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異世界で『鍵使い』のハズレを引いたけど、極上メシを作ったら最強の剣士が弟子入りしてきた〜料理とハッキングで快適スローライフ〜  作者: 月神世一


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第三章 狂気のスパチャ・マーメイド

デスマーチ明けの平穏と、交番前の反復横跳び

 完璧に晴れ渡った青空の下、ポポロ村の広場にはリズミカルなノコギリの音と、威勢の良い掛け声が響き渡っていた。

「そらっ、もっと木材を運んでこい! 姉御のために、宇宙一快適な村役場を建てるんすよ!」

「おうさっ! 俺たちの血と汗で、ポポロ村のインフラを完璧に整えるっす!」

 汗だくになって木材を切り出し、見事な大工仕事で建築作業を進めているのは、筋骨隆々の獣人たちだった。

 つい先日までこの村を火の海にしようとしていた、レオンハート獣人王国のエリート特務部隊である。

「おはようございます、カナタの兄貴! 今日の広場の整地タスク、すでに予定より前倒しで完了しやしたっ!」

 かつては圧倒的な闘気で俺を威圧してきたガルフ将軍が、額の汗を拭いながら爽やかな満面の笑みで敬礼してくる。その瞳には、一欠片の殺意も残っていない。あるのはただ、狂信的なまでの忠誠心だけだ。

「ああ、ご苦労。……適度に休憩を入れて、リソースを枯渇させないように気をつけろよ」

 俺は片手にコーヒーカップを持ったまま、プロジェクトマネージャー(PM)として適当に労いの言葉を返した。

 ガルフたちは「うおおおっ、兄貴のお言葉、骨の髄まで染み渡りやす!」と感動の涙を流しながら、さらに倍の速度で金槌を振り始めた。

「ひぃぃぃっ! 皆さん、本当にごめんなさぁぁい! そんなに働かなくていいですから、冷たいお茶でも飲んで休んでくださいぃぃっ!」

 広場の隅では、ウサギ耳の美少女——このポポロ村の新村長であるキャルル・ムーンハートが、巨大なヤカンを抱えて獣人兵たちにペコペコと頭を下げていた。

 満月の夜、月の引力によってテンションが限界突破バグした彼女は、マッハの暴力で獣人たちを粉砕し、直後に自らの血反吐と引き換えに生成した究極の回復薬『月光薬』で全回復させるという、恐怖の無限ループ(ヤキ入れ)を敢行した。

 結果として、死の恐怖と細胞新生の究極のトランス状態を連続で味わった獣人たちは、脳内の報酬系を完全に書き換えられ、キャルルを「破壊と癒やしを司る女神」として崇める狂信的な労働リソースと化してしまったのである。

 当のキャルル本人は、正気に戻ってから自分がやらかした惨劇の記憶に怯え、すっかりいつもの「ポンコツで気の良いウサギ」に戻っていた。

「カナタさぁぁん……! 皆さん、私がいくら謝っても『姉御の御心、痛いほど理解しやした!』って言って、休んでくれないんですぅ……!」

「お前が自らデプロイ(展開)した洗脳システムだろ。諦めて、しっかり村のインフラ整備に活用させてもらえ」

 半ベソをかくキャルルを横目に、俺は縁側に腰を下ろしてコーヒーを啜った。

 前世の日本で、経済系大学を卒業した俺はブラック企業のシステムエンジニア(SE)として就職し、一週間の不眠不休という過酷なデスマーチの末、サーバー室の冷たい床で過労死した。

 その頃の地獄に比べれば、このポポロ村での生活は天国そのものだ。

 だが、俺のユニークスキル『鍵使い』の異常なハッキング性能がバレて以来、村の周囲では俺に対する過剰な畏怖と勘違いが加速度的に肥大化している。挙句の果てには、大陸最大の企業『ゴルド商会』のオロチ会長から直々に目をつけられる始末だ。

「神様、仏様……! 今日も村の平和のために、私はお皿洗いに励みますぅ! だからどうか、私の『ランダムボックス』のポイントを早く貯めてくださいませっ!」

 教会の前では、聖女の末裔であるはずのアマネが、目を血走らせながら皿洗いの善行ポイントを計算し、虚空のガチャシステムに祈りを捧げている。

「……うぅっ。昨日のコイントス、あと一ミリ表に傾いていれば……痛っ、頭が割れるように痛い……」

 そして村長宅の奥からは、A級冒険者にして村の自警団リーダーであるフェイトが、毎晩日課にしている天界闇カジノの大博打に負け、デバフの副作用で死にそうな声を出していた。

