EP 13
二日酔いの朝と、開拓キャンパー魔将軍
大宴会の翌朝。昨晩のサケスキー(米麦草の蒸留酒)のせいで、俺の頭は鈍くズキズキと痛んでいた。
『ドガァァァァァンッ!!』
二日酔いの頭痛を物理的に破壊するかのように、教会の分厚い木の扉が、けたたましい音を立てて蹴り破られた。
「おはようございます! 昨晩の暴力的なまでに美味しそうな匂いの発生源は、ここですわね!?」
朝陽を背に受けて立っていたのは、息を呑むほど美しい女性だった。
透き通るような白い肌に、氷のように冷たくも艶やかなブルーの長い髪。だが、その絶世の美貌に反して、彼女の服装はあまりにも異質だった。
分厚いカーキ色のオーバーオールに、頑丈な安全靴。手には、絶対に切れない鎖が巻き付いた無骨な片手斧。オーバーオールの胸ポケットには『タローマン(一般向けからガテン系職人向けまで揃うルナミスのホームセンター)』のロゴが輝いている。
「ひぃっ!? か、カナタさん! あ、あの方、アバロン魔皇国の『氷魔将軍スアイ』ですぅぅ!」
教会の掃除をしていたアマネが、腰を抜かして俺の背中に隠れた。
魔将軍だと? そんなヤバい肩書きの幹部が、なんでガテン系の作業着を着て早朝からカチコミをかけてくるんだ。
「お、おいフェイト! 起きろ、敵の幹部だぞ!」
俺はソファで丸まっている自警団長を蹴り飛ばした。
「……むにゃ。魔将軍? 上等だ、俺の剣のサビにしてやる……」
フェイトは寝ぼけ眼で立ち上がり、ポケットから銀貨を取り出して親指で弾いた。
キィンッ!
宙を舞った銀貨は、床に落ちる前に、見事に床板の隙間(ひび割れ)にスコンッと入り込み、床下に消えていった。
「あ、コイン無くした。……じゃ、今日は有給で……グースー」
フェイトはそのままソファに倒れ込み、二秒で凄まじいいびきをかき始めた。
「このポンコツがぁぁっ!!」
俺が頭を抱えていると、スアイと呼ばれた魔将軍は、斧を肩に担ぎながらため息をついた。
「安心なさいな。私はもう魔王軍を退職した身ですわ。あんな職場、二度と御免ですもの」
「退職……? 魔王軍って辞められるのか?」
俺が戸惑いながら尋ねると、スアイは美しい顔をしかめて不満を爆発させた。
「ええ、辞めましたわ! 氷の魔法を使うからって、どうして極寒の戦場で露出度の高い『ビキニアーマー』を着なければならないんですの!? 機能性ゼロ、防御力皆無! 意味のないエロスと色気は違います! あんなものは明白なセクシャルハラスメントですわ!」
「あー……」
「おまけにルチアナ様とかいう女神の横槍で、動画配信のPV稼ぎのために無駄な出撃ばかり。私はもっとこう……自然と触れ合い、大木を切り倒し、己の力で生活を豊かにする『開拓DASH』的なスローライフがしたかったんですの!」
スアイの熱弁を聞いて、俺の胸に奇妙な共感が芽生えた。
トップの無茶振り。無意味な仕様の強制。そして理不尽な労働環境。
「……わかるぞ。俺も前世で、トップの思いつきで仕様が二転三転するブラック企業で過労死した身だ。理不尽な労働は、魂を削るよな」
「まあ! あなた、わかってくださるのね! そう、だから私は最強の女帝にクラスチェンジして、このポポロ山にスキー場とキャンプ場をDIYで建設中なんですの。タローマンの作業着は最高ですわよ。ポケットが多くて機能的ですし」
スアイは嬉しそうにオーバーオールのポケットをポンポンと叩いた。
どうやら、本当に戦意はないらしい。ただのガチのキャンプ愛好家(元魔将軍)だ。
「それで、キャンプ愛好家がなんの用だ?」
