EP 10
悪魔の裏コインと、12Vの大電流
キィンッ! 澄んだ金属音と共に天高く弾き飛ばされた銀貨が、炎の光を反射しながらクルクルと空中で回転する。
俺たち全員の命運と祈りを乗せたそのコインは、フェイトの分厚い手のひらの上にカシッという音を立てて落ちた。
「……あ、すまんカナタ。俺、親友の従兄弟の隣のおばさんの……犬の四十九日を思い出して急に貧血が……グースー」
「四十九日なら事前に分かってただろがァァァァァッ!!」
俺の絶叫が夜空に木霊した。
A級冒険者にしてこの村の最強戦力であるフェイトは、見事なまでに『裏』を引き当て、ミスリルソードを抱きしめたまま白目を剥いて深い眠りに落ちてしまった。
嘘だろ。敵はさっきまでとは次元の違う、全高十メートルの『合成死蟲将軍機』だぞ。俺の生体ハッキングで必殺の砲撃をスッ転ばせて防いだとはいえ、奴のヘイトは完全にMAXに達している。
『ギギギギ……ギガァァァァァァァッ!!』
摩擦ゼロの地面からどうにか這い上がった将軍機が、怒りに身を震わせながらこちらを睨みつけた。
前衛は文字通りダウンした。
残されたのは、回復しかできない神官の少女と、初期装備の社畜SEのみ。圧倒的なバッドエンドの確定演出だ。
「カ、カナタさん! フェイトさんが死んじゃいましたぁぁ!」
「死んでない、ただのサボりだ! アマネ、フェイトの襟首を掴んで下がれ!」
「えっ!? でもカナタさん一人じゃ——」
「いいから下がれ! 俺が奴の『管理者権限』を奪う!」
俺はスラックスのポケットからアパートの鍵を取り出しながら、思考を極限まで加速させた。
相手はカマキリの鎌、カブトムシの重装甲、蜘蛛の多脚を併せ持つキメラだ。装甲の結合を『ロック解除』しようにも、接近する前に蜘蛛の脚と鎌の乱舞でミンチにされる。
俺の『鍵』を、奴の急所である内部コアに直接突き立てるには、奴の動きを完全に止める『隙』が必要だ。
俺はアマネの魔法ポーチから、先ほどのガチャで出た二つのアイテムをひったくった。
一つは『シルバーのダクトテープ』。
もう一つは『12V車用ジャンプスターター』——車のバッテリーが上がった際に、エンジンを強制始動させるための大容量モバイルバッテリーだ。
俺はバッテリー本体をスラックスのベルトにダクトテープでぐるぐると固定し、先端についている赤と黒のワニ口クリップ(ケーブル)を、アパートの鍵の金属部分に直接テープで巻きつけた。
不格好極まりない、即席のスタンガン(?)。
「カナタさん、何を……?」
「12Vの電圧じゃ、人間はおろか魔獣だって感電死しない。だが、こいつの『ピーク電流(アンペア数)』は数百に達する」
エンジンを回すための莫大なエネルギー。それを、もし電気抵抗をゼロにして内部回路(神経)に直接流し込んだらどうなるか。
『ピピーッ。対象ノ殲滅ヲ再開シマス』
将軍機が、六本の蜘蛛の脚をワサワサと動かし、機関車のような突進力で迫ってくる。
両腕の振動鎌が、俺の胴体を両断すべく大きく振り被られた。
「行くぞ……!」
俺はバッテリーの電源をオンにし、自ら将軍機の懐へと駆け出した。
正面からの特攻。自殺行為にしか見えないその行動に、将軍機の赤い複眼が残酷に歪むのが見えた。
シュンッ!!
音を置き去りにする速度で、右の鎌が横薙ぎに振り抜かれる。
(——フェイトの理不尽な剣筋に比べれば、軌道が読みやすい!)
俺は、前にフェイトから叩き込まれた『絶対死角』のアルゴリズムを展開した。
敵の攻撃モーションのベクトルが確定した瞬間、視神経の処理領域外へと滑り込む。鎌の刃が俺のワイシャツの胸元を数ミリかすめ、布を切り裂いた。
だが、致命傷にはならない。
「潜り込んだ……!」
俺は将軍機の巨大な胸部装甲の真下、関節の隙間に肉薄した。
ここに、ジャンプスターターを繋いだ鍵を突き立てる。
「システム・オーバーライド! 対象、外装の『電気抵抗』——」
金属だろうが、魔獣の体組織だろうが関係ない。電気が通らないという物理法則を、俺の管理者権限で書き換える。
「——『ロック解除』!」
カチャリ。
鍵の音が響いた瞬間、俺が鍵を押し当てた装甲の一点の電気抵抗が『ゼロ(超伝導状態)』になった。
そこへ、ジャンプスターターから発生した数百アンペアの爆発的な大電流が、ショートすることなく将軍機の内部回路へと直接叩き込まれる。
『——ガ、ギ、ギギギギギギヂィィィッ!?』
凄まじい放電の火花が散った。
人間なら静電気程度の電圧でも、電気抵抗を無視してシステム内部の基板(神経束)に直接EMP(電磁パルス)をぶち込まれれば、どんな機械もひとたまりもない。
将軍機の巨体が激しく痙攣し、全ての動作が完全にフリーズ(一時停止)した。
「やった! 動きが止まりました!」
背後でアマネが歓喜の声を上げる。
(今だ! この隙にコアの生体ロックを解除すれば——)
俺は鍵からケーブルを引きちぎり、完全に無防備となった将軍機の胸部——心臓部に向けて、必殺のアパートの鍵を突き出そうとした。
勝利を確信した、その時だった。
『……ピピ。サブシステム、起動』
フリーズしていたはずの将軍機の『蜘蛛の下半身』だけが、不気味に蠢いた。
カマキリの上半身のメインカメラ(視覚)は死角を突かれ、内部回路もショートして止まっている。
だが俺は、完全に失念していたのだ。蜘蛛という生物が、視覚ではなく『体毛による空気の振動』で獲物を感知する、独立したセンサーシステムを持っていることを。
ドスッ!!
「——かはっ!?」
死角であるはずの俺の腹部に、蜘蛛の鋭い脚の一本が、正確無比な蹴りを叩き込んだ。
肋骨が軋む嫌な音が響き、俺の身体はボールのように後方へと弾き飛ばされた。
「カナタさんっ!!」
地面を転がり、血の味を吐き出す俺の視界で、再起動を終えた合成死蟲将軍機が、ゆっくりと巨大な鎌を振り上げていた。
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