 ヤンデレヤクザウサギと、重度のガチャ中毒聖女と、筋金入りのギャンブル廃人。

 これが俺の抱える現在の主要プロジェクトメンバーである。

「……胃薬が足りないな。天界のハゲ(オリン主神)の気持ちが少しだけ分かってきた気がする」

 俺はスラックスのポケットに手を突っ込み、ため息をつきながら村の巡回(パトロールという名目の現実逃避)に出ることにした。

   ◆

「おおっ、カナタの旦那! 今日も村の見回りかい? あんたのおかげで、村は今日も平和そのものだよ!」

 村の大通りを歩いていると、農家のおじさんたちが次々と笑顔で声をかけてくる。

「あ、ああ。収穫の進捗はどうだ?」

「バッチリさ! ほら、見てくれよ。今日の『ネタキャベツ』は一味違うぜ!」

 おじさんが掲げた青々としたキャベツが、突如として人間の口のような亀裂を開き、大声で叫び始めた。

『お隣の奥さん、夜な夜な村長室の裏で、カナタさんが捨てたコーヒーの出がらしを回収して匂いを嗅いでるらしいわよぉぉ!』

「おっ、こいつぁ三面記事のトップを飾れる極上のゴシップだ! 煮込んだら最高のダシが出るぜぇ!」

「相変わらず、倫理観の欠片もないろくでもない野菜だな……」

 俺は顔を引きつらせながら、早足でその場を後にした。

 村人たちの俺に対する扱いは、ここ数日で劇的に変化していた。

 最初はただの「便利な兄ちゃん」だったはずが、俺が『鍵使い』のスキルで物質の分子反発力をロックして貢物を極小サイズにZip圧縮したり、シープミルクの脂肪球を強制結合させて一瞬で特大イチゴパフェをデプロイしたりしたせいで、今や村人からは「空間と概念を統べる伝説のグランドマスター」だの「ヤクザウサギを裏で操る冷徹な天才参謀」だのという、とんでもない噂が一人歩きしているのだ。

 俺はただ、面倒な手順を端折って定時退社したいだけの元社畜に過ぎないというのに。

「……目立たず、騒がず、平和に暮らしたいだけなんだがな」

 ポツリと本音をこぼしながら、村の境界付近にある小さな交番の前を通りかかった時のことだった。

「シュッ! シュッ! シュッ!」

 風を切るような鋭い摩擦音が、静かな通りに響いていた。

 俺は足を止め、交番の前で繰り広げられている『異常な光景』に目を奪われた。

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 腰まで届くプラチナブロンドの髪は、陽の光を反射して真珠のように輝いている。透き通るような白い肌と、奇跡的なバランスで配置された目鼻立ちは、どう見ても高貴な王族か何かの血統を感じさせる絶世の美少女だ。

 ——だが、その「実装コード(見た目)」に対して、彼女が身に纏っている「外装(UI)」は致命的なまでのバグを起こしていた。

 ルナミスデパートのワゴンセールで三着セット銅貨一枚で売れ残っていそうな、絶妙にダサいオリーブ色の『芋ジャージ』。そして足元には、近所のコンビニに行くときくらいしか履かないようなプラスチック製の『健康サンダル』。

 その芋ジャージの美少女が、交番の入り口の真ん前で、目を見開きながら猛烈なスピードで『反復横跳び』を繰り返しているのである。

「1、2! 1、2! まだまだいけますわよーっ!」

 健康サンダルがアスファルトを擦る音。しかも、無駄にキレがいい。

 あまりの奇行に、俺は電柱の陰に身を隠し、呼吸を潜めた。関わってはいけないタイプのエラーコードの匂いが、俺のSEとしての危険探知センサーを激しく鳴らしている。

「お、おい! そこで何をしているんだ、君! 不審者か!?」

 ついに交番の中から、耐えかねた様子の警備兵が慌てて飛び出してきた。

 その瞬間だった。

「はうっ……! も、もう限界ですの……お腹が……空きすぎて……」

 少女は急に目線を泳がせると、まるで三流の演劇のような大げさなモーションで膝から崩れ落ち、警備兵の目の前でパタリと倒れ込んだ。

「な、なんだって!? おい、大丈夫か! 顔色が真っ青じゃないか!」

「す、すみません……私、もう三日三晩、パンの耳と公園の雑草しか食べていなくて……通りすがりの親切な殿方、どうか……お水だけでも……ガクッ」

「そ、それは大変だ! 水どころじゃない、今すぐ中へ入れ! 急いでメシの手配をしてやる!」

 完全に同情を誘われた警備兵は、倒れた少女を慌てて交番の中へと抱え込んでいった。

 俺は電柱の陰から、交番の窓ガラス越しにその後の様子を静かに見守った。

 五分後。

 取り調べ室の机の上に置かれたのは、湯気を立てる大盛りの『カツ丼』だった。

「あむっ! はふっ、はふっ! お肉が……! ルナミス産のお肉と油が、甘いですぅぅぅっ!」

 先ほどまでの今にも死にそうな演技はどこへやら。少女は目をキラキラと輝かせ、涙をポロポロと流しながら、プロのフードファイター顔負けの速度でカツ丼を貪り食っていた。

「ゆっくり食えよ。足りなきゃお代わりもあるからな」

「ありがとうごじゃいますぅ! おまわりさん、とっても優しいですの!」

 口の周りを米粒だらけにしながら、芋ジャージの少女は最高の笑顔で微笑んだ。

 その完璧なまでの生存戦略。

 俺はこめかみを押さえ、深く深呼吸をした。

「……無駄がない。一切の無駄がない。国家権力の温情と、社会インフラの脆弱性セーフティネットを意図的に突いた、見事なソーシャル・エンジニアリング(物理ハッキング)だ」

 交番前で謎の挙動不審アピールからの、保護&カツ丼無料召喚コンボ。

 あんな図太い0円サバイバル術を完璧にこなす少女が、ただの素人であるはずがない。

「だが、種族のスペックの高さと、着ているジャージのダサさの乖離バグが深刻すぎる。あれは絶対に、俺の手には負えない『未定義のシステムエラー』だ」

 俺はそっと視線を外し、誰にも見つからないように足音を消して、その場から回れ右をした。

 平和な日常に忍び寄る、新たなトラブルの予兆。

 だが、PMの鉄則は「自分の担当外のバグには触れないこと」である。

 俺は交番から聞こえてくる「お代わりですのーっ!」という場違いな歓声を背中で聞き流しながら、足早に村長宅へと引き返した。

 しかし、世界のバグ(勘違い)というものは、見なかったことにしようとすればするほど、向こうから勝手にマージ(合流)してくるのがアナステシアの無慈悲な仕様なのである。

お読みいただきありがとうございます!


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