EP 3
アイドル姫のやせ我慢と、深夜のバグ盛り特製ラーメン
タローソンの裏手で野良犬と廃棄弁当を巡る威嚇合戦を繰り広げていた少女は、泣き叫ぶキャルルによって強引にポポロ村の村長宅へと回収された。
村長宅の広々とした居間。
テーブルの上には、キャルルが腕によりをかけて作った『バイソンハムの手作り特厚サンドイッチ』と、『ポポロ特産野菜の濃厚ポタージュ』が並べられている。
「さぁリーザちゃん、遠慮しないで食べてください! ルナミスのシェアハウスを出てから、ずっとそんな過酷な生活をしてたなんて……私、悲しいですぅ!」
キャルルがウサギ耳をペタンと寝かせ、涙ぐみながらサンドイッチを勧める。
しかし、オリーブ色の『芋ジャージ』に身を包んだ海中国家シーランの王女——リーザは、健康サンダルを脱いだ足を正座させ、ぷいっと顔を背けた。
「……ふんっ。お断りですの!」
『きゅるるるるるるるぅぅぅっ……!』
強気な言葉とは裏腹に、彼女の腹の虫が大音量で悲鳴を上げている。
「孤高のトップアイドルたるもの、安易な同情や施しは受けませんの! 私のお腹は、ファンの皆様からの温かい愛と『お賽銭』だけで満たされて……きゅるるるっ、きゅるぅぅっ」
「ファンの愛、ものすごい音で消化不良を起こしてるぞ」
俺がコーヒーを啜りながら淡々と突っ込むと、リーザは震える手でジャージのポケットを探り、何かを取り出した。
それは、カピカピに乾燥した『パンの耳』と、公園で引っこ抜いてきたであろう土のついた『雑草』だった。
「わ、私にはこのヘルシーでオーガニックなディナーがありますの! これをしっかり噛み締めて……うぅっ、パンの耳が固すぎて歯茎から血が出ますのぉ!」
「実装コード(現実)が限界突破してる。誰か早くこのバグを修正してやれよ」
俺が呆れ果てていると、隣でアマネが目を血走らせて身を乗り出してきた。
「カナタさん! 私、今すぐ溜まっている善行ポイントを換金して、あの子に最高級のフルコースディナーを課金してあげたいですぅ!」
「お前の財布の紐は、俺が物理的に『ロック』しただろ。これ以上、不毛な沼にハマるな」
ガチャ中毒の聖女を片手で制しつつ、俺は立ち上がって台所へと向かった。
「あの手の『無駄にプライドが高いバグ』には、理詰めや同情(正攻法)は逆効果だ。本能のレイヤーに直接語りかけるブルートフォース攻撃(総当たり戦)で、脳の報酬系を強制的にハッキングするしかない」
俺はエプロンを締め、前世で幾度となく胃袋に叩き込んだ『劇薬』の錬成に取り掛かった。
ルナミス帝国の兵士たちを狂暴化させる二郎系ラーメン『豚神屋』——それを俺のSE的知見とスキルで究極再現した、深夜のドカ食い特製ラーメンである。
用意するのは、シープピッグの分厚いバラ肉、大量の背脂、刻みニンニク、そしてタローマンで買ってきた極太の米麦草麺。
通常なら何時間も煮込んで乳化させるスープだが、俺にはそんな無駄な手順(プロセスの遅延)を待つ気はない。
スラックスから『アパートの鍵』を取り出す。
「システム・オーバーライド。対象、スープ内の水分と動物性油脂の分子結合。——『乳化ロック(強制結合)』!」
カチャリ。
鍵の音が響いた瞬間、寸胴鍋の中の透明なスープが自律的に蠢き、一瞬にして白濁した。暴力的なまでの旨味が極限まで凝縮された、ドロドロの超高濃度スープの完成だ。
茹で上がった極太麺を巨大な丼に叩き込み、その上にモヤシとキャベツでチョモランマのような山を築く。さらに、極厚の豚肉を三枚並べ、仕上げに雪のように真っ白な『背脂』と『刻みニンニク』を山頂からドサリと投下した。
「ほら、夜食のデプロイ(展開)だ」
ドンッ、と居間のテーブルに置かれた巨大な丼。
「なっ……!? なんですの、この茶色と白の暴力的な盛り付けは……っ!」
リーザが目を丸くして後ずさった。
圧倒的なニンニクの香りと、動物性油脂の暴力的な匂いが、居間に充満する。人魚姫という清らかなる種族のDNAが「これは食べてはいけない劇薬だ」と警鐘を鳴らしているはずだが、彼女の鼻はピクピクと動き、ルビー色の瞳は丼から1ミリも動かせなくなっていた。
「アイドル様にはこんなジャンクフード、口に合わないよな? じゃあ俺が食うか」
「ま、待ちっ……!」
俺が丼を引こうとすると、リーザの震える両手がそれをガシッとホールドした。
「ア、アイドルは……常に新しい食のトレンドをリサーチする義務がありますの! ちょ、一口だけ……味見をしてあげてもよくってよ!」
カタカタと震える手で割り箸を割るリーザ。
彼女は極太の麺を天地返しで掬い上げ、ドロドロの乳化スープをたっぷりと絡ませて、小さな口へと運んだ。
ズルルルルッ!
