EP 7
招かれざる獣たちと、PMの宣戦布告
圧縮した貢物のキューブを押し入れにしまい、平和な午後のお茶を淹れようとした時だった。
ビリッ、と。肌を刺すような静電気に似た嫌な悪寒が、村全体を包み込んだ。
「……なんだ、この重たい空気は」
俺がコーヒーカップを置いて縁側から立ち上がると、アマネが血相を変えて教会から飛び出してきた。
「カ、カナタさん! 村の入り口に、レオンハート獣人王国の軍隊が……っ!」
広場へと駆けつけると、そこには異様な光景が広がっていた。
昨晩キャルルがヤキを入れた『国境警備の一般兵』とは違う。全身を漆黒の重装甲で包み、巨大な戦斧を背負った、見るからに歴戦の獣人戦士たちが十数名、村の入り口を完全に封鎖していた。
その先頭に立つ、一際巨大な獅子の獣人が、地鳴りのような声で吠えた。
「さあ、見苦しい逃亡劇は終わりだ、第三姫君! お前のような愛玩用の『籠の鳥』が、こんなドブのような辺境の村で泥遊びなど、我がレオンハートの恥辱である!」
男の言葉に、俺の隣に立っていたキャルルの肩が、ビクッ!と大きく跳ねた。
いつもピンと立っているウサギの耳が、恐怖とトラウマでペタンと力なく垂れ下がっている。
「ガルフ、将軍……っ。どうして、特務奪還部隊が、こんなところに……」
「お前の居場所は、豪奢な鳥籠の中だけだ。さあ、大人しく国へ帰るぞ。抵抗するなら、この薄汚い村ごと灰にしてくれる!」
ガルフと呼ばれた獅子の将軍が、ニヤリと残忍な笑みを浮かべた。
その瞬間、ガルフの全身から、陽炎のような禍々しい『闘気』が爆発的に噴き出した。
フェイトの闘気とは比べ物にならない。空気が物理的に軋み、周囲の木々が強烈な風圧でへし折れるほどの、圧倒的な生体エネルギーの暴風。
「……ッ! なんだあのバケモノは!」
A級冒険者であるはずのフェイトが、剣を抜くことすらできず、そのプレッシャーの前にガチガチと歯の根を鳴らして後ずさった。
コイントスで逃亡する余裕すらない。絶対的な『死』の気配が、村人全員の呼吸を奪っていた。
「……っ。カナタさん、アマネちゃん」
キャルルが、震える声で俺たちを振り返った。
そのルビー色の瞳には、絶望の涙が浮かんでいる。
「ごめんなさい。……やっぱり私、逃げられないみたいです。私が大人しく従えば、村には手を出さないはずですから……」
マッハで空から降ってきた時の圧倒的な強さも、満月の夜に見せた狂気的なヤンデレ気質も、そこにはなかった。
過去のトラウマというシステムロックに縛られた、ただの弱い女の子が、大切な居場所を守るために自己犠牲を選ぼうとしていた。
キャルルが重い足取りで、ガルフの元へ歩み出ようとした、その時。
「——勝手に仕様を変えるな」
俺はキャルルの華奢な肩をガシッと掴み、その歩みを強制的に引き留めた。
「カ、カナタさん……?」
「お前はギルドから派遣された、このポポロ村の立派な『村長』だろ。トップが部下とシステム(村)を見捨てて、勝手に競合他社に引き抜かれるなんて、PMの俺が絶対に許可しない」
俺はキャルルを背中に庇うように前に出ると、スラックスのポケットに両手を突っ込んだまま、圧倒的な闘気を放つガルフを冷たい目で見据えた。
「おい、そこの毛むくじゃら。この村のシステムにバグはない。帰るべきはお前ら『不正アクセス(部外者)』の方だ」
「……なんだと?」
ガルフの顔から笑みが消え、獣特有の凶暴な殺意が俺に突き刺さった。
普通の人間なら、その眼光だけで心臓が止まっているだろう。だが、ブラック企業で培った俺の『無の心』のファイアウォールは、その程度のプレッシャーでは1ミリも揺らがない。
「カナタさん、やめてください! あの闘気は本物です、あなたが殺され——」
「村長は下がってろ。……フェイト、アマネ! 村人たちを避難させろ! こいつらは俺がデバッグする!」
俺の指示に、キャルルが息を呑んで目を見開いた。
「ハッハッハッハ! 狂ったか人間! 魔力一つ持たないただの平民が、この俺の『闘気』の前に立っていられるとでも思っているのか!」
獣の咆哮と共に、圧倒的な暴力の波が村を飲み込もうとする。
俺はスラックスから『アパートの鍵』を抜き放ち、静かに前に出た。
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