「匂いですわ! 昨晩、私のキャンパー魂を激しく揺さぶる、とてつもなく香ばしい油とタレの匂いが山まで届きましたの。あの極上メシの正体を、ぜひ私のキャンプ飯のレパートリーに加えたいと思いまして!」
スアイの目は、純粋な探求心でキラキラと輝いていた。
俺は苦笑し、厨房の保冷庫(魔法具)から、昨晩揚げきれなかった合成死蟲将軍機の中身——丸太のように巨大な『エビのむき身』を取り出した。
「これだ。この巨大エビに衣をつけて揚げて、甘辛いタレをかけた『エビ天丼』だ。タレのレシピと、この余ったむき身を少し分けてやるから、それで帰ってくれないか」
「おおおっ……! これが! なんて美しい白身……! ありがとうございます、これで最高のキャンプ飯が作れますわ!」
スアイはエビ肉を受け取り、歓喜の声を上げた。
だが、直後に彼女は少しだけ眉を下げた。
「でも、天ぷらのような高温を維持する料理には、火力の安定する『極上の薪』が必要ですわ。ポポロ山の木は硬すぎて、私の斧でも綺麗に割れず、火の点きが悪いんですの……」
スアイが持ち込んでいた巨大な丸太を床に転がした。
たしかに、ハンマーで叩いたように硬い木だ。斧で無理やり割れば断面がささくれ立ち、燃焼効率が悪くなる。
俺は少し考え、スラックスから『アパートの鍵』を取り出した。
「ちょっと貸してみろ。俺が割ってやる」
「えっ? 斧も使わずに、そんな小さな鍵で?」
俺は丸太の木口(断面)に、アパートの鍵を押し当てた。
「木材が割れにくいのは、繊維同士が複雑に絡み合って強固に結合しているからだ。なら、その結合を解いてやればいい」
俺はコマンドを入力する。
「システム・オーバーライド。対象、ポポロ・オークの繊維間結合。——『ロック解除』!」
カチャリ。
鍵の音が響いた瞬間。
ゴトッ、スパーンッ!という小気味よい音と共に、巨大な丸太が、まるで最初からそう切られていたかのように、同じサイズ、同じ厚みの美しい『薪』へと一瞬で分裂した。
断面はカンナをかけたように滑らかで、一切のささくれがない。
「…………え?」
スアイが、斧を落としそうになるほど目を見開いた。
「これなら表面積が均一で、空気の通り道も完璧だ。最高の燃焼効率で火が安定するぞ。キャンプの焚き火にはもってこいだろ」
俺が割れた薪の束を渡すと、スアイはワナワナと震える手でそれを受け取った。
「す、素晴らしいですわ……! 大自然の理を、かくも美しく、かつ効率的にハッキングするDIYの極致! あなた、ただの料理人ではありませんわね!?」
「ただの、元社畜SEだよ」
「気に入りましたわカナタ! 私の山のキャンプ場が完成した暁には、あなたをVIPとしてご招待しますわ! また極上メシのレシピ、教えてくださいね!」
スアイは満面の笑みでエビ肉と薪を抱え、嵐のように教会を去っていった。
「……なんだか、すごい嵐でしたね」
呆然とするアマネの横で、俺は深くため息をついた。
「ああ。だが、話の通じる相手で助かったよ。……おい、起きろフェイト。床板の下に落とした銀貨、探すの手伝ってやるから」
俺がソファを蹴ると、フェイトが「ハッ! 俺の全財産が!」と飛び起きた。
こうして、ポポロ村の騒がしくも平和な朝は過ぎていく。
だが俺はまだ知らなかった。このポポロ村の特産品と俺の作るメシが、今後さらなる厄介な神々や魔族を次々と引き寄せる、世界最大の『バグの発生源』になっていくことを——。
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