EP 6
土下座の村長と、大量の貢物
ベーコンエッグの焼ける香ばしい匂いが漂う、清々しいポポロ村の朝。
だが、その平穏は、広場に土煙を上げて乗り込んできた三台の『いかつい装甲馬車』によって粉砕された。
ルナキン風朝定食のトーストを齧っていた新村長のウサギ耳が、恐怖でピンと直立した。
「姉御ォォォォォッ!! 昨晩のご熱い指導、骨の髄まで染み渡りやした!!」
装甲馬車から転がり出てきたのは、ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の兵士たちだった。
本来なら血で血を洗う敵対関係にあるはずの三国の兵士が、肩を組んで一糸乱れぬ動きで地面にスライディング土下座を決める。
その顔は打撲と擦り傷だらけだが、表情はなぜか憑き物が落ちたように爽やかで、瞳には狂信的な輝きが宿っていた。
「ひぃぃっ!? ご、ごめんなさぁぁぁいっ!!」
キャルルは持っていたトーストを放り投げ、兵士たちよりもさらに美しいフォームで、縁側から地面にジャンピング土下座を返した。
「私、昨日の夜、十五夜の月を見てたらなんかテンションが変な方向に振り切っちゃって……! 気がついたら皆さんのキャンプで大暴れしてて……本当に、本当にごめんなさいっ!」
ウサギ耳をペタンと寝かせ、涙目で震える美少女。
昨晩マッハの暴力で軍事キャンプを壊滅させた破壊神と同一人物とは思えない、見事なまでのポンコツ(事後後悔)っぷりである。
「め、滅相もねえ! 姉御に土下座などさせられやせん!」
ルナミス兵が慌てて頭を上げる。
「俺たちはあの後、姉御が自らの命(血)を削って俺たちに飲ませてくれた『光の薬』のおかげで、真の愛と平和を知りやした……! あんな極限のサウナ以上の整い(トランス)、今まで生きてて味わったことねえっす!」
「俺たちの魂と忠誠は、今日から姉御のモンです! これは、俺たち三国合同キャンプからの『ほんの気持ち(貢物)』ですっ!」
兵士たちが合図をすると、馬車の荷台から次々と木箱が降ろされた。
金貨の詰まった袋、ルナミス産の高級ワイン、アバロンの魔法石、レオンハートの特上シープピッグ肉。広場があっという間に、ヤクザの親分に献上されるような貢物の山で埋め尽くされていく。
「……おいキャルル。朝から何のスパムメール(大量の迷惑通知)を受信してるんだ」
俺がコーヒーカップ片手に縁側から声をかけると、キャルルが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらすがりついてきた。
「カ、カナタさぁぁぁん! 怒られるかと思ってたら、なんかヤクザの組長みたいに崇められてますぅ! こんな大量の賄賂、村長として受け取れませんよぉ!」
「受け取らなきゃ、あいつらの洗脳された忠誠心の行き場がなくて暴走するぞ」
俺はため息をつきながら、兵士たちに向き直った。
「お前らの気持ち(バグ)は分かった。村長に代わって、俺がPMとして受け取っておく。お前らはさっさと国境警備の任務に戻れ」
「おおっ、姉御の右腕の兄貴ですね! 了解しやした! 姉御、またいつでもシゴきに来てくださいねぇっ!」
兵士たちは敬礼し、清々しい笑顔で去っていった。狂信的信者を生み出すウサギのシステム、恐るべしである。
「さて、残されたのはこの大量の貢物だが……」
アマネが広場を埋め尽くす数十個の木箱を見て青ざめる。
「カナタさん、教会の倉庫はもういっぱいですし、これ、どこに置くんですか?」
「村の経済システムに一気に流せばインフレが起きて崩壊する。厳重に保管しておく必要があるが……たしかに場所がないな」
俺は少し考え、スラックスから『アパートの鍵』を取り出した。
「対象のデータ容量が大きすぎるなら、Zip圧縮してやればいい」
「じっぷ……?」
小首を傾げるキャルルとアマネを尻目に、俺は積み上げられた木箱の山に鍵を押し当てた。
「システム・オーバーライド。対象、木箱および内容物の『分子間の反発力(電磁気力)』」
物質がその体積を保っているのは、原子や分子同士が反発し合っているからだ。俺の管理者権限で、その余白を極限まで削り落とす。
「——『圧縮ロック(Zip化)』!」
カチャリ。
解錠音が響いた瞬間。
「えっ!? ひゃあああっ!?」
数十個あった巨大な木箱の山が、まるでブラックホールに吸い込まれるように、ギュルルルッ!と音を立てて中心へ向かって物理的に収縮していった。
物理法則をハッキングして隙間(反発力)をなくした結果、山のような貢物は、わずか『一辺三十センチの小さなキューブ(圧縮ファイル)』へと変換された。
「……ほら、これなら俺の家の押し入れにでも入るだろ。必要な時に、アンロック(解凍)して取り出せばいい」
俺がひょいとキューブを持ち上げると、キャルルが目を丸くして震え始めた。
「す、すごいです……! あんな大量の物質を、一瞬で極小サイズに圧縮するなんて! カナタさん、あなたはやっぱり伝説のグランドマスター……!」
「だからただのSEだって言ってるだろ。ほら、冷める前にトースト食え」
俺が冷めたコーヒーを捨てて新しいものを淹れ直していると、キャルルが小さなキューブを抱きしめながら、尊敬と安堵の入り混じった瞳で俺を見つめた。
「……カナタさん。私、昨日の夜は暴走して迷惑かけちゃいましたけど……あなたがいてくれたら、このポポロ村の村長、ちゃんとやっていけそうな気がします」
「お前が暴走しないのが一番の解決策なんだがな。まあ、PMとしてデバッグのサポートくらいはしてやるよ」
ヤクザの親分と、その後始末をする参謀(元社畜)。
奇妙な関係性が構築されたポポロ村の広場に、再びのどかな朝の空気が戻ってきた。
◆
だが、彼らの知らない場所で、事態は確実に次のフェーズへと進行していた。
ルナミス帝国の首都、大陸屈指の大企業『ゴルド商会』の巨大な会長室。
「……へえ。三国の兵士たちが、ポポロ村のウサギに土下座して貢物を差し出した、だぎゃあ?」
派手なスーツを着た蛇目族の初老の男——オロチ会長が、報告書を読みながらニヤリと舌舐めずりをした。
「高木夏那太という謎の男に、今度はマッハのウサギ……。あの辺境の村には、ワシのビジネスの血をたぎらせる『極上のお宝(金の成る木)』が埋まっとる匂いがするぎゃあ」
大陸最大の商人の影が、確実にポポロ村へと忍び寄っていた。
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