第62話 国立に舞う青い紙吹雪
ワールドカップ最終予選のラストゲームです
インドネシアの悪天候に悩まされ、ワールドカップ最終予選最終節。ホームのサウジアラビア戦まであと4日しか時間が無い日本代表。幸い怪我人はDFの阪倉のみで、工藤、越後、三浦は大事に至らずに済んだが、この試合はベンチからのスタートとなる。
ここ日本のナショナルスタジアムは曇り空の夜。豪雨で疲労を取るのに精一杯だった日本代表だが、闘志だけは蓄積させていた。前回不可解なジャッジで試合を壊された怒りが日本イレブンを燃え上がらせていたのだ。スタンドは真っ青。日本代表の青いユニフォームと青い紙吹雪。膨らませた青いゴミ袋が選手を癒やす。垂れ幕には
「ディフェンディングチャンピオン日本!」
「今日でワールドカップ行きを決めろ!」
と書かれている。龍永は
(当たりめーだ!最低10点取る!)
と闘志を燃やしていた。
スターティングメンバーの発表にスタンドが大歓声を上げる。
GK佐藤、DF右から杉山、、田中、池田、青木、ボランチに前田、田嶋、右サイド阿部、左サイド中西、トップ下に桑原、CF内田
ベンチにGK西久保、戸島、DF下川、蓑口、小林、MF岡野海、岡野航、越後、三浦、工藤、結城、FW椎原、斎藤、出浦
龍永の他、越後、三浦、工藤、岡野海は前節で無茶をしたためベンチスタート。また、下川は前節イエローカードをもらっているためベンチに下がった。それでも太田監督は
「ぜってー大差で勝つぞ!このメンバーで抜きん出てる奴はいねーんだからな!誰が出ても勝て!」
と手拍子をバンバン叩き、選手を送り出す。スタンドで観ている京香と静香は
「・・・こないだ無茶なシュート撃ったからねえ。」
「それより絵梨香ちゃんまだ来ないの?今日は梨々香ちゃん連れてくるっていってたけど・・・」
と思っていると
「遅れてごめんなさい!今着きました!」
と梨々香を抱えて息を切らしてきた絵梨香。静香が
「大丈夫。あいつ今日ベンチだから。」
と言ってホッとさせる。
だが、こないだと同じように審判団は中東勢。サウジアラビアイレブンをチラチラ見ている。そして、サウジアラビアボールで試合開始。と思いきやあっという間にボランチ田嶋がカット。素早く阿部、桑原と繋ぎ内田がシュート。開始たった10秒で日本先制。更に2分後、桑原、そこから中西、阿部、再び内田とゴールを量産。この日の日本代表は
「あいつらなんかにボール触らせねーよ!」
という意思統一がなされていた。ボールに触れなきゃファールも取られない。難しい事だが、ディフェンディングチャンピオンの今の日本ならたやすいこと。北朝鮮も中国もラフプレーで来る相手にはこの戦術が手っ取り早いと試合前に全員で話していた。そして前半終了間際、内田のハットトリックで前半は終了する。サウジアラビアイレブンは抗議も出来ずに沈黙し、ファールをしようにも身体にすら触れられない苛立ちでピッチをあとにする。
後半メンバーチェンジはなし。日本代表は更に畳みかけ、ボランチ田嶋のゴールで7-0。ここで一気にメンバーチェンジ。前田、中西、桑原、阿部に代え、ボランチに青木を上げ、岡野航、椎原、斎藤、左サイドバックに蓑口を投入。前節負担の多かった工藤、越後、三浦を休ませる算段である。大量得点を取った日本代表は若い新戦力を試しにかかった。
一方スタンドでは、まだ立って歩き始めたばかりの梨々香が大泣きしていた。日本サポーターから白い目で見られる大神ファミリー。絵梨香が
「パパ出てないから泣いてるんだよねー。」
とあやしていると、周囲は
「もしかして出浦選手の?」
と気付いた様子。絵梨香達は
「え、ええ。まあ。すみません。」
と申し訳なさそうにしていると、周囲にいた日本サポーターが龍永のチャントを送る。
「オーオカミのじょーねーつー!見せーてやろーぜー!俺たーちのいでーうら、誰も止ーめーらーれーなーい!」
「俺!達の誇り!出!浦龍永!何も恐れーずに!共に!たたーかーおー!」
