EP 11
DDoS攻撃と、巨大エビの雨
「かはっ……!」
鉄の味が口内に広がり、俺は地面を激しく転がった。
見上げれば、再起動を終えた合成死蟲将軍機が、死神の鎌を天高く振り上げているところだった。
「カナタさんっ! お願い、光よ!」
駆け寄ってきたアマネが杖を振るう。温かい光が俺の身体を包み込み、軋んでいた肋骨の痛みが急速に引いていく。神官の回復魔法。本当にありがたいが、状況の絶望感は一切変わっていない。
『ピピ……ターゲット、再補足』
将軍機の下半身である蜘蛛の多脚が、ワサワサと不気味な音を立てて動き出す。
俺のEMP攻撃で視覚は完全に死んでいるはずだ。にもかかわらず、奴は俺の居場所を正確に把握している。
俺のSEとしての脳が、限界を超えた速度で対象のシステムを分析する。
蜘蛛の感覚器官。それは視覚ではない。脚に無数に生えた微細な体毛(感覚毛)で、空気の揺れや地面の振動を感知する『超高感度センサー』だ。
つまり、俺が少しでも動いて空気の波を作れば、その瞬間、不可視のレーダーに捉えられて鎌で両断される。
手詰まりだ。俺のスキルは直接触れなければ発動しないのに、ステルス接近がシステム的に封じられている。
「……ん? 待てよ」
俺は違和感に気づいた。
将軍機の巨体が、時折ビクン、ビクンと不自然な痙攣を起こし、明後日の方向を向いているのだ。
その原因は——。
「グオォォォォォォ……ズゴゴゴゴゴゴッ!!」
数メートル離れた地面で爆睡している、A級冒険者フェイトの『いびき』だった。
コイントスの呪いで白目を剥いている彼の鼻と喉から、地響きのような大音量のいびきが放たれている。極上ハンバーグで限界まで回復したA級冒険者の肺活量は凄まじく、周囲の空気を物理的にビリビリと震わせていた。
「これだ……!」
俺は口元を歪めた。
「アマネ! フェイトの喉に、一番強い『活性化』の魔法をかけろ! もっといびきを大きくさせるんだ!」
「えええっ!? こんな時にフェイトさんの安眠をサポートするんですか!?」
「いいからやれ! あれはただの騒音じゃない、俺たちを救う最強の『ジャミング装置』だ!」
俺の意図を(まったく理解していなかったが)信じたアマネが、フェイトの喉元に杖を向けた。
「ええいっ! 喉よ、全開になりなさいっ!」
魔法の光がフェイトの喉を包み込んだ瞬間。
「GUGAAAAAAAAAAAAAAッッ!!!」
フェイトのいびきが、メガホンを通したかのような爆音へと進化した。村の窓ガラスがビリビリと震えるほどの超音波。
『ギ、ギヂ……!? ガガガガガッ!』
その瞬間、将軍機の巨体が完全に硬直した。
当然だ。微小な空気の揺れを感知する超高感度センサーに対して、至近距離から規格外の振動波を叩き込まれたのだ。
俺たちSEの用語で言えば、処理能力を超える大量のゴミデータを送りつけ、システムをダウンさせる『DDoS攻撃(分散型サービス拒否攻撃)』である。
「よし、センサーの処理領域が完全にパンクした! だが、俺の足音(固有の波長)を拾われたら終わりだ」
俺は魔法ポーチから、先ほどガチャで引いた最後のアイテム——『シルバーのダクトテープ』を取り出した。
それを自分の革靴の底に、何重にもぐるぐると巻きつけていく。粘着面をあえて表にして、さらに数層。
即席の『衝撃吸収&消音ブーツ』の完成だ。
「行くぞ……!」
いびきの轟音が響き渡る中、俺はダクトテープの靴で地面を蹴った。
足音は粘着テープの層に完全に吸収され、一切の振動を生まない。
将軍機は、フェイトの放つ強烈なノイズのせいで、俺の接近に全く気づいていなかった。
俺は将軍機の腹下——蜘蛛とカマキリの接合部にある、もっとも装甲の薄い中枢へと滑り込んだ。
そこには、機械の隙間からドクドクと脈打つ、巨大な『生体パーツ』が露出している。
「チェックメイトだ」
俺は、アパートの鍵をその生体コアの中央に深々と突き立てた。
将軍機が俺の存在に気づき、慌てて鎌を振り下ろそうとする。だが、遅い。
俺のコマンド入力の方が、圧倒的に早い。
「システム・オーバーライド。対象、中枢生体コアのナトリウムチャネル」
過労死した俺が、この異世界で掴んだたった一つの武器。
ただのピッキング泥棒と笑われた、最弱のハズレスキル。
「——『ロック解除』!」
カチャリ。
戦場に、透き通るような解錠音が鳴り響いた。
細胞の扉を限界までこじ開けられた将軍機の生体コアが、異常な赤色に発光し、パンパンに膨れ上がる。
『ご、ごボ、ボボボボボボボボボッッ!?』
断末魔の機械音と奇声が混ざり合った、間の抜けた絶叫。
次の瞬間。
ドッッッッパァァァァァァァンッ!!!
巨大な将軍機が、内側から大爆発を起こした。
しかし、飛び散ったのは機械の破片やオイルではない。
空を覆い尽くすほどの、プリプリに太った『極上のエビ肉の塊』だった。
ドサッ、ボサッ!と、俺とアマネの周囲に、巨大なエビのむき身が雨のように降り注ぐ。
爆発の熱でほんのりと火が通り、空腹を刺激する最高に香ばしい海の匂いが村中に広がった。
「……ふぅ。今度こそ、完全なデバッグ完了だ」
俺はアパートの鍵をスラックスのポケットにしまい、エビの雨を見上げながら小さく息を吐いた。
村人たちの、割れんばかりの歓声が夜空に響き渡る。
「カナタさぁぁぁぁん!」
涙ボロボロのアマネが、杖を放り出して俺の胸に飛び込んできた。
俺は苦笑しながら、その小さな頭をポンポンと撫でる。
「ふわぁ……よく寝た。ん? おいカナタ、なんだこの美味そうな匂いは! 俺の夜食はもうできてるのか!?」
足元では、DDoS攻撃の役目を終えたいびきを止め、A級冒険者がヨダレを拭いながら間抜けな顔で起き上がってきたところだった。
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