第二章 ポポロ村の新村長は、満月の夜にヤキを入れる
村長の隠居と、音速の落下物
ベーコンエッグの焼ける香ばしい匂いが、静かなポポロ村の朝を包み込んでいた。
「ゴホッ、ゴホッ……カナタ殿、ワシの命の灯火も、どうやら長くないかもしれない……」
しんみりとした悲痛な告白の直後、上空から鼓膜を破るようなマッハの衝撃波が轟いた。
「……ちょっと待て。ツッコミが追いつかない」
空き家を改修した俺の自宅。その縁側で、俺はフライパンを片手に天を仰いだ。
死蟲機の群れとルナミス帝国軍の徴税官を追い払い、俺がポポロ村の正式な住人となってから数日。
俺は過労死した前世のブラック企業時代には考えられなかった『優雅な朝食』を作ることにハマっていた。
本日のメニューは、ルナミス帝国のファミレス『ルナキン』のモーニングを完全再現した朝定食だ。
米麦草の粉をふっくらと焼き上げた厚切りトースト。シープピッグの分厚いベーコンと、黄身が半熟の目玉焼き。それにシャキシャキのレ足スと人参マンドラ(※悲鳴を上げる前にハッキングしてスライスした)のサラダである。
それを縁側で、自警団長のフェイトと神官のアマネと共に味わい、極上のポポロ・コーヒーを啜る。
これぞ待ち望んだ完璧なスローライフだ。
だが、そんな穏やかな朝の空気をぶち壊すように、村長が杖をつきながら現れたのだ。
「村長、寿命が近いって……一昨日の夜、サケスキーのジョッキを三杯も空けて大声で歌ってたじゃないか」
「いやいや、あれは最期の輝きというやつじゃよ。ワシはもう限界じゃ。このままでは、いつ村長室で冷たくなっているか分からん」
村長はよぼよぼと咳き込みながら(たぶんただの二日酔いだと思うが)、真剣な顔で俺たちを見た。
「先の騒動で、このポポロ村はルナミス帝国や他国から完全に注目を集めてしまった。ワシのような年寄りでは、これからの外交や村の発展は担えん。そこで……冒険者ギルドの『地域応援隊』に要請し、今日から新しい村長を呼ぶことにしたんじゃ」
「新しい村長? ギルドから派遣されるのか?」
俺がベーコンエッグを皿に盛り付けながら尋ねると、村長は深く頷いた。
「うむ。なんでも、元はどこかの国の『近衛騎士隊長候補』だったという、桁外れの実力と人望を持つお方らしい。満場一致で選ばれたスーパーエリートじゃと」
「近衛騎士隊長候補だと!?」
横でトーストを限界まで頬張っていたフェイトが、目をギラつかせて立ち上がった。
「そいつは面白え! 俺とどっちが強いか、村長就任の前に模擬戦を申し込んでやるぜ!」
「やめてくださいフェイトさん! またコイントスの裏を出して村のど真ん中で寝る気ですかぁ!?」
「バカ言えアマネ、今日こそ俺の右腕が『表』を引くと囁いて……」
フェイトがスラックスのポケットから銀貨を取り出そうとした、その時だった。
『ヒィィィィィィィィンッ!!』
突然、空気を切り裂くような甲高い飛来音が、頭上から降り注いできた。
「なんだ!?」
俺が空を見上げると、雲を突き抜けて『何か』が一直線にポポロ村の広場へ向かって落ちてくるのが見えた。
赤い彗星か、それとも隕石か。
俺のSEとしての動体視力が、その落下速度を計算して即座にシステムアラートを鳴らす。
(時速1200キロ……音速を超えてるぞ!? なんだあの質量兵器は!)
「敵襲か!? 俺の出番だな!」
フェイトが銀貨を親指で弾こうと身構える。
だが、落下物の速度はフェイトのコイントスすら置き去りにした。
ズドォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃音と共に、村の広場の中央に『それ』が直撃した。
爆発的な土煙が舞い上がり、縁側のコーヒーカップが激しく揺れる。
強烈な衝撃波が吹き荒れ、俺たちは思わず腕で顔を覆った。
「ゲホッ、ゴホッ……! なんだ今の爆発は! ミサイルでも撃ち込まれたのか!?」
土煙が晴れていく中、広場には直径数メートルの見事なクレーターが穿たれていた。
フェイトが、弾き損ねた銀貨を握りしめたまま、ポカンと口を開けてクレーターを見下ろしている。
「おい、フェイト! コイン弾く暇もなかったな」
「あ、ああっ……まさかコインより速い落下攻撃が存在するとは……俺の想定外だ」
「お前が遅いだけだろ。それより、あの中……」
俺たちは息を呑んで、クレーターの中心を見つめた。
どれほどの巨大な魔獣か、あるいは完全武装の鉄人が現れるのか。
だが、そこにいたのは、俺たちの予想をあらゆる意味で裏切る存在だった。
「あいたたた……流星脚での移動は、やっぱり着地の調整が難しいですねぇ」
澄んだ、鈴を転がすような可愛らしい声。
土煙の中から現れたのは、長い耳をピンと立てた『ウサギ耳の美少女』だった。
年齢は二十歳そこそこ。透き通るような白い肌と、愛らしい顔立ち。
だが、その服装は異質だった。重い鎧も、煌びやかな魔法のローブも着ていない。彼女は現代の地球の若者が着るような、動きやすいラフなパーカーとデニムのショートパンツという出立ちだったのだ。
そして何より俺の目を引いたのは、彼女の足元だった。
ウサギ耳の美少女が履いていたのは、ガラスの靴でも革のブーツでもない。
ルナミス帝国のホームセンター『タローマン』のロゴがデカデカと入った、先端に分厚い鋼鉄のプレートが仕込まれている『特注の安全靴』だったのだ。
(マッハ1の落下速度を……あの安全靴の両足だけで受け止めてクレーターを作ったのか!? この世界の物理演算エンジンはどうなってんだ!)
俺が心の中で激しくツッコミを入れていると、ウサギ耳の少女はパーカーの埃をポンポンと払い、ポケットから飴玉を取り出してヒョイと口に放り込んだ。
「う、ウサギのお耳……それにその跳躍力、月兎族ですか!?」
アマネが恐る恐る尋ねると、少女は飴玉を転がしながら、パァッと花が咲いたような眩しい笑顔を向けた。
「はい! 冒険者ギルド・地域応援隊から派遣されてきました! 今日からこのポポロ村の村長に就任しました、キャルル・ムーンハートです! 皆さん、仲良くしてくださいね!」
ニコリと笑う彼女のポケットから、趣味で刺繍したらしい『人参柄のハンカチ』がチラリと覗いている。
どこからどう見ても、ただの可愛らしいウサギの女の子だ。
だが、彼女の足元にある深さ一メートルのクレーターが、彼女がただ者ではないことを無言で証明していた。
「……おい村長。あの子が、お前の言っていたスーパーエリートの近衛騎士隊長候補か?」
「そ、そうらしいのじゃが……ワシの想像していた威厳のある騎士像とは、少々違う気が……」
村長もドン引きして後ずさっている。
マッハで空から降ってきた、安全靴を履いたウサギ耳の新村長。
クレーターの中心で飴玉を舐めながら微笑む彼女を見つめ、俺は天を仰いだ。
俺の平穏なスローライフは、またしても音速で破壊されたようである。




