第64話 手の届く場所
龍永が子供達を指導します
バルセロスは今日のトライアウトを終わった後、スペインへ帰国するが、龍永はその後も調整を兼ねてしばらく日本に残る。そのトライアウトなのだが、100人の参加者が全員落ちた。名門バルセロスへの入団は、相当過酷なものであった。龍永も
「うーん。確かにどの子も上手いんだけどなあ。強くないんだよなあ。まあ、日本の子供達だからしょーがねーか・・・」
と思っていたが、龍永にとって気になる選手がいたことはいた。その子は他の子と違って上手さはなかったが、闘争本能というか、気持ちがこもっており、FWながらもファールを連発して途中で外されていた。
トライアウトが終わり、実家がある多摩川を歩いている龍永。すると、さっきバルセロスのトライアウトに落ちた少年が多摩川の河川敷に1人佇み、大粒の涙を流し、泣いていた。どうやら龍永の実家近くに住む少年らしい。
「・・・ちくしょお!」
龍永は気になりその少年に声をかける。
「おい、坊主。そんなに勝ちてーのか?」
少年は
「当たり前だろ!この日のために練習してきたってのに・・・」
その子のシューズは穴が空いており、ボロボロだった。その子は貧乏で、母子家庭でもあり母親を楽にさせたいとサッカーを始めたと言う。それは、かつての自分と重なった龍永が
「だったらぜってー諦めんな。今回の負けを認めるな。俺が勝つって負けてても言い続けろ。それくらいのエゴが必要だ。」
「下手くそだからこれから上手くも強くもなれるんだ。下手だって馬鹿にしてる奴はそれ以上前に進めねーよ。君はこれからどんどん前に進むんだぞ。日本代表に選ばれてる選手なんて、俺も含めて大体そーいう連中ばかりさ。」
と少年に諭すと、龍永は手に持っていたボールをプレゼントする。それは、龍永が練習用にと普段から蹴っている今もメーカーに量産して使っている「ジャブラニ」であった。あの蹴りづらい「ジャブラニ」を少年に渡し
「俺は当分バルセロスから移籍する気はねー。来年も再来年もトライアウトで来るからな!諦めないで受かるまで来いよ。」
と言ってその場を去った。
数日後、恩師の早稲田と合流し、サッカークリニックを開いている福島のJビレジへ向かった龍永。早稲田が道中で
「お前の出浦手裏剣真似する子供が増えてな。よく相手DFの子達怪我させるんだよ。」
と漏らす。龍永は
「ありゃ諸刃の剣ですからね。特に回転する時どーしても無防備になりますんで・・・筋トレして体感鍛えないとね。あと、両手がルーズになりがちだから相手の身体に当たりやすい。俺ももっと参考になるように努力しないといけない。」
と自分でもまだ改善の余治があることを認識した。
このJビレジには全国から選抜された少年達がごっそり2000人以上集まっていた。早稲田から
「今日の臨時コーチ。日本代表の出浦選手だ。」
と紹介される龍永。練習に入る前、リフティングをしている少年達。かなり凝った技を披露しているが
「リフティングなんてタダの球遊びだよ。重要なのは基本だよ。上に行けば行く程基本が重要になってくる。僕も恥ずかしながらこのバルセロスに移籍してトラップとインサイドキックの練習ばっかしてました。それってサッカー始めた時に真っ先に教わる事じゃないでしょうか?」
と彼らに話すと
「具体的に何を覚えればいいんですか?」
と質問される。
「先ずは早稲田さんのトラップを身につけよう。自分の蹴りやすい位置にピタッと止める。止まって受けてもしょーがないから動きながらやってみよう。」
龍永の基本と言えば真っ先に思いついたのが早稲田に散々叩き込まれたトラップの技術。それがあるからこそ現在のバルセロスでトラップパスが出来るのであって、とても重要なことだ。これは早稲田からも厳しく指導を受ける少年達。僅かでもずれていたら、少年時代の龍永の様に怒鳴られる。龍永はそれに懐かしさを覚え
(そうそう。この感覚。昔駐車場で鳥かごやってたの思い出すなあ。)
と振り替える。そして早稲田がトラップの練習を切り上げ、次に進む。ここでも龍永が
「さっきも話した通り先ずはインサイドキック。先ずは人に対してピタッと、次にスペースに対してピタッと、そして人が走り込むスペースに対してピタッと。1つ1つゆっくりでいいから丁寧にやるように。速さは慣れれば身につくから。とにかく丁寧にな。」
