EP 12
PMの帰属と、キャンパー魔将軍の影
空から降り注いだ巨大なエビ肉の雨が、ポポロ村の広場を埋め尽くしていた。
「よし皆、本村のデバッグ作業はこれにて完全終了だ! これより、本プロジェクトの打ち上げ(大宴会)に移行する!」
俺がPMとして高らかに宣言すると、村人たちの割れんばかりの歓声が夜空に響き渡った。
「フェイト! 起きたなら働け! そのバカでかい鍋に油を注いで火にかけろ! アマネは村人たちとエビの殻剥きだ!」
「おう! 任せとけ、俺の胃袋はすでに限界突破してるぜ!」
「はいっ、カナタさん!」
巨大エビ(元・合成死蟲将軍機)のむき身は、一本が丸太ほどの太さがある。それを村の男たちがノコギリと包丁でぶつ切りにし、女たちが米麦草の粉を水で溶いた衣をたっぷりと絡めていく。
問題は「揚げる」工程だ。
これほど大量の、しかも巨大で冷たい具材を一度に油に放り込めば、一気に油の温度が下がり、衣はベチャベチャの油まみれになってしまう。天ぷらの命は、常に一定の高温を保つことにある。
だが、俺には『鍵』がある。
俺はグツグツと煮え滾る巨大鍋の縁に、アパートの鍵を押し当てた。
「システム・オーバーライド。対象、鍋内の油の『熱力学的変動』」
温度低下という物理現象のベクトルを、俺の管理者権限で書き換え、固定する。
「——『ロック(温度固定)』!」
ガチンッ。
鍵の音が響いた瞬間、鍋の中の油は天ぷらを揚げるのに最適な『180度』のまま、熱力学の法則を無視して完全に固定された。
「よし、どんどん放り込め!」
村人たちが次々と、巨大なエビの切り身を鍋に投下する。普通なら一気に温度が下がるはずが、油は勢いよくジュワアアアッ!と心地よい音を立て続け、決して温度を下げない。
「す、すごい! あんなに具材を入れたのに、カラッと揚がっていくぞ!」
「ただのシステム固定だよ。さあ、次はタレだ」
俺は別の鍋で、醤油草の搾り汁に、ハニーかぼちゃの濃厚な蜜をたっぷりと加え、とろみがつくまで煮詰めていく。甘辛く、焦がし醤油のような極上の香りが広場を満たした。
どんぶり(木製の樽)に炊き立ての米麦草をよそい、その上に黄金色に輝く巨大エビの天ぷらを山のように乗せる。仕上げに、照り輝く特製・甘辛タレをたっぷりと回しかけた。
「完成だ。合成死蟲将軍機の特大エビ天丼!」
「うおおおおおっ!!」
フェイトがいの一番に樽を抱え込み、顔の大きさほどあるエビ天にかぶりついた。
「サクッ……ジュワァァァッ! なんだこれはぁぁっ!!」
フェイトの目から、滝のような涙が噴き出した。
「サクサクの衣を破ると、エビの暴力的なまでの旨味と弾力が歯を押し返してきやがる! そしてこのタレ! ハニーかぼちゃの甘みと醤油草の香ばしさが、強烈に食欲をバフ(加速)させやがる! 飯が、飯が止まらねぇ!!」
「おいひぃ……! カナタさん、これ本当にさっきまで襲ってきた魔物なんですかぁ!?」
アマネも、口の周りをタレまみれにしながらリスのように頬張っている。
村人たちも次々とエビ天丼に食らいつき、あちこちで「美味い!」「生きててよかった!」という歓声と涙が弾けた。
先ほどまでの絶望的なデスマーチが嘘のような、笑顔に溢れた温かい光景。
「……美味いな」
俺も自分の分の天丼を口に運びながら、小さく呟いた。
ブラック企業で、PCのモニターを見つめながら味のしない栄養ゼリーを流し込んでいたあの頃とは違う。仲間と笑い合い、自分の知恵と手で勝ち取った、温かくて美味いメシ。
「カナタさん」
村長が、深く頭を下げて俺の前にやってきた。
「あなたのおかげで、村は救われました。フェイト殿も、アマネちゃんも、こんなに嬉しそうに笑っている。……もしよろしければ、空き家を提供します。このポポロ村の、正式な住人になっていただけないでしょうか?」
その言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
「カナタ! 俺の専属料理人として、ずっとここにいてくれ!」
「カナタさん……私、これからも一緒にお料理したいです!」
フェイトとアマネが、タレのついた満面の笑みで俺を見る。
……帰る場所。
過労死して異世界に放り出された俺が、ようやく見つけた新しい『居場所』。
「ああ。……悪くない契約だな。これからよろしく頼む」
俺が頷いた瞬間、村中から今日一番の大歓声が上がり、夜空に温かい宴の音が溶けていった。
こうして、元社畜SEの俺の、のんびり(?)とした異世界スローライフが幕を開けたのである。
◆
——だが、俺はまだ知らなかった。
村の広場から立ち上った甘辛い天丼の極上の匂いが、風に乗って遠く離れた山脈へと運ばれていたことを。
アバロン魔皇国領・ポポロ山スキー場建設予定地。
タローマン製のオーバーオールを着込み、片手斧で丸太を割っていた絶世の美女——元氷魔将軍スアイの鼻が、ピクンと動いた。
「……なんですの、この私のキャンパー魂を揺さぶる、とてつもなく美味しそうな匂いは……?」
彼女の視線が、ポポロ村の方向を鋭く捉え、ゴクリと喉を鳴らした。
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