「ヤーヤーヤヤー!さあ行ーけ龍永ー!奴ーらーのゴール揺らーせえ!勝利つかーもーおおー!」
スタンドがこだまする
「龍永を、俺達のニホンオオカミを出せ!」
と言わんばかりの大歓声。その間、交代で入った斎藤、椎原が加点し9-0とする。サウジアラビアイレブンや中東から来た審判団はもうどうしていいかわからない様子。実際斎藤と椎原のゴールは日本のファールとオフサイドを取ってもおかしくなかったのだが、審判団が気付いていなかった。ベンチで工藤や越後が
「・・・やっぱあの審判ポンコツだったな。」
「・・・椎原のもろオフサイドやん。ダメだこいつら。」
と呆れかえっている中、龍永が太田監督に
「スタンドもああ言ってるし俺出させて下さいよ。今からハットトリック決めてきますから。」
と直談判。残り時間はあと5分程。太田監督は
「まあ、いいか。ファンサービスだ。ただし怪我だけはすんなよ。」
と釘を刺す。ここでハットトリックを決めた内田に代わり龍永が投入される。試合終盤に投入されるのは初めてだろうか。スタンドではようやく梨々香がニコニコ笑い出す。
「梨々香ちゃん。ほら。パパ出て来たよ。」
と京香が教えるが、梨々香は
「マンマ。マンマ。」
と絵梨香を見つめる。
「ほら。パパを応援しようね。」
と言ってもピッチを観ない梨々香。そんな中日本サポーターが大歓声に包まれる。
「オーオー!出浦龍永ー!あーつい気持ちを、見ーせーてーた!た!か!え!オーオー!出浦龍ー永ー!とーもに勝利を!つーかーもーぜー!」
龍永はスタンドに向かって
「あと3点取る!」
とジェスチャーを送る。その瞬間サウジアラビアイレブンと審判団が龍永を睨み付け、サウジアラビアベンチからはっきりと大声で
「出浦をぶっ潰せ!」
と指示が出される。特に気にしていない龍永。この試合ゴールを決めていた椎原と斎藤に
「チッ!出て来やがったか!今日のヒーローは俺だと思ってたのによ!」
「内田さんの次にハットトリック決めんのは俺だからな!邪魔すんじゃねーぞ!」
と文句を言われる龍永。
「ははははは!わかってるよ!ボール回すから決めろよ!」
と明るく返す龍永だったが・・・
サウジアラビアのスローインからプレー再開。だが、あっという間にボールをかっさらう龍永。右サイドまだ浅い位置。ゴール前には長身の斎藤と裏に椎原が飛び出してきている。その龍永にサウジアラビアが4人がかりで襲いかかるが、龍永がかなり遠い右サイドから低弾道の強烈なシュート。ゴールまで40mはあるだろうか?サウジアラビアDFの間と、ゴール前にいた椎原、斎藤の間をもの凄いスピードと勢いで縫っていき、キーパー手前で浮き上がったボールが
《ビュン!バサッ!》
と鋭くサウジアラビアゴールに突き刺さる。龍永が投入されてから僅か10秒。内田の先制点と同じタイムである。
「おい!何シュート撃ってんだよ!」
と椎原に文句を言われる龍永だが
「そりゃこっちの台詞だ!オメーにパス送った筈なんだ!何で触らねーんだ?」
と言い返す始末。真横で観ていた日本ベンチも
「嘘つくな!オメーのあの目は狙ってたろ?」
と太田監督以下一斉に詰め寄られる。そして
「本番であんなプレーやったらベンチに引っ込めるぞ!」
と叱られる。
「わ、わかりましたよ。今度はちゃんと点決めますよ・・・」
と反省した龍永。既に10-0と勝負は決まっているが、
「まだ1点しか取ってねー!こんな奴らもっと取れる!」
と豪語する龍永。残り時間は3分弱。
サウジアラビアは最早戦意が無く、涙をこらえてプレーする選手もいるが、龍永に、日本代表に容赦は無い。ハイプレスからあっさりボールを奪った龍永は、右サイドの斎藤へグラウンダーのパス。斎藤が中央へダイレクトで送ったボールは椎原の元へ届くが、惜しくもバーを叩く。すると、龍永がキーパーと一緒に跳び、そのキーパーの足下へ強烈に叩き付けるようにヘディングシュート。
《ドン!ガン!ゴッ!》
とクロスバーを叩きながらネットへ吸い込まれる。側で見ていた椎原が
(こいつ、なんちゅーヘッドかますんだ?)