瞬間。
リーザの脳内で、何かが物理的に弾ける音がした(ような気がした)。
「……ッ!!?」
極限まで空腹だった胃袋に、強烈な塩分、致死量の炭水化物、そしてシープピッグの背脂による圧倒的な暴力が、マッハの速度で叩き込まれたのだ。
パンの耳と雑草で飢えを凌いできた彼女の細い神経細胞は、この過剰な旨味のトラフィックに耐えきれず、完全にショートを起こした。
「あ、あ、あま……っ! 背脂が、お口の中でとろけて、ニンニクの香りが鼻腔を突き抜けて……っ! 脳が、脳が溶けますぅぅぅぅっ!」
「ほら、一口味見したから終わりな」
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!! 私のお肉! 私の背脂ぁぁぁっ!!」
もはや人魚姫の矜持など欠片も残っていなかった。
リーザは丼を両手で抱え込み、ダイソンの掃除機もかくやという凄まじい吸引力で、極太麺と分厚い豚肉を次々とブラックホール(胃袋)へと吸い込んでいく。
「ズルルッ! ふがっ! んごぉぉぉっ! おいひぃ! 豚肉さん、おいひぃですぅぅ!」
「り、リーザちゃん……涙と鼻水で、お顔がぐしゃぐしゃですぅ……」
ドン引きするキャルルの横で、アマネだけが両手を組んでうっとりとしていた。
「ああっ、推しが無心でラーメンを啜る姿……尊いですぅ! この食べてる姿だけで、五万円のスパチャの価値がありますぅ!」
わずか数分後。
リーザは丼を天に掲げ、最後の一滴までドロドロのスープを飲み干した。
「ぷはぁぁぁぁぁぁっ!!!」
彼女は満腹でぽっこりと膨らんだお腹(芋ジャージがはち切れそうになっている)をさすりながら、畳の上に大の字に倒れ込んだ。
その瞳からは、圧倒的な満足感と、自らの敗北を認める大粒の涙が滝のように流れていた。
「うぅぅ……あぐっ、ひっく……。アイドルは霞を食べて生きるなんて嘘でしたの……。現実は、現実はシビアですぅぅぅっ!」
「ようやく現実(システム要件)を直視できたようだな」
俺が空になった丼を片付けようとすると、リーザは突如として跳ね起き、村長室の床を滑るように移動した。
ズザァァァァァァッ!!
見事なまでの、垂直スライディング土下座。
健康サンダルを綺麗に脱ぎ捨て、額を畳にこすりつける、もはや芸術的なまでの降伏ポーズだった。
「お、お願いしますの! 私をこの村の、いや、この家の『居候』にしてくださいませぇぇっ! もう公園のハトとパン屑を巡って喧嘩したくありませんのぉぉっ!」
「お前の国の女王が聞いたら、ショックで海が枯れそうなセリフだな」
「歌います! お皿洗いでも、肩揉みでも何でもしますの! だからどうか、私に一日三食と、温かいお布団という名のスポンサー契約をぉぉっ!」
「カ、カナタさん! 私のお給料からリーザちゃんの家賃と食費は出しますから、どうか置いてあげてくださいっ!」
「私、推しと同じ屋根の下で暮らせるなんて……毎日がプレミアム・ファンミーティングですぅ!」
キャルルとアマネまで加勢し、完全に外堀を埋められた。
俺は深く、重いため息を吐き出し、スラックスのポケットに手を突っ込んだ。
「……ハァ。分かったよ。ただし、村の労働リソースとしてきっちりタスクはこなしてもらうからな。まずはその芋ジャージを洗濯しろ。ニンニク臭くてたまらん」
「は、はいっ! ありがとうございますの、カナタ・プロデューサー様ぁぁっ!」
こうして、ポポロ村の村長宅という名のシェアハウスに、極貧の芋ジャージ人魚姫という新たな『バグ』が正式にマージされた。
俺の胃薬の消費量は、また一段と加速しそうだった。
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