第51話 発煙筒と新しい命が揺らぐ夜
龍永が2つの戦いを強いられます
チャンピオンズリーグ準決勝ASミラン戦。前節は伝統的なカテナチオにホームで0-1の敗北を喫したバルセロス。パスは通るがフィニッシュを完全に研究され、誰もゴールを割れずにいた。かと言って、相手に驚異的な点取り屋もおらず、内田のPKで虎の子の1点を取られ守り切られた結果だった。次節は相手の本拠地、サン・ディーロでのアウェー戦。発煙筒が渦巻く戦場のような雰囲気はフベントルス在籍時から味わっていた龍永。バスを降りるなり殺気がビンビン伝わってくるが、龍永はこの日、別の事を考えていた。妻の絵梨香が産気づき、バルセロス市内の病院の分娩室にいた。
「大丈夫かなあ?」
と不安になる龍永にハーラルトが
「何て複雑なツラしてんだ?オメー。らしくねーなー!お前が心配したってしょーがねーだろ?よし!今日はオメーの為に一肌脱いでやる。前は俺がハットトリックしたからな。今日はお前にハットトリック取らせてやる。だから嫁さんと産まれてくる子供に見せてやれよ。」
と励ます。龍永が
「そ、そーかよ。」
とぎこちない様子。するとメッツ監督が
「何ならスタメンから外そーか?」
と笑ってジョークを飛ばすと
「や、やりますよ。ハットトリック決めりゃいいんでしょ!」
と開き直った。
この試合のスターティングメンバーは
1番GKスタンコビッチ(セルビア)27番DFヘスキー(イングランド)5番クバルシュ(スペイン)19番レダンド(アルゼンチン)12番クライファーツ(オランダ)4番DHズダン(フランス)CH6番ガビン(スペイン)8番ペドリーニョ(スペイン)SW10番ジャマール(スペイン)21番出浦(日本)9番CFハーラルト(ノルウェー)
控え13番GKホアン・ガルシア(スペイン)29番DFマルケディーニ(イタリア)3番バルデス(スペイン)26番MFファン・ペルツ(オランダ)11番オルモス(スペイン)14番シメオニ(アルゼンチン)15番テュラン(フランス)24番コンテイソン(ポルトガル)28番ラウドルッペ(デンマーク)16番FWフェルマン(スペイン)20番キエリーザ(イタリア)
前半に繋ぎ役のガビンとペドリーニョを起用し、後半から一気に攻撃の選手を入れようとするプランである。
バルセロスボールからキックオフ。前節同様固い守りのミラン。日本代表の結城が龍永とマッチアップする。中盤には岡野航、FWに龍永のライバル、内田が上がっていく。それを他所にじっくりパスを回すバルセロスイレブンだったが、CB3人とボランチ3人で固めるミランの守りを崩せずにいた。ペナルティーエリア前から侵入を許さず、ハーラルトはラディオとデヴィンテルの2人がしっかりマークしている。龍永に結城、ジャマールにパウロビッチと3枚ともマークが付き、しつこいくらいに離れない。やがて、カウンターで裏に抜けた内田がクバルシュとヘスキーを置き去りにして豪快にゴールを決める。これで「あと3点」以上取らざるを得なくなった。バルセロスだったが、そのまま前半が終了する。
だが、これは想定済みだった。後半立ち上がりにガビンとペドリーニョ、ズダンを下げ、テュラン、シメオニ、マルケディーニを一気に投入。特にマルケディーニは古巣であるミラン戦に賭けていた。貴賓席に父と祖父が観に来ていた。マルケディーニは上を見上げ
「ここからが俺達のカルチョだ!そこでよーく観てろ!」
と執念を燃やす。
後半ミランからのキックオフ直後、交代した3人が前線3人を勢いよく追い越しハイプレスをかける。前線の3人はプレスに来ない。相手ボランチの岡野航が散らすが、
「FW3人は何処だ?」
と気にしていると、中盤とポジションチェンジした龍永がボランチの位置でカット。左に上がっていたシメオニに大きくパス。するとシメオニはダイレクトでこれまた大きくサイドチェンジ。そこには本来CFのハーラルトがいた。ミランイレブンは
「あのハーラルトがサイド?中央は龍永か?ジャマール?」
「違う!マルケディーニだ!」
と言っている間に本来ボランチに入ったマルケディーニがCFに入りワントラップしてシュート。同点に追いつく。マルケディーニが
「あと3点だ!」
と叫びボールを戻す。
ミランボールからプレー再開。再びマルケディーニ、テュラン、シメオニがFWを追い越しハイプレスをかけるが、今度は岡野航がいなす。一気にFWの内田とレオーネへフィードを送ると、内田がヘッドでレオーネへパス。クバルシュが付くが、間に合わずシュート。キーパー、スタルコビッチが触りコーナーキック。バルセロスゴール前に群がってくるミランイレブン。だがスタルコビッチが
「オメーら下がるな!俺とクバルシュで何とかする!」
とたった2人で守ろうと指示する。クバルシュも
「外で構えてろ!全部俺が拾う!」
