異常な数値に跳ね上がっているぞ)
俺は眉をひそめた。
先ほどのポンコツな態度は微塵もない。みかん箱の上に立つ少女のルビー色の瞳の奥に、ある種の『狂気』にも似た、ゾッとするほど純粋な執着の炎が揺らめいていた。
「私がステージに立って歌うと、ファン達の『時間』を奪うことができるんですの」
マイクを通さない、独白のような囁きが居間に響く。
「みんな、仕事や生活で辛いことや、考えなきゃいけないタスクがたくさんあるはずなのに。私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの」
リーザの背後に、幻覚のようなスポットライトの光が降り注ぐ。
人魚姫。かつて船乗りたちを魅了し、海鳴りと共にその魂を深海へと引きずり込んだという、伝説の魔性の種族。
「だから、私は……ファン達の『世界』そのものになりたいんです。彼らの視線も、お金も、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんですの」
リーザがマイクを天に掲げた。
「私は運命。私は物語。だから貴方達の全てをちょうだい♡ 聞いてください。——『Love & Money』!!」
『朝に目覚ましが鳴ったわ(ジリリリ!)』
『私はまだ眠いわ(おはよー!)』
圧倒的な声量と、透き通るようなソプラノボイスが居間の障子をビリビリと震わせた。
だが、問題は歌唱力ではない。彼女の歌声に乗せて放たれる、人魚族特有の『原初の歌唱魔力』だ。
それは、聴く者の精神に直接干渉し、「可処分時間」と「貯蓄キャッシュ(資産)」を100%吸い上げることを目的とした、極めて悪質な『強欲のドレイン・アルゴリズム』だった。
「……ッ、こいつはヤバい! キャルル、耳を塞げ! 精神をハッキングされるぞ!」
「えっ? あ、はいっ! ……でも、なんだかすごくキラキラしてて、目が離せませんぅ……!」
キャルルが慌ててウサギ耳を両手で塞ぐが、すでにその瞳はトロンとし始めている。
そして、俺の隣。
この魔性のドレイン・ライブの直撃を、最も最悪の形で受けてしまった者がいた。
『ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪(All Need! All Need!)』
『貴方の全てを背負って生きていける(Fuuu〜!)』
「あぁぁぁ……! 尊い……! 尊いですぅぅぅぅっ!!」
聖女の末裔、アマネ・カギタ。
彼女は両手に、自身の『ランダムボックス』で何故か排出されたピンク色に輝く地球のペンライトを二本握りしめ、滝のような涙を流しながら床に膝をついていた。
「アマネ!? おい、しっかりしろ!」
「カ、カナタさん……私、気づいてしまったんですぅ……!」
アマネはガンギマリに血走った瞳で、みかん箱の上のリーザを凝視したまま早口で捲し立てた。
「『ガチャ』は、どれだけポイントを消費しても、欲しいものが排出されるとは限らない、虚無と隣り合わせの孤独な戦いです……! でも、『スパチャ(投げ銭)』は違うんですぅ!」
「は?」
「お金を、ポイントを投げれば投げるほど……推しは確実に私を見てくれる! 私の名前を呼んでくれる! 愛と承認が、100%の確率でリターン(確定排出)される最高のシステムなんですぅぅぅっ!」
ダメだ。ガチャ中毒という名の不治の病を抱えていた彼女の脳内報酬系が、人魚姫の強欲魔力と最悪のマージ(結合)を果たしてしまった。
承認欲求と課金欲求が完全同期した結果、アマネは立派な聖女から、後戻りのできない『限界アイドルオタク(トップオタ)』へとクラスチェンジを遂げてしまったのだ。
「だから私は……銀河の果てまでついていきますぅぅぅ! オ・レ・の! 女王様ぁぁぁっ!!」
アマネが狂ったような手つきでオタ芸を打ち始める。
