EP 8
闘気のロック解除と、超電光流星脚
「——勝手に仕様を変えるな」
俺がただの『アパートの鍵』を構えて立ち塞がった瞬間、漆黒の重装甲に身を包む獣人将軍・ガルフは、心の底からの嘲笑を漏らした。
「ハッハッハッハ! 狂ったか人間! 魔力一つ持たないただの平民が、この俺の『闘気』の前に立っていられるとでも思っているのか!」
ガルフの全身から噴き出す、陽炎のような異常な生体エネルギー(闘気)が、周囲の大気を物理的に歪ませる。
「死ねぇっ、羽虫が!」
地を蹴る轟音と共に、ガルフが戦斧を振りかぶって突進してきた。
その速度は重戦車そのもの。A級冒険者のフェイトですら目で追うのがやっとの超高速の暴暴力だ。
だが、俺の心拍数は『60BPM』から1ミリも変動していない。
(速くて重いが……システムとして見れば、直線的で単純すぎる!)
フェイトの理不尽な剣筋を躱し続けた経験が、俺の脳内に『絶対死角』のアルゴリズムを構築していた。
俺はガルフの振り下ろす戦斧のベクトルが確定した瞬間、視神経の処理領域外——ガルフの巨体の真下へと、地面を滑るように肉薄した。
「なっ……消え、た!?」
ガルフが驚愕に目を剥く。圧倒的な力に頼り切ったシステムは、想定外のエラー(死角からの接近)に弱い。
俺はガルフの分厚い胸当ての隙間に、アパートの鍵を深々と押し当てた。
「お前のその無駄にデカい生体エネルギー(闘気)。体内を循環させて制御してるなら、そのリミッターを外してやる」
俺は管理者権限で、ガルフの肉体を駆け巡る生体回路を指定した。
「システム・オーバーライド。対象、生体闘気の循環システム。——『ロック解除』!」
カチャリ。
戦場に、透き通るような解錠音が鳴り響いた。
「——ガ、ガァァァァァァァァッ!?」
次の瞬間、ガルフの全身から噴き出していた青白い闘気が、真っ赤な炎のように変色し、無秩序に暴走を始めた。
体内で循環を制御されていた膨大なエネルギーが一気に決壊し、自らの肉体と内臓を焼き焼き尽くす。ショートした機械のように、ガルフの巨体が激しく痙攣し、完全に硬直した。
「バ、バカな……俺の闘気が、制御できな……ごぶぁっ!」
ガルフが大量の血を吐き出し、膝をつく。
俺の『鍵』による、完全なシステムの破壊だ。
「よし……! 今だ、村長!」
俺が背後を振り返り叫ぶと、そこにはもう、トラウマに怯える弱い鳥籠の姫君はいなかった。
「……私の大切な村を。大好きな朝定食を。私の初めての『居場所』を……」
キャルルのルビー色の瞳から、純粋な光が完全に消失していた。
代わりに宿っているのは、絶対零度の怒りと、愛するものを脅かす害虫を物理的にすり潰すという『ヤンデレの狂気』だ。
「よくも、燃やすと言ってくれましたねぇ……!!」
キャルルはタローマン特注の安全靴の踵を、カチリと打ち合わせた。
その瞬間、靴底に仕込まれた『雷竜石』が解放され、一億ボルト(1,000MJ)の紫電が彼女の全身を包み込む。
黄金の月光と、紫の雷。二つの規格外のエネルギーが、ウサギ耳の美少女の細い身体で一つに融合していく。
「あ、あれは……まさか、王家秘伝の……ッ!?」
全身の闘気を暴走させられ、身動き一つとれないガルフが、絶望に満ちた声を上げる。
「消え去りなさい。——『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』!!」
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!
雷鳴が轟いた。
クラウチングスタートの姿勢から飛び出したキャルルは、瞬く間に音速(マッハ1)の壁を突破した。
衝撃波が村の広場の地面を粉砕し、紫電を纏った彼女の身体が空中で一回転する。
100mを5秒台で走るスピードと、20mの跳躍力。そして特注安全靴の強烈な質量。
それらが一つになった、277トンのエネルギーを秘めた『絶対破壊の飛び蹴り』が、硬直したガルフの胸元に直撃した。
「ガ、アアアアアァァァァァァァァッ!!?」
凄まじい閃光と爆音。
漆黒の重装甲は紙屑のようにへし折れ、圧倒的な暴力を誇った獣人の将軍は、そのままボールのように弾き飛ばされ、ポポロ村の彼方にある岩山に激突して巨大なクレーターを作った。
「た、隊長ォォォォッ!?」
残された特務部隊の兵士たちが、信じられないものを見たという顔で悲鳴を上げる。
「……ふぅ。これでエラーの除去は完了だ」
俺がアパートの鍵をポケットにしまい、軽く肩をすくめると、雷の残滓を纏ったキャルルが、ふわりと地面に降り立った。
彼女の瞳には、いつもの愛らしいハイライトが戻っている。
「カナタさんっ!」
キャルルは全速力で駆け寄ると、俺の胸にドンッと飛び込んできた。
「危なかったじゃないですか! もしカナタさんに何かあったら、私、世界を滅ぼしてましたよ!」
「……お前の蹴りの方がよっぽど世界を滅ぼしそうだったぞ」
俺が苦笑して彼女の頭を撫でると、キャルルは「えへへ」と嬉しそうにウサギ耳を揺らした。
「さて……」
俺は、震え上がって武器を取り落としている残りの特務部隊に目を向けた。
「ひぃぃっ! ば、化け物だ! に、逃げろぉっ!」
獣人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出そうとした、その時。
背後に隠れていた『満月』が、分厚い雲から完全にその姿を現した。
「あっ」
キャルルの表情が、再び『危ういもの』へと変貌した。
「……皆さん、こんな夜更けに村を騒がせるなんて、ちょっと『気合』が足りないんじゃないですかぁ?」
ガンギマリになったルビー色の瞳。
満月の夜のヤキ入れシステム(ハイテンション暴走)が、最悪のタイミングで起動した瞬間だった。
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