と呆気に捕らわれている。龍永が
「おい!ぼけっとすんな!せっかくお膳立てしてやったのによ!」
と椎原をどやす。
「あ、ああ。」
と正気に戻った椎原だったが
「俺もやるぞ!」
と気合いを入れ直す。
そして後半終了まで最後のワンプレー。日本のコーナーキック。蹴るのは杉山。サウジアラビアゴール前は一気にごったがえす。守備に疲れた田中と池田は無理して上がらず、斎藤や椎原、ボランチの田嶋や岡野航が走り回っている。一方龍永は・・・
杉山が蹴ったボールは大きくファーサイドで待っていた青木の所へ。ダイレクトボレーを撃った青木だったが、混戦の中ブロックされる。ペナルティエリア外に弾かれたボールを龍永が再びダイレクトボレー。このシュートはキーパーの顔面に直撃し、吹っ飛ばされたキーパーごとゴール。ここで試合終了。日本が9大会連続9回目のワールドカップ出場権を獲得した。その時、スタンドで観ていた梨々香がようやく
「ンパパ!パパ!」
と笑顔を見せる。梨々香は父、龍永の試合を観るのはこれが初めてであり、その試合でハットトリックを決めた父を見た事になった。
一方サウジアラビアイレブンはレフェリーに
「あいつの非紳士的行為じゃないのか?」
と猛抗議。龍永が英語で
「往生際が悪りーんだよ!どーせオメーらがワールドカップ出てもいつも惨敗じゃねーか?今からそのザマじゃ本戦じゃもっと点取られるかもな!」
と睨み付けると、サウジアラビアイレブンは一同真っ青な顔をして去って行った。そんなサウジアラビアイレブンや中東の審判団にボソッと話す。
「オメーらにゃわからねーだろーが、俺達日本にとっては、この青い紙吹雪とゴミ袋こそが何百億ユーロに値するんだ!」
龍永にはバルセロス在籍前からサウジアラビアリーグのチーム数カ所から破格のオファーがあり、それを突っぱねていた龍永に対し
「こんなオファーを受けないなんて有り得ない!バルセロスの3倍出してんだぞ!」
と不思議に思っていたが
「だってオメーらのリーグってジジイばっかじゃん。俺も俺達日本代表も常にバチバチの真剣勝負がしてーんだよ!」
とその場で言ってのけた。
見事9大会連続のワールドカップ出場を決めた日本代表に、青い紙吹雪がいつまでも舞い、青いゴミ袋がいつまでも振り回されていた。その青い紙吹雪をまだ赤ん坊の梨々香が周りの日本サポーターに手渡される。絵梨香が
「食べるかもしれないので・・・」
と返そうとするが、梨々香は遠く離れた龍永に向かって紙吹雪を投げた。届くはずもない紙吹雪をピッチに向かって投げる梨々香。龍永はそれに気付き
「梨々香あー!」
と大きく手を振ると
「パッパ。パッパ。」
と笑顔を見せる。
セレモニーでは、選手は一様に最終予選の苦戦を反省するコメントしか発しなかった。この試合ハットトリックを決めた内田も、そして龍永でさえ
「このアジア予選は完膚なきまで、というのがコンセプトにありました。それを達成出来なかったのが本当に悔しくてなりません。ここに集まっていただいたサポーターの皆様には本当に申し訳なく思っています。修正して本戦に臨みたいと思います。」
と反省の弁を述べ、去って行った。それは日本代表全選手も同様だった。
試合後のロッカールームで掃除をしながら
「このままじゃグループリーグ敗退もあり得るぞ。」
と危機感を募らせ、いつまでもロッカールームに閉じこもったままの日本代表が激論を交わしていた。こんなことは予選突破して以降初めての事であった。
そして同時刻に行われたインドネシアVS中国は、3-1でインドネシアが勝利。オランダ領東インド以来実に92年振りのワールドカップ出場を決めていた。サウジアラビアは総得点でウズベキスタンに3位を献上し、ワールドカップ行きを完全に絶たれた。勝利は金では買えないという瞬間であった。
今回の予選は金にモノを言わせるチームをヒールに書きました