ペンライトのピンクの軌跡が、居間の中で残像となって荒れ狂う。
「リーザちゃぁぁぁんっ! 私の貯金! それに、ランダムボックスの『善行ポイント(現在五万ポイント)』も、全部スパチャに回しますぅ! 今すぐ換金して、リーザちゃんにタワーマンションと株券を貢ぎますぅぅぅっ!」
アマネが懐から財布を取り出し、さらに空中に浮かび上がったスキル画面の『ポイント全額換金』のボタンに指を伸ばそうとした。
「……させるか、馬鹿野郎」
俺はため息をつきながら、スラックスのポケットから『アパートの鍵』を抜き放った。
ここでアマネに全財産とポイントを溶かされれば、村長宅の家計という名のサーバーが物理的にクラッシュし、明日からの食費がショートする。
俺は狂乱するアマネの背後に回り込むと、彼女の財布と、空中に浮かぶシステムウィンドウの両方に鍵を押し当てた。
「システム・オーバーライド。対象、アマネ・カギタの資産引き出し権限、および善行ポイントの消費プロセス」
カチャリ。
「——『自己破産ロック(凍結)』」
「えっ……? あ、あれっ?」
アマネが財布を開こうとするが、まるで溶接されたようにピタリとくっついてビクともしない。さらに、空中の『換金ボタン』も灰色になり、いくらタップしてもエラー音が鳴るだけになった。
「あ、開かない! ボタンも押せませんぅ! どうして!? 私には、推しに課金する義務があるのにぃぃぃっ!」
「義務じゃない、ただのエラーだ。頭を冷やせ」
俺が容赦無くシステムを凍結すると、みかん箱の上で歌っていたリーザが「ああっ! 私の見込み収益が! 強制ロスカットされましたのぉぉっ!」と悲鳴を上げて崩れ落ちた。
十分後。
ドレイン魔力による興奮状態が冷めた居間には、奇妙な静寂が漂っていた。
「うぅぅ……私のスパチャ……。リーザちゃんに、ガラスの靴を買ってあげたかったのにぃ……」
財布を抱きしめてメソメソと泣く限界オタク聖女。
「はぁ、はぁ……。せ、せっかくの大口スポンサーを、なんてことしてくれますの、カナタ・プロデューサー……!」
歌い疲れて芋ジャージのまま畳に転がり、ぜぇぜぇと息を切らしている地下アイドル(リーザ)。
「……あ、あの、私、よく分からなかったんですけど……とりあえず、お茶淹れますね?」
二人の異常なテンションについていけず、完全に蚊帳の外に置かれていた村長が、そそくさと急須を取りに行っている。
「……はぁ」
俺は冷めたコーヒーを啜りながら、深く、重い疲労感を覚えていた。
リーザのアイドルとしてのポテンシャル(魔力)は本物だ。だが、この強力すぎる『集金アルゴリズム』を身内に対して野放しにしておけば、早晩この村長宅は破産する。
(だが、このバグを逆手にとれば……強力な資金調達のシステムとして、村の経済に組み込めるんじゃないか?)
俺の前世のSEとしての思考回路が、危険な算段を弾き始めていた。
「おい、リーザ」
「……なんですの。私、今、実質的な減収減益でテンションが底辺ですわ」
「お前のその集客力とドレイン魔力。みかん箱の上で、身内相手にちまちま吸い上げてる場合じゃないぞ。もっと広域で、効率的にトラフィック(客)を集める必要がある」
「えっ……?」
リーザが顔を上げ、ルビー色の瞳を瞬かせた。
俺はアパートの鍵を指先で回しながら、村の広場の方角へ視線を向けた。
「俺がPMとして、お前のための『安全な検証環境』をデプロイしてやる。お前の歌で、ポポロ村に莫大な外貨(五円玉)を引っ張ってくるんだ」
狂気の人魚姫と、限界オタクの聖女。
この二つの特大バグを利用した、俺の新たなプロジェクト(ポポロ村・アイドル特区計画)が、今まさに立ち上がろうとしていた。
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