第68話 返すぜ!ジャブラニ
龍永にとって特別な国と試合をします
グループリーグ最終節の南アフリカ戦、日本は大胆なターンオーバーを敷く。
1番GK佐藤、25番DF結城、22番DF田中、16番DF下川、26番DF小林、15番MF青木、14番MF岡野航、9番MF桑原、24番FW 阿部、18番FW内田、19番FW椎原。
フレッシュな若手、下川と小林を残し今大会初先発が8人。だが試合前日に龍永が太田監督に懇願する。
「監督。アディショナルタイムだけで構わないので試合に出させて下さい。絶対やっておかなきゃいけない事があるんです。」
太田監督が
「何の事だ?」
と尋ねると、龍永が
「俺、サッカー始める前のチビの頃、親父の手元から落ちたボール勝手に持って帰って返してないんですよ。」
と過去を打ち明ける。すると、太田監督は
「考えとく。あくまで今はワールドカップだ。チームが勝つことに全力を注ぐ。お前の気持ちはわかったけど、かと言ってお前を特別扱いする気は無い。もしお前を使うチャンスがあるなら使うからきちんと調整しておけ。」
とだけ言われた。
あのワールドカップ最悪の事件からもう20年。あの日、父、敬助がゴールを死守し、ゴールポストに頭を打ち、それでも放さなかったボールは病院で敬助の手元からこぼれ落ち、息子の龍永が拾って受け取り病院の壁に当てて遊んでいたのがサッカーを始める切っ掛けだった。だからこそ龍永にとってこの南アフリカ戦は特別なものだった。龍永は組み合わせが決まってから
「ジャブラニを開催国へ返す。」
という個人的な感情を持っていたが、太田監督や羽生コーチはそれを危惧していた。だからこそ龍永だけではなく、龍永の心を傷つけないように、日本のエースストライカーを守るために敢えてメンバーをごっそり入れ替える作戦を取ろうと判断したのだ。
試合会場はは龍永のホームスタジアム、ガンプ・ノーに移る。ここで南アフリカとの一戦の火蓋が切って落とされた。現在首位の日本、ハーラルトが出場停止とはいえ2位のノルウェーはグループステージ通過が決まっている。南アフリカは、ルーマニアと競っている状況。前節大差で敗れたルーマニアを出し抜こうとなりふり構わず突っ込んでくる。だが、今の日本のパスワークに着いていけず、開始早々内田のシュートが決まり1-0。更に前半22分、右サイド阿部のクロスから椎原が押し込み2-0。すると、ここから南アフリカイレブンの形相が一気に変わる。
相変わらずしつこくボールを奪う日本に南アフリカがラフプレーをかます。先程ゴールした椎原に南アフリカDFムボカジェが肘鉄を食らわす。このプレーでムボカジェは1発退場。数的有利となった日本だったが、椎原は起き上がれず三浦と交代。龍永は内心
(何で俺じゃねーんだ?)
と思うも、日本ベンチは
(下らんラフプレーでウチのエースを潰されたくない。)
と判断。更に今度は代わったばかりの三浦がドリブルで交わしていくと、南アフリカDFムカニャが三浦のシャツを引っ張りイエローカード。だが、このフリーキックをアンカー起用の青木が決めて2-0とし、前半を終える。
ロッカールームでは
「あいつらの戦い方、前回の決勝でアルゼンチンがやってたプレーに似てるな。」
と話している。太田監督が
「とにかくパス回していこう。ドリブルは局面だけで使って余り持ちすぎるな。確実に足狙ってくるぞ。その前に無理なく散らして行こう。」
と指示を送った。
後半メンバーチェンジは無し。再びラフプレーをかましてくる為の備えである。後半立ち上がりから南アフリカが猛攻を仕掛ける。体格と身体能力にものをいわせて攻撃してくるが、日本DFは慌てず繋ごうとすると、パスを受けた岡野航が足を削られる。ここで日本は交代を余儀なくされ、田嶋が投入される。ベテランを入れて落ち着かせる意図である。
日本が素早いリスタートから三浦、内田と繋ぎ、ポストで落としたボールに桑原が反応。内田とスイッチしたトップ下の桑原が抜け出し3点目を決めるが、その内田がポストプレーの後で側頭部に相手DFオコヌの肘が当たり、うずくまる。そのまま担架で運ばれ斎藤と交代。これで日本はあと1回しか交代は出来ない。太田監督はその1回を誰と交代させようかベンチで考えていた。
オコヌにはカードは出されず試合再開。南アフリカはここでパワープレーを敢行する。フォレスタ、マセカ、レイナーが日本の下川、田中、結城と渡り合う時間が20分程続き、後半35分日本は最後の交代カードを切る。連戦で疲れの見えるDFの小林、下川に代え阪倉、岡野海を投入。青木が左サイドバックに入る。この形はアジア予選と同じパターンである。そして桑原に代え満を持して龍永が投入される。ここで日本は龍永と斎藤の2トップ。阿部と三浦が左右に散る。日本代表史上初の190cm台のツインタワーが誕生した。ここで龍永が南アフリカ陣営にボソッと
「ジャブラニは今すぐ返すからよ。きっちり利子付けて3点だ!」
と呟く。横で斎藤が
「おい。オメー。気合い入れんのはいいけどよ。冷静にな・・・」
と龍永に話している間に、龍永の顔つきが獣のように変貌していくのを見て話を切った。
