第76話 ニホンオオカミを育てる男
悲劇の展開から新監督の下で龍永が覚醒し始まる前のエピソードです
ワールドカップを準優勝に終わった日本代表は、来年に向けたアジア杯から指揮する新たな日本代表監督が発表された。今回は龍永も初めて参加する。
新たに監督になった人物は山中智監督。市原達五輪世代と兼務となる。この山中監督は、龍永の父、敬助の古巣ジェッツ市葉のアカデミー出身で、日本史上初めて高校生でプロに昇格した人物であるが、敬助とは入れ違いでガンツ大阪に移籍しており、接点はなかった。だが、太田監督以上に若手育成に定評があり、世代交代が上手くいっていない現代表にうってつけの監督である。山中に育てられた選手は、元キャプテンの武藤を筆頭に結城や川渕等海外や代表で活躍する者ばかり。
この山中監督だが、龍永達が初見で
「保坂監督より勉強熱心。選手の長所を伸ばす能力が上手く、走りの質を求められる。」
と早くも好印象で龍永達に
「お前のチームでやってる練習やるから、サポートしてくれないか?」
と訪ねてくる。それは龍永だけでなく、欧州で結果を残している選手達にそれぞれ聞いて回っていた。また、欧州へも度々訪れ、龍永のバルセロスにも何度も見学に来る程である。龍永は山中監督に
「ワールドカップアジア予選は荒っぽいチームが多かったから、怪我だけは気をつけたいです。」
と伝えており、リーグ戦と並行しながら調整していった。実際この間にワールドカップを共に戦った斎藤、椎原が重傷を負い、アジア杯は絶望的だからである。龍永のバルセロスは、一部の主力選手が抜けたものの、龍永やメッツ監督、カンテラ出身者は残留。ピンポイントで補強を進めながらリーグ戦とチャンピオンズリーグをこなしていった。
そしてクリスマスの夜、龍永にとって初めてのアジア杯のメンバーが発表された
1番GK佐藤、2番DF杉山、3番DF池田、4番DF結城(ASミラン)、5番DF簑口、6番MF岡野海、7番MF桑原、8番MF前田、9番京谷、10番MF工藤、11番MF中西、12番GK西久保、13番MF岡野航(ASミラン)、14番阿部、15番MF青木、16番DF下川、17番DF小林、18番FW式田、19番MF村井、20番MF水本、21番FW出浦、22番DF田中、23番GK戸島(ガンツ大阪)、24番FW 益山歩、25番MF 大野、26番DFチェイス(RVザルツブルグ)、27番DF石井、28番佐々木。この28名です。
三浦達京浜五輪世代が抜けたが、工藤の世代ベルサイユ五輪世代がようやく昇ってきた。今回は市原や井上ら五輪世代は予選を優先にし、適材適所で選考する方針である。市原達は、アジア杯後直ぐ五輪予選に入る為に今回の召集は見送られた。更に今大会から登録メンバーが2人増え、28人となった。
大会前、山中監督が工藤を呼び
「この大会のキャプテンを出浦に譲ってくれないか?」
と打診すると、工藤は即答
「構いません。あいつには責任感を持ってやってほしいと強調して伝えて欲しい。あいつはワールドカップ決勝の後、ロッカールームで銀メダルを踏んづけて粉々にした。あいつが言ってることは正しいけれど、やってる事は明らかに違う。そういう一面がまだ未成熟だから今の内からキャプテンを任せてこれ以上馬鹿な真似をさせないよう監督からも厳しめに指導して頂けたら。」
と山中監督に伝える。また、山中監督は太田前監督や保坂元監督ともコンタクトを取り、龍永について話を聞いた。
「いざという時頭に血が上りやすい。代表戦に限ってはまだ周りが見えていない。」
「勝ち気があるストライカータイプの性格で、まだ完全に味方を信用していない節がある。」
と一言だけ伝え
「あとは山中君に任せる。このアジア杯は何としてでも完膚なきまでの大差で勝ってほしい。龍永の言うとおり日本はもう弱小チームではないと言うことを証明するためにも。」
と二人は話した。スタッフ陣は大きな変化はなく継続していた。コーチ陣は
「とにかく先のワールドカップで龍永やお父さんの敬助さんが言うように3点は取らないと勝てないという事が明るみに出た。この戦術は会わせるが、そのあと3点、この大会でチームで最低3点取ることを意識してやりましょう。」