全国から集められた少年達は、先程のトラップと組み合わせてインサイドキックの練習に取り組む。その中で、龍永達バルセロスのトラップパスを真似する子供達が数名いた。龍永は彼らに
「今はインサイドキックの練習だぞ。トラップパスなんてプロに上がったら覚えればいい。つーか、そんなモントラップとインサイドキックを完璧に出来るようになってからやれ。そんくらい基本って大事なんだぞ。」
と注意する。彼らは特にトラップとインサイドキックを舐めていた選手達で
「ファーストタッチのトラップ1つで試合が決まる事だっていくらでもあるんだぞ。」
「長いインサイドキックでスルーパスでも出してみろ。相手はびっくりするぞ。」
と重要性を説く。更に練習は続いていき、試合形式の練習に移る。龍永はレフェリーをしながら
「DF来たって力むなよ。要はゴールに入れればいいんだ。」
「思い切り撃つとふかすぞ。ゴールにパスを送るくらい肩の力を抜くんだ。」
「ドリブル得意な子は失敗してもいいからとにかくガンガン仕掛けろ。」
「何回でも失敗していいんだ。リスクを恐れるな。楽にシュート撃てる場面なんてないぞ。危険な選択をしないとゴール奪えないぞ。」
「DFだからって守備ばっかしてんな。ウチの監督はその位置から点奪いに行けっていつも言ってるぞ。」
そんな試合中に龍永の出浦手裏剣を真似をする少年がいた。龍永はすかさず試合を止める。
「こら、今回転したらDFの顔面に手が当たってファールになるだろ。そしたら君は退場になるぞ。いいか。あれはただのフェイントじゃない。相手選手はもちろん、ピッチ上の全員を見れて初めて出せる技だ。真似すんのは構わない。だけどな、その前にピッチにいる22人全員の動きを把握してからやるんだ。DFも味方も常に動いてるんだからな。あのフェイントの弱点は両手がルーズになる事だ。その手に相手や味方が当たったら試合壊れるぞ。」
と釘を刺す。最早百戦錬磨の修羅場を潜り、勝ち残ってきた男の言葉は少年達に重く響いた。全国から集められた天狗になっていた少年達の鼻を次々とへし折る龍永。実際に代表に選ばれる選手とは、この中で1人いるかどうかだろう。実際はこないだ多摩川の河川敷で泣いていた貪欲な少年みたいな者が代表に上り詰めてきたという現実を嫌というほど見せつけられてきた。だが、ここに集められた少年達は、そんな日本代表ストライカーの指導に食らいついていった。龍永もようやく
「そうだ。その眼だ。勝ち残りてーねらギラギラしてろ。ワールドカップ優勝するまで何にも振り返るな。周りがどー言おうが、誰のせいだとか誰が下手だとか言ってる時点で負けなんだ。勝つことだけに全力を尽くすんだ。その為に自分がどーすればいいか常に考えるんだ。それが代表入りの最低条件だ。」
と試合を観ながら少年達に指導する。
サッカークリニックが終わると、子供達にサインをする龍永。少年達に
「最初に言った通り、上に行けば行くほど基本が重要になってくるんだ。完璧なトラップ。正確なインサイドキック。簡単なシュート。それと、今日早稲田さんがずっと教えていたボールを持ってない時にどう動くか。それらを水や風になったように流れるようにやれば勝てる。それは1人でやるもんじゃない。サッカーに関わる全ての人がいて初めて成り立つんだ。俺達日本代表はそれが出来た時に初めて優勝出来たんだと思う。」
と最後に話した。帰りの道中で早稲田に
「・・・やっぱ教えるって難しいっすね。ほんとに俺の出浦手裏剣真似する子がいたんですね。確かに傍から見たら危ないっすね。」
早稲田が
「ほんとそうだよ。今日は当事者がいてくれて何よりだったよ。」
と話す。このサッカークリニックはその後、北海道、大阪、名古屋、福岡、そしてサッカー王国静岡で行った。それと並行して龍永も来シーズンの調整を行う。龍永が100kgのバーベルを軽々と持ち上げながらフットワークの練習をする姿を見て
「・・・マジかよ?お前毎日これやってんのか?」
と尋ねられると、龍永があっさり
「ええ。まあ。ウチの選手全員やってるんで・・・」
と軽く返す。
一方、この年のバロンドールは、同じチームのジャマールが取った。最終候補には、リアル・マドレーのエムペパと、バルセロスのクバルシュとハーラルト、そして龍永が残っていたという。今回はかなわなかったが
「俺も手の届く所にいた。次はぜってー獲ってやる!」
という自信が龍永に宿った。
この先は龍永がどうやってバロンドールを目指すか書いていこうと思います




