EP 9
満月の夜のご熱い指導(ヤキと全回復)
分厚い雲が風に流れ、ポポロ村の夜空に完璧な真円を描く十五夜の月が現れた。
その黄金の光を浴びた瞬間、ウサギ耳の新村長のルビー色の瞳孔が、カッ!と極限まで見開かれた。
「……皆さん、こんな夜更けに村を騒がせるなんて、ちょっと『気合』が足りないんじゃないですかぁ?」
ガンギマリの笑顔を浮かべたキャルルから、先ほどまでのヤンデレ的な殺意とは違う、もっと理不尽で厄介な『暴走テンション』のオーラが噴き出した。
隊長であるガルフを一撃で彼方の岩山まで吹き飛ばされ、戦意を完全に喪失していた特務部隊の獣人たちは、悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。
「ひぃぃぃっ! なんだあのウサギは! 全軍撤退、国へ逃げ帰れぇっ!」
「あはっ♡ どこへ行くんですかぁ? 村長からのご挨拶は、まだ終わってませんよ?」
ドゴォォォンッ!
キャルルが特注の安全靴で地面を蹴り飛ばすと、彼女の姿はマッハの速度で掻き消え、逃げ惑う獣人兵たちの先頭に一瞬で回り込んだ。
「月影流・乱れ鐘打ち!」
「ごふぁっ!?」
空気を切り裂く連続回し蹴りが、重装甲ごと獣人たちの骨をへし折る。
圧倒的な暴力の前に、屈強な特務部隊の兵士たちが次々と宙を舞い、地面に叩きつけられて血の海に沈んでいく。
「や、やめ……もう許して……」
全身の骨を砕かれ、虫の息で命乞いをする獣人兵。
それを見たキャルルは、ハッと我に返ったようにウサギの耳をペタンと寝かせ、大粒の涙をポロポロと流し始めた。
「あっ! 大変! 皆さん、こんなに酷い怪我をして……! 私が、私が今すぐ助けますからねっ!」
お前がやったんだろ、というツッコミを入れる間もなく、キャルルはエプロンのポケットから『陽薬草』を取り出した。
そして、そこに自らの生命力を限界まで注ぎ込み始める。
「ガハッ……ゴホォォォォッ!!」
突如、キャルルが大量の血反吐を撒き散らした。
究極の回復薬『月光薬』の生成による、術者へのすさまじいダメージの跳ね返りだ。彼女は口の周りを真っ赤に染め、ふらふらと幽鬼のように歩きながら、倒れた獣人兵の口をこじ開けて光り輝く薬液を流し込んだ。
「死なせない……絶対、生きて……!」
「あ、アンタ……俺たちを殺そうとしたんじゃ……?」
薬液を飲み下した瞬間。
獣人兵たちの身体を眩い光が包み込み、砕けた骨が、破裂した内臓が、凄まじい勢いで超再生を果たしていく。
致死量の苦痛から一転、細胞が新生する究極の快感が彼らの脳髄を駆け抜け、エンドルフィンが爆発的に分泌された。極限のサウナすら凌駕する、絶対的な『整い』のトランス状態。
「あぁぁぁ……なんという多幸感……身体が、羽のように……!」
恍惚の表情で立ち上がる獣人兵たち。
「よかったぁ! 皆、元気になりましたね!」
血まみれの顔で満面の笑みを浮かべるキャルル。だが、次の瞬間、彼女の瞳が再びガンギマリのルビー色に発光した。
「……でも、まだ挨拶の声が小さいですねぇ! 気合、入れ直しますか!」
バキィィィィィンッ!!
「あぎゃあああああっ!!」
完全回復した直後の獣人の顎に、再び安全靴の蹴りがクリーンヒットした。
そして粉砕された直後、キャルルがまた血を吐きながら月光薬を飲ませる。
殴る、蹴る、粉砕する。
「ごめんなさぁぁい!」と泣きながら血を吐いて全回復させる。
そしてまた、粉砕する。
「……おいカナタ。あれが、本当の地獄か」
いつの間にか目覚めていたフェイトが、俺の背中に隠れてガチガチと震えていた。
「俺、さっきコイントスで気絶しといて本当に良かった……。あのウサギ、悪魔よりえげつねえ」
「ああ。暴力と回復の無限ループ。システムの論理を完全に無視した、最悪のバグ技だ」
俺はコーヒーカップを片手に、遠くで繰り返される惨劇を淡々と見つめた。
マッハの暴力で死の恐怖を骨の髄まで刻み込み、直後に自己犠牲の愛で究極の癒やしを与える。これを短時間で繰り返されれば、どんなに強靭な精神を持つ軍人でも、脳の回路が焼き切れて『洗脳状態』に陥る。
数分後。
そこには、ポポロ村の広場に整列し、血まみれで微笑むウサギ耳の美少女に向かって、深々と土下座をするレオンハート特務部隊の姿があった。
岩山から引きずり出されて回復させられた隊長のガルフも、今や猛獣の面影は一切なく、尻尾を股の間に挟んで平伏している。
「あ、姉御ォォォォォォッ!!」
ガルフが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら叫んだ。
「俺たちが間違ってやした! 愛玩用の籠の鳥だなんて、とんでもねえ! 姉御は破壊と癒やしを司る、戦場の女神っす!」
「俺たちの魂と肉体は、今日から姉御のモンです! どうか、一生ついていかせてくだせぇ!!」
「えへへ、皆さん元気になってよかったですぅ!」
キャルルが呑気にVサインを作る。
「……よし、洗脳完了だな。これで明日から、村の開拓作業の強靭な労働力が確保できた」
俺がPMとして満足げに頷くと、隣でアマネが「カナタさんも大概おかしいですぅ……」とドン引きしていた。
斯くして、ポポロ村の平和は、ウサギの異常なテンションと無限のヤキ入れによって、完全な形で守り抜かれたのである。
◆
翌朝。
正気に戻ったキャルルが、広場を埋め尽くすレオンハートからの『大量の貢物』と、筋肉ダルマの獣人たちの土下座を見て、「ひぃぃっ!? ごめんなさぁぁい!!」とジャンピング土下座をかましている平和な風景が広がっていた。
だが、この規格外の騒動が、近隣の勢力を刺激しないはずがなかった。
「ほう……あのガルフ将軍が、ウサギに土下座だぎゃあ?」
貢物の金塊が積まれた木箱の影から、派手なスーツを着た初老の男が、不敵な笑みを浮かべてポポロ村の広場を見つめていた。
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