という話を聞き、山中監督は
「崩しからのシュート練習をベースに進めて行こう。龍永はともかく他の選手はフィニッシュが弱い。そこを付け狙われてる場面が現地入りした私の目からも明らかに見えた。龍永が強引にシュートに持ち込むのはその為だろう。バルセロスではきちんと難易度の高いパスサッカーに溶け込んでいるのだから。」
と推測し、山中監督が動いたのは
「学生でも引退したOBでも構わないから、フリーのシュート練習の際に必ずDFを2、3人置く。フリーでシュートを撃てる機会なんて先ず訪れない。プレッシャーのかからないシュート練習に時間を割いてもしょうがない。」
と提案し、日本代表は関東圏内の大学生やアンダーカテゴリーの選手。またはトライアウトに引っかからず引退を決意したDFのベテラン選手達に練習の手伝いを打診した。このシュート練習こそが、これから始まるアジア杯で日本が
「ニホンオオカミが率いる青鬼」
と恐れられる要因となる。
年が明け、早速合流した龍永が山中監督に
「お前、真大神ゾーンを会得したいか?」
と尋ねると、龍永が
「今1歩何かが足りなくって今思案中なんです。」
と悩みを打ち明けると山中監督が
「俺が教えてやる。」
と自信ありげな様子で龍永に言い放つ。山中監督は既に元ジェッツで元チームメイトの中山や藤本、加藤。チャンピオンズリーグ優勝後に映像を渡した小川、そして元代表の日高や林に意見を聞いて回っており、龍永のプレースタイルとストロングポイント、そしてこれから龍永が身につけると思われる「真大神ゾーン」の完成の糸口を練りに練って教えようとしていた。その前に龍永の口から今まで感じた事、思い悩んで壁を越えられない現実を全て受け止めようとした。
「サイドとかライン背負ってる時はほぼ上手く行くんです。中央でもDFラインや中盤が一列になった時だけは上手くいくんですが・・・」
と今の現状を山中監督に伝えると
「お前、そんなガタイのいい身体してるんだったら、お前のその身体をラインにすればいいんじゃないか?例えば身体の向きとかさ。前向いてるんだったらお前の背中そのものをラインにして、横に走っててもその身体の向きで走る自分の背中をラインにする意識でやってみないか?」
龍永はハッとした。今まで何かを頼って意識し過ぎていた事に気付かさせた。確かに同じチームのハーラルトもライバルチームのエムペパもシュートを撃つときいちいち周りを確認しない。それは強靱に鍛えた背筋に自信を持っているからではないかと。それならハーラルトと同じフィジカルトレーニングをこなし、同じくらい背筋を鍛えている自分にだって出来る筈だと。龍永はようやく気付き
「・・・今までそれに気付いた監督はいませんでしたよ。メッツ監督も、ファン・ペルツ監督も・・・それやります!是非やらせてください!」
とわくわくしていると、山中監督は更に
「この大会はお前がキャプテンだ。工藤からも許可取ってある。ちゃんとまとめろよ。お前には期待しているからな。」
と突然キャプテンに任命されると
「本当に工藤さんが俺に?」
と驚き
「今のお前に必要なのは自覚だ。工藤からも頼まれてる。お前には特に厳しく行くからな。覚悟しとけよ。」
と言い渡され、龍永は
「頑張ります!・・・やっと来た。俺の所にキャプテンマークが・・・」
と震えながら喜んでいた。龍永が去った後工藤が山中監督の所に来て
「ね、あいつ単純なんですよ。それにしても監督。よくあいつの細かな癖見破りましたね?メッツも太田監督も見破れなかったのに。」
と質問すると山中監督は
「まあ、それ見つける為だけに世界中ほうぼう歩き回ってたからな。あいつの今まで指導に関わった人達皆に訪ね歩くのにはほんと苦労したよ。それより工藤。あいつの事たのむぞ。キャプテン任せたとはいえ、まだ首輪にリード繋げたままだからな。」
と工藤に補佐役を命じた。こうして龍永率いる新生日本代表の「ニホンオオカミ率いる青鬼」達が大暴れするアジア杯が開幕しようとしていた。
この発想に至るまで随分かかりました。現場で見ている者より、外から見ている者の方が案外確信をつくのではないでしょうか?