南アフリカのスローインから試合再開すると、早くも龍永が強引にボールをかっさらい、後ろにいた田嶋とのワンツーでゴール前に走る斎藤の頭へロングフィード。斎藤がヘッドで合わせるが、ボールはキーパーのチェリンが上へ弾くと、そこには既に龍永の姿が影を落としプッシュする。4点目を決めるが、南アフリカ陣営は
「何でセンターライン付近でパスを出した男が今ここにいるんだ?」
と驚愕しているが、ニホンオオカミに変貌した今の龍永にそんな理屈は論外である。交代して僅か1分30秒の出来事である。
南アフリカはこの得失点差で行けば3位通過の可能性がある為に、1人少ない状況でバックパスを送っていると、右サイドで斎藤と阿部が囲んで奪うと、南アフリカゴール前は固くブロックを敷き、隙間がない。阿部がそのまま右サイドから仕掛けると、固い守りを潜っていくがシュートまで持ち込めず、中央へ絞った三浦がカバー。3人を左に抜いていきシュートするも、南アフリカDF数名にブロックされる。そのボールをゴール横左サイドの角度がない所で拾った龍永がスーパープレーを披露する。右足アウトサイドでトラップした龍永が左脚を後ろからクロスさせシュート。
《ボン!》
という音と共に南アフリカゴールに突き刺さる。このプレーにバルセロス所属の龍永の本拠地、ガンプ・ノーの観客が静まりかえる。
「龍永がラボーナ?!」
「嘘だろ?」
「こいつ今まで隠してやがったのか?」
「しかもスゲー威力・・・」
「何ちゅーもん撃ちやがるんだ・・・」
一瞬の静寂と共にスタンドは大爆発。5-0。スタンドで観ていた京香や絵梨香は
「・・・あれってあの子がいつも家でやってるやつじゃん。」
「・・・飽きるほど観させられているわ。」
と普段遊びでやっている龍永のプレーを見慣れた様子で驚くことなく観ていた。残るはアディショナルタイムだけとなった。
もう後がない南アフリカは、同国ラグビー代表「スプリング・ボックス」さながらの勢いで突進してくる。だが、この勢いをキーパー佐藤がストップ。 ボールを置くと龍永が鬼の形相で
「こっち!」
と怒鳴ると佐藤は龍永にゴール前から綺麗なスルーパス。相手は前掛かりになり完全に出し抜かれたが、届いたボールは南アフリカ陣ほぼ中央。龍永がそのまま突進してくると、キーパーと相手DFムカニャとオコヌが前後で挟み込むが、龍永はキーパーチェリンの真横を
《ビュン!》
という音と共に颯爽とすり抜け、無人のゴールに豪快に突き刺す。6ー0。そしてその1分後にホイッスルは吹かれた。龍永は3試合連続ハットトリック。この地中海ワールドカップで龍永はワールドクラスのエースとして確固たる地位まで上り詰めた。
試合後龍永は、南アフリカベンチに赴き、南アフリカ陣営に挨拶する。
「・・・20年前のあん時、勝手にボール持って帰って悪かったな。俺はあんたらの国で開催されたワールドカップの公式試合球を蹴り続けてここまで来れたんだ。感謝してるよ。」
と話し、自分のユニフォームを脱ぎ、監督に捧げ深く一礼をして去って行った。南アフリカ陣営は
「・・・俺達、あいつに特に何もしてねーのに・・・それにしても何て野郎だ。あいつ、いつかバロンドール獲るぞ。」
と話していた。そして、南アフリカ陣営は
「おい!ニホンオオカミ!ぜってー優勝しろよ!バロンドールも奪ってこい!応援してるからな!」
先程までラフプレー連発の南アフリカイレブンが龍永の一礼により、何のわだかまりもなく敵国の一選手にエールを送った瞬間でもあった。このシーンにガンプ・ノーの観客達は両者に盛大な拍手を送った。
「南アフリカ!まだ終わってねーぞ!次も頑張れよ!」
と観客から声援が飛ぶ。これに対し南アフリカイレブンは続々と涙を溢れさせる。
「この試合で汚いプレーをしてきた俺達に・・・何でだよ?」
観客達は
「それがワールドカップなんだ!死に物狂いで勝ちに行くのは当たり前だ!」
と南アフリカイレブンを送り出す。
試合後、龍永は太田監督に雷を落とされていた。
「何だ?あの2点目は!お前はウチのエースなんだぞ!あのラフな試合で怪我したらどーすんだ!自覚持て!」
と釘を刺されていた。この試合ベンチにいた工藤や越後も
「こっから先は後がねーんだからな!俺達が散々言ってきたことをまだ理解してねーみたいだな!」
「もっと周りを見て撃て!お前ならもっと簡単に撃てただろ?あんなもん使わなくてもパワーでねじ伏せられた筈だ!」
と先輩達にも怒られていた。だが、途中出場の三浦は
「まあ、それより怪我してねーよな?あと4試合もあるんだ。つまらねー理由で抜けたら許さねーからな!次のキャプテンはオメーなんだからよ。武藤さん達に示しがつかねーぞ。」
と諭される。龍永は
「ええ・・・まあ・・・俺がまだまだ余裕がなかったって事で・・・すんませんでした。」
と締めくくろうとするが、阿部や斎藤が
「俺達もまだ力不足でした。もっといい動きしてればこいつに無茶させなかったと思います。責任は俺達にもあるんで許してください。」
と龍永と一緒に罪を被ろうとした。阪倉に
「お前の友達に感謝しろよ。次のワールドカップは俺達いねーんだ。こいつらと戦っていくんだからな。」
と仲間の重要性を説く発言をして、次戦の決勝トーナメント1回戦に備えるのであった。
この物語の重要なポイントの1つ「ジャブラニ」を書きたくて、南アフリカ戦を組み入れました