とヘスキーにファーを任せ、上がってきた全員を相手する構えだ。中には6人のミランの選手がフェイントをかけながら待ち構え、スタルコビッチの邪魔をしようとしている。コーナーキックを蹴るバルテサーガがショートコーナーで岡野航へパス。そのままゴール前へ放り込んだボールには内田、ファフォナ、サールマルケンスが反応している。だが、鋭い出足でクバルシュがヘッドで大きくクリア。このボールに左サイドバックのクライファーツが広大に空いたスペースに大きくサイドチェンジ。ジャマールがダイレクトで再びサイドチェンジしたボールは、左にポジションをずらしたハーラルトが反応。このボールをトラップパスで中央に送る。左から右、更に左へ揺さぶられた結城とデヴィンテルはバランスを崩し、どフリーで走った龍永がシュート。メニアンが反応するも、両手ごと吹っ飛ばされ勝ち越しゴールを奪う。すると龍永は珍しくカメラの方へ向かい
「絵梨ちゃん!ハットトリック取って帰るから頑張れ!」
と叫ぶ。その時ベンチサイドでは、絵梨香が無事女の子を出産した事が報告されるが、龍永の耳には入れずに集中させた。ワールドカップですら緊張しなかった龍永がこの日に限っては緊張していたからである。
再びミランボールで試合再開。今度は変則的に龍永、ハーラルト、マルケディーニの3人でハイプレスをかける。ボランチのところが抜けたと思ったミランイレブンは、マルケディーニがいたスペースにパスを出すと、素早い出足からCBのヘスキーがカット。そのボールは中盤に下がったジャマールが拾い、パスを繋がずドリブルで左サイドへ切り込んでいく。バルテサーガ、ラディオ、結城を置き去りにし、キーパーと1対1。キックフェイントを入れて横パスを出した先にいたのが龍永。落ち着いて転がし追加点を奪う。
だがここでピッチに発煙筒が投げられプレー中断。その時、龍永に向かってトマトが投げられる。龍永はそのトマトをキャッチし、むしゃむしゃかじりつきながらミランサポーターを睨み付ける。口からトマトの汁がこぼれ落ち、まるで狼がよだれを垂らしながら獲物を捕食するかの迫力でミランサポーターを無言で黙らせる。だが、そんな龍永に非紳士的行為でイエローカードが出された。レフェリーに日本語で
「テメー。後で覚えてろ。」
とボソッと言い放つが、レフェリーにはその日本語がわかっていない。内田、結城、岡野航が
「お前、いい度胸してんな。」
と皮肉交じりに言うと
「あんたらもだよ。3点取るから覚悟してくださいよ。」
と告げる。
20分程中断した後、ジャマールとキエリーザが交代。そしてミランボールで試合再開。今度は5人一斉にハイプレスをかけ、シメオニがカット。だが、ゴール前を再び固めたミランは落ち着いており、パスの糸口が見つからない。
後半40分。このままバルセロスがキープし続けていた時、龍永が中央へ走る。マルケディーニが出したボールはボランチのファフォナ、岡野航、CBの結城、デヴィンテルの4人がボックスを形成する真ん中へ送られる。右にハーラルトがおり、デヴィンテルは奪いにいけない。ここで龍永が新しいフェイントをかます。左足でトラップした瞬間、フィギュアスケートのトリプルトゥループの様に勢いよく3回転。この回転の迫力に押され誰も取りに行けないミランディフェンダーを他所に右足でシュート。キーパーのメニアンはタイミングをずらされ反応が遅れ、ゴール右隅に吸い込まれていった。龍永はハットトリックを決めた直後、ファン・ペルツと交代。この盟友に交代際で
「リュウエイ。おめでとう。女の子産まれたってよ。」
と聞かされ、ファン・ペルツの方を
「えっ?」
と見返す。ベンチでメッツ監督が
「親父がシケた面すんなよ。それにまだ終わってねーぞ。」
と締める。ベンチで龍永が拳を握り
「へへっ。」
と笑う。
ここで試合終了。アディショナルタイムにハーラルトが決めて5-1の大勝。遂にチャンピオンズリーグ決勝へ進んだバルセロス。同時に父親になった龍永は喜びを隠せず大きな声で
「やったぞ!」
と夜空を見上げた。スタンドに揺らめく発煙筒の炎がまるで生命の誕生を祝うキャンドルのように見えた。
試合後バルセロスのスタッフと共に飛行機でバルセロスに帰る龍永。そして疲れて眠っていた絵梨香の手を握ると、涙が止まらなかった。絵梨香は
「さっき試合終わったばかりでしょ?大丈夫なの?」
とケロッと話すが、龍永は
「こればっかは流石に緊張したよ。ほんと有り難う。」
と礼を述べる。面会時間が終わる時間だったため、直ぐ帰宅する事になるが、赤ん坊の顔だけでもとちらっと見させてもらった。龍永は自分の掌くらいの可愛い赤ちゃんを見て
「・・・母ちゃんもきっと同じ思いだったんだろうな。」
と思い、帰宅中の車で京香に電話をする。
「母ちゃん!無事産まれたよ!女の子だ!」
京香も心配していたらしく
「良かったあ!見に行っていい?」
と話すと、龍永は
「当たり前だよ!ウチの姉ちゃんみてーに怖くならなきゃいいけどね。」
と話していると、帰省していた静香が
「ちょっとあんた!どーいう意味よ?全部聞こえてるわよ。」
と聞かれてしまう。龍永は
「冗談だよ。それより次のチャンピオンズリーグ決勝観に来ない?子供も観て欲しいからさ。」
と誘う。京香は
「行く行く!どっちも見たい。」
と乗り気であった。
残るはスペインリーグ終盤とチャンピオンズリーグ決勝を残すのみ。バロンドールを目指す龍永にとって試練はまだ続くのであった。
龍永はチャンピオンズリーグ期間中に父親になる事は決まっており、この女の子は最終章で別の形